第35話 管制官からの報告

 話は少し前に遡る。


 その日の朝からデルイは気分が上がらなかった。今日は男爵の出港日で、第五ターミナルでは現在出港の最終調整が行われている。

 男爵は一足先に護衛とともに船に乗り込み、いつでも出港できる状態だと聞いていた。出港にあたり見送りをしなければならないので、再びあのいけ好かない男爵の顔を拝むことになる。

 結局強制捜査は許可が下りず、今回も空港は男爵の不正を暴くことができなかった。それどころか極楽鳥を怒らせて積み荷を駄目にしたという謂れのない罪まで被ることになってしまった。

 もしあの船に今、人魚が乗っているのだとしたらーーその者にはどんな悲惨な運命が待ち受けているのだろう。好事家の慰み者になり、一生を狭い水槽で過ごすことになるのだろうか。

 もはやこちら側にできることは何もない。西方の空港でまともな捜査の手が入るのを祈ることしかできない。


「行くぞ」


「ああ」


 ルドルフに声をかけられ、ため息をついてデルイは立ち上がった。仕方がない。せめてこれ以上の文句を言われないよう、大人しくしていることにしよう。

 そうして詰め所から出ようとした時だった。見慣れた牛人族のマキロンがドスドス走ってやってきて、目についたデルイの肩をがっしと掴んで揺さぶった。


「アンタッ、ソラノちゃんどこに行ったか知らないかい!?」


「はっ?」

 

 その剣幕と口にした不穏な単語に、デルイは眉をひそめた。


「今日は朝から出勤してなくて、アパートに問い合わせたら部屋にいないっていうんだ。

通信も入っていないし……昨日はちょっと遅かったから、誰かに攫われでもしたんじゃないかって!」


「!!」


 その言葉を聞き飛び出そうとしたデルイをルドルフが止めた。


「おい待てよ、どこへ行く! お前が行って何が出来る」


「何って……」


「攫われたのが王都なら捜索は騎士団の仕事だ、俺たちの出る幕はないだろう」


「そりゃそうだけどじってしてらんねえだろ!」


 彼女が弱いことなど知っていた。攫われたのは弱い事を知っていて一人歩かせた自分の責任だ。もっと早くに対策を取っていれば……守ってあげられたかもしれないし、身の危険が迫った事がデルイに知れたかもしれない。或いは今、ソラノがどこにいるのか知る事ができたかも知れない。いずれにせよこの何もできない今の状況よりはずっと良かったはずだ。

 王都は広く、さまざまな輩がいる。いくら治安が良くたって、身を守る術を持たない娘が一人で夜に出歩いていい筈はない。攫われたのが昨夜ならば、今頃ソラノの身がどこでどうなっていてもおかしくないのだ。


「ともかく仕事に集中しろ。お前ただでさえ目をつけられてるんだ、真面目にやらないとウチの評判がより下がる」


「お前よくそんな冷静でいられるな……知ってる子が行方不明なんだぞ!」


 デルイは歯噛みしてルドルフを睨みつける。こんなのはただの八つ当たりだと分かっている。けれどこのまま職務を全うするなど到底無理な話だった。

 緊迫する空気を破ったのは、詰所に据え置かれている通信石からの情報だった。くぐもった声にはわずかな動揺が見られる。


「管制官より報告。第五ターミナルよりラヴィル男爵家の船が出港いたします。想定時刻より早いですが、お急ぎのようで……別件で、同船内で巨大な魔力反応が感知されたとの報告が上がっています。至急調査に向かってください」


「巨大な魔力反応?」


 ルドルフが怪訝な声を出す。


「何やら魔法が使われているようでして……賊が入って暴れているのかと。あまりにも頻発しているので、このままでは出港直後に船が壊れて墜落する可能性があります」



「先に行く!」


 デルイは皆まで聞かずに駆け出した。全く根拠はなく、ただの勘でしかなかったが、そこにソラノが乗っている気がした。ソラノは大した魔法など使えないから、魔力反応とは関係がないかも知れない。全くの無駄足かも知れないが、攫われたのが昨夜で今、船で暴れている者がおり、さらに男爵はそんな状態で出港を急がせた。何かあると考えない方がおかしい。

