第30話 合致

 扉が開いてデルイがやってきた。


「やっほ」


「こんにちは。今日はもうお弁当もサンドイッチも完売しちゃいましたよ」


「そうなの?なんだ、残念。じゃ、食堂でも行こうかな」

 

 そう言いながらなぜかカウンターに座り、ソラノが仕事をするさまを眺め始める。最近デルイは特に用もなく現れて店で雑談をして帰ることが多い。休憩時間に顔を出してきてくれているのだろうが、保安部の詰め所からここまではそこそこの距離があるのに、そんなことに貴重な時間を使っていいのだろうか。以前尋ねてみたところ、「俺がソラノちゃんに会いたいんだからいいの」と言われてしまった。「そうですか」と答えてそのままだ。


「今、第五ターミナルが大変なんですか?」


 綺麗に洗った返却容器をふきながらソラノは聞く。


「聞いたの?」


「はい、今日船技師さんたちから聞きました。徹夜仕事だったって」

 

 みんな大変そうですね、とソラノは言う。


「ジョセフさんなんて、大変すぎて幻聴が聞こえたって言ってましたよ」


「幻聴?」


「はい、「水」って誰かが言う声がしたそうですよ」


 それを聞くとデルイはそれまで休息モードだった表情を引き締め、真剣な声音でソラノに尋ねる。


「それって、どこで聞いたか知ってる?」


「えーっと……貨物室? って言ってたかな」


「そっか。ありがと」

 

 そう言うとデルイは立ち上がる。


「今ちょっと空港内ゴタついてるから、ウロウロしないでね。第五ターミナルには絶対に近づかないように。何かあったら俺の事呼んで」


「? はい……」


 そうして去っていくデルイを、ソラノは見送った。



+++



 貨物室で船技師が何者かの声を聞いた。それは、誰かがその近くに監禁されているという事実に他ならない。デルイが最初に聞いた声はやはり、聞き間違いではなかったのだろう。

 現在休憩中のデルイは通信石でルドルフを呼び寄せ、足早に第五ターミナルへと向かった。


「ここにジョセフって船技師いる?」


「あぁ? あいつなら徹夜仕事が終わって一旦家に帰ってるよ」


 近くの船技師を捕まえて聞くと、肝心のジョセフはもう帰宅しているという。船は現在、魔法技師による浮遊石のメンテナンスがおこなわれている。これが終われば物資を積み込み、船は出港の準備が完了してしまう。早ければ明日の昼過ぎにも出港できるだろう。

 デルイは迷わず船内に踏み込み、貨物室へと階段を駆け下りる。葉巻が入っていた木箱は室内の修理のため一旦すべて外に出されているので、そこはがらんとだだっ広い空間が広がっていた。破壊されていた壁と扉はきれいに修繕されている。

 デルイは壁や床を丹念に調べる。やってきたルドルフが怪訝そうに尋ねてきた。


「どうしたんだ、急に」


「ジョセフって船技師が、ここで作業中に人の声を聞いたらしい」


「ここでか?」


 それだけ聞くとルドルフは同じように室内を調べ始めた。散々調べた船内だったが、まだ何か見落としがあるというのか。


「だがここには怪しい所は何もなかった。扉も無ければ魔法で隠している痕跡もない」


「出入口を作ってないのかもな。……透過の魔法で通り抜けているか」


「それはあり得なくないか?」


 透過の魔法は習得が非常に困難で、使用できる魔法使いは数が限られている。男爵の配下にそんな魔法使いがいるとは考えにくい。


「もし仮に出入り口が無いとして、壁も床も天井も外して隠し部屋を見つけるしか方法はないぞ。強制捜査だ。それで何も見つからなければ……」


 ルドルフは言葉を切った。強制捜査。それは相手が確実に法を犯していると確信が無ければできることではない。それで何も見つからなければ、責任を追うミルド部門長の首が飛ぶ事になる。


「一旦詰め所に戻るぞ。南方の国から、ラヴィル男爵についての情報が入ってきている。部門長と一緒にそれを聞いてからどうするか考えよう」


 詰め所にはミルド部門長とともに数名の検査官が待っていた。二人に席に着くよう促し、検査官からの報告を待つ。


「南方の国からの話では、ラヴィル男爵はシルベッサの輸送手段を確立する以前はサンゴを

交易の主軸にしていたらしいです。それがあまりに乱獲したため海の生態系が乱れ、ある種族の怒りに触れたと」


 そこでいったん、検査官は言葉を切って報告書を捲る。


「そして二十年ほど前に男爵領内ではその種族と争いになったらしく、その騒乱のさなかに若い娘が行方不明になる事件が頻発したそうです。行方不明になった娘の大半は今に至るまで見つかっていないそうですが、見つかった者の一人は不思議なことに・・・南方からは遥か遠く離れた沖合にいたそうで」


「沖合に? そこまで流されていたということか」


「いえ、自力で監禁場所から逃げ出して沖合まで泳いでいたそうです。その種族は遊泳と水魔法を得意としていて、海の中ならば魔物にも負けぬと」


「そんな種族が?……ああ、一つだけいるのか。地上のヒト族と交流があまりないから実物に会ったことはないが」


「はい」


 ミルドの言葉に検査官は頷いた。


「ラヴィル男爵と争い、行方不明になった娘達は人魚族という話でした」


 人魚族は南の海域に住む種族で、れっきとしたヒト族の一種だ。世界ではヒト族の売買を禁じられているが、守らない輩は大勢いる。特に人魚族はその希少性からかなりの高額で取引をされるから、取り締まりを強化しても誘拐して売り捌きたい外道は後をたたない。しかし海底に住み、水の魔法を使いこなす彼らを捕まえるのは簡単ではなく、近年人魚の誘拐はあまり話に出なかったのだが。


「捕まえたのかもしれないな。そして今あの船に乗っている可能性がある」


「強制捜査は可能でしょうか」


 デルイの問いにミルドは渋い顔をした。


「難しいだろうな。もし本当に人魚が乗っているのだとすれば、見つけなければならないが……一度何も成果を得られなかったんだ。男爵側の出港の都合もあるし、ジョセフという船技師の話を聞けるのも明日の出勤以降になると考えると・・・せいぜいが情報を西方の空港に伝えて、あちらで再度捜査をしてもらうくらいが関の山だ」


 ルドルフとデルイは落胆したがこればかりはどうしようもない。南方からの連絡では「取引禁止品目が運ばれている可能性がある」としか聞いておらず、人魚が乗っているという証拠はどこにもない。そんな状態で強制捜査ができるほど強い権限を空港は持ち合わせていなかった。仮にグランドゥール王国が経由地ではなく目的地であれば、王国の騎士に情報を流して男爵の滞在中にじっくりと裏付けを取ることも可能だろうが、今回はただの経由で、時間はほとんど残されていない。


「西方の空港には男爵の息のかかったものが多いと聞く。そうでない者たちへ連絡することが肝要だ。非人道的な行いを許すことはできないからな」


 そのミルドの命令に頷く事しかできなかった。

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