第37話 チェックメイト

息を切らせたデルイは相手が完全に動かなくなったのを見て剣を鞘に納める。観戦していたソラノとフーシェに向き直った。


「男爵の所へ急ごう」


 デルイは慣れた手つきで男を縛って床に転がす。魔法で全身が網のようなもので覆われた。二人は頷き、デルイについて階段をのぼってく。デルイは船の構造を把握しているようで、迷わずに進んでいった。やたらに広いエントランスに出ると、そこにも兵士たちが縛り上げてひとまとめにされていた。


「この船、どんだけ兵士が乗ってんの……」


 ソラノは若干引いた。飛行船が貨物を運ぶだけなのに異世界ってそんなに兵力が必要なのだろうか。物騒すぎる。


「後ろ暗いことがある証拠だろ。船員たちに紛れて乗ってたんだろうな」


 最初に船から全員を降ろしたときはたしか護衛は五人くらいだったはずだ。いざというときに備えて、船員の格好をさせた兵士が多数乗っていたということだ。

 中央にある大きな階段を上って甲板に出ると、さらに階段を上り一つの独立した部屋へと入った。


「遅い! ネズミ数匹に何を……」


 扉が開けばいきり立つ居丈高な男の声が飛んでくる。豪奢なつくりの部屋の奥、窓の外を見ていた男はこちらを向き、幽霊でも見たかのような驚愕の表情を浮かべる。


「お前の兵士は全員捕らえた。大人しく俺の指示に従うんだな」


「馬鹿な!」


 狼狽える男の言うことなど歯牙にもかけず、デルイは仕事用の声と表情で淡々と告げる。


「ラヴィル男爵、世界で禁じられているヒト族の誘拐および人身売買の嫌疑で逮捕する」


 デルイは男爵に一切の抵抗を許さない速度で拘束した。


「王国の法に則って処罰がなされる。覚悟しろ」


 今までにも聞いた事が無いほど冷たい声音だった。それが止めとなったのか、男爵はがくりと膝から崩れ落ち床にうなだれた。

 デルイは部屋に備え付けられていた通信石を起動して、空港へと通信を試みる。今度はうまく起動して、魔力を探知した管制部からの声が聞こえた。


「こちらエア・グランドゥール空港の管制部です。いかがされましたか?」


「こちら保安部のデルロイ・リゴレット。先ごろ第五ターミナルより出港したラヴィル男爵の船内で人魚と行方不明の異世界人の少女を保護した。船を戻すのでターミナルを開けてくれ」


「! 了解です」


 後ろで報告をする声が聞こえる。くぐもったやり取りの後、再び明確な指示を出してきた。


「第二ターミナルが空いているのでそちらへどうぞ」


「了解だ。通信を保安部へ回してくれるか」


 デルイが言うと、石はツーツー、と高い音を発した後にまた光り始める。


「デルイお前! 何やってんだよ!」


 最初に聞こえたその声はルドルフのものだった。心配しているような怒っているような微妙な声音だ。デルイはその声を聞きかすかに苦笑する。後ろで中年男性の声がして、通信はルドルフから切り替わった。


「デルイか。現場はどうなった?」


「ミルド部門長。ラヴィル男爵の船内で人魚族の女の子と行方不明の異世界人の少女を保護しました。敵は全て拘束し、今から空港の第二ターミナルへと船を戻します」


「了解した。色々言いたい事はあるが……良くやった、と言っておこう。説教は落ち着いてからだな」


「説教されるんすか……」


 デルイは若干嫌そうな声を出す。


「当たり前だ。如何なる理由があろうと報告もなしに勝手に飛び出すな! 普段は飄々としてるクセに、何故時々無茶をする!」


 通信石越しにミルドの雷が落ちた。ため息まで聞こえてくる。


「ともあれ、さっさと船を戻してこっちに来い」


「はい」


 通信を切り、若干気まずそうな表情でソラノの方を振り向く。


「怒られちゃった」


 ペロリと舌を出して言う。その雰囲気はいつもソラノに接している時のものに戻っており、先ほどまでの殺気だった感じが無くソラノを安心させた。


「じゃ、ま、今度は船を空港まで戻さないとな。操舵室に行こう」


 

 飛行船の操舵は指針を決める操縦士と船を空で推進させる魔法使いの複数名で行われている。操舵室に行けばあっという間に投降し、大人しくこちらの指示に従った。出港して間もないので船はすぐに空港に着くだろう。


「ソラノちゃん、捕まってた間にひどい事されてない? 怪我は見たところなかったみたいだけど」


 デルイはソラノの全身をペタペタ触って確かめる。ものすごく心配されているようでかえって申し訳ない気持ちになる。


「大丈夫です。眠らされていただけですし、起きてすぐにフーシェと二人で逃げ出しました」


「本当に? 何かされてたら俺にちゃんと言って」


「大丈夫ですって。デルイさんの方こそ怪我してませんか?凄い戦ってましたけど」


「俺は別に平気。かすり傷くらい」


 あれだけ戦ってかすり傷程度で済むとは一体どんな鍛え方をしているのだろうか。相手が弱いようには見えなかったし、デルイが異常に強いのか、それとも空港の保安部はこんな化け物ぞろいなのか。ソラノの体におかしなところが見られないのを確認した後、デルイはフーシェに向き直った。