 全力で疾走して職員用扉を開け放ち、第五ターミナルの待合所を駆け抜ける。


「待ってください、もう船は出港します」


「緊急事態だ、俺が乗るまでゲートを閉ざすな!」


 空港員に大声で命じ、船へと続く接続口を一気に走り抜けた。ゲートはもう閉じる寸前で、デルイはスライディングで船内へと乗り込む。エントランスとなる大広間は、貨物船だというのにやたらに豪華なつくりをしていた。中央に大階段があり、赤いカーペットまで敷かれている。直後に背後でゲートが閉じて、船が出港の合図を出した。船室の中には船員が複数名、突然乗り込んできたデルイに一体何事かと視線を送っている。


「この船で魔力反応を探知した。調べさせてもらうぞ」


「しかし船は出港したので、もうーー」


「構わない。好きにするがいい」


 船員の言葉を遮ったのは、大階段奥の扉から出てきたラヴィル男爵だ。中央階段の最上段で立ち止まり、広間にいるデルイを見下ろしている。


「また君か。性懲りもなく、そんなに私を悪者にしたいかね」


「悪事はきっちり暴かないと気が済まないんでね。ウチの大事な従業員も一人、連れて行かれてるみたいだしな」


「さて、何のことやら……まあ、君一人でどうにかなる事態でもあるまい。既に船は動き出した。助けは来ない。死んだところで自己責任だよ」


「どうかな。俺一人で十分だと思うぜ」

 

 デルイは本心でそう言い返した。敵が何人来ようとも負ける気などさらさらない。


「覚悟しな。この船を引き返させて、全部明るみに出してやるからな」


「吠えるのは簡単だ。好きにやってみるがいい」


 男爵はそう言うと踵を返して階段上にある扉の奥へと消えていった。同時に広間に通じる複数の扉が開いて男爵の私兵が五人ほどデルイを取り囲む。たかが貨物船の護衛だというのに、随分な数の兵が乗っているようだった。武器を構えて輪を狭め、一気にデルイへと斬りかかってきた。

 デルイは腰に帯びた剣を抜刀すると、雷の魔法を付与して強化する。同時に身体強化の魔法をかけて跳躍すると、手近に迫った兵に何のためらいもなく剣を振り下ろした。防ごうと構えた盾を一撃で打ち壊すと、隙のできたその脇腹へと剣を突き立てる。そのままうめき声をあげる兵を乱暴に横へと投げ飛ばし、隣にいた兵士もろとも壁に叩きつけた。


雷の暴風サンダーストーム!」


 天井近くから剣を振りかぶり攻撃を仕掛けてくる兵めがけ、剣を持っていない左手を向けて魔法を放つ。紫電を伴った暴風が吹き荒れ、デルイを中心に敵が渦の中に飲み込まれる。魔法を防いだ敵兵が嵐の中に突っ込んできたのでデルイは右手で応戦した。

 数撃の打ち合いの末に袈裟懸けに敵を切り倒し、あっという間に敵は全滅した。ひとまとめにして縛り上げ、魔法で脱出されないように魔法錠マジックロックをかけて目が覚めても動けないようしておく。増兵に注意をしつつ、静かになった広間でデルイは感覚を研ぎ澄ませる。探知魔法で探れば、馴染みのあの子の僅かな魔素があっという間に見つかった。

 通信石をとりだして現状を空港側へ報告しようと試みるも、僅かに明滅しただけで起動しなかった。どうやら阻害されているらしい。


 まあ別に、構わない。

 

 全部終わった後にまとめて報告すればいい。剣を持ったまま手近な扉へ駆けだした。船には二度入っているから構造も頭に入っている。たどり着くのはもうすぐだ。


 船は既に出港し、船首が向かう先を見据えて雲海を航行している。応援は呼べず、現状報告すらままならない。それでもデルイは何も望みを捨ててはいなかった。

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