「それから、そっちの人魚族のお嬢さん」


「フーシェよ」


「フーシェちゃんね。遥々南方の国からここまで連れてこられて……怖かっただろう。怪我はない?」


「ないわ。魔法を連発したせいで魔素はごっそり持っていかれたけど、別に大丈夫」


「五日は船内に閉じ込められていたんだ、今は大丈夫でも気が抜けたらどこか異変が起きるかもしれない。着港したら救護室に行こう」


「あら、そう? まあ、助かるわ」


「しばらくは王都に滞在して、騎士団の方で事情聴取されるだろうけど……落ち着いたら帰る方法も検討しないとな」


「もう飛行船に乗りたくはないわね」


「でも海路だと一か月かかるんでしょ? 時間かかりすぎじゃない?」


 げんなりしていうフーシェにソラノが言う。


 船はあっという間にエア・グランドゥール空港まで戻り、保安部の人間と話を通しておいたのであろう、王都の騎士たちが大挙して船内に押し寄せてきた。拘束されていた兵士たちを引っ立てて歩かせ、男爵はミルド部門長が請け負う。あれだけ派手に暴れたにもかかわらず、敵に一人の死者もいないというのは驚きだった。


「生け捕りが基本だからね。殺していいなら、もっと楽なんだけど」


 そう言うデルイは、何やら乗り込んできたルドルフに怒られていた。


「お前、二度目だぞ! 前の空賊の時といい、どうしてそう勝手な行動をするんだ。組んでいる俺の身にもなってみろ!!」


「悪いって。ソラノちゃんがいるかもしれないって思ったら体が勝手に動いてた」


「一人で突っ込んで死んでいたらどうする!」


「まあ……負けるつもりはなかったからさ。結果オーライってやつだ」


「お前って奴は!!」


 どうやらデルイは前にも何かやらかしたことがあるらしい。ルドルフは大変職務に真面目そうなので、彼の苦労が思い知らされる。轟々と怒り狂うルドルフから目をそらし、デルイはソラノにウインクをした。


「聞いてるのか!」


「聞いてるよ」


 より怒らせてしまっている。なんだか空港まで戻り、ほかの職員たちの姿を見たら急に安心してしまった。緊張の糸が途切れたのだろうか、足の力が抜けてその場にへたり込んでしまう。


「ちょっと、ソラノ?」


「ソラノちゃん、大丈夫!?」


 フーシェとデルイが慌てて声をかける。


「何か急に……腰が抜けちゃったみたいで。アハハ」


 ちょっと涙まで出てきそうでやばい。うつむいて笑ってごまかすソラノに、デルイは優しく頭をなでるとしゃがんだまま背を向けて来た。


「ほら、乗って。救護室まで連れて行ってあげるから」


「えっ、ええ!? 大丈夫です、ちょっと休んだら歩けますから!」


 いい年して、こんな大勢の人間がいる前でおんぶされるなんて恥ずかしいにもほどがある。けれど固辞するソラノにデルイは厳しい目を向けた。


「駄目だよ。ソラノちゃんさっきから大丈夫しか言わないけど、あんな状況に追い込まれて大丈夫なわけがないだろ。さっさと乗って。それともお姫様抱っこのほうがいい?」


「いや……おんぶがいいです……」


 お姫様抱っこはもっと恥ずかしい。仕方が無くソラノはデルイの背に身を預けた。デルイは軽々とソラノを持ち上げると、颯爽と歩きだした。


「軽いね! ソラノちゃん、もっと食べたほうがいいよ」


「なんか本当すみません……」


 助けてもらった挙句に運んでもらうなど、とても申し訳が無い。


「本当よ! 何で人魚の私が普通に歩いていて、二本足を持つソラノがおんぶされてるの!? なんかちょっと、おかしくない!?」


「フーシェちゃんは、五日も閉じ込められていた割に元気だね」


 ネレイドをしっかりと抱きながら隣を歩くフーシェにデルイは言った。

 他の人が何事かと目線を向けてくる。羞恥で死にそうだったが、デルイの背中は広くて頼もしく、身を任せていると無条件に安心できた。何だか久しく感じていなかった感覚が襲ってくる。


ーーああ、この感覚って…………


「……デルイさんって、お兄ちゃんみたいですね」

 

「はっ? お兄ちゃん?」 

 

「はい!」


「お兄ちゃんかぁ……」


 デルイはがっくりとしているが、ソラノにとってこれは最高の誉め言葉だった。強くて優しくてかっこいい、世界一好きなソラノの兄。誰も敵う人などいないと思っていたが、デルイはもしかしたら兄に匹敵するかもしれない。

 デルイの背に揺られながらソラノはそんなことを思うのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る