第29話 仕込み

「売れたな!」


「売れましたねー」


「あっという間だったさね」


 お弁当が売り切れたので店内に戻り、三人でほっと一息ついた。


「こんなに売れるもんなら、もっと早くに考えてやればよかったぜ」


 カウマンが渋い顔をした。今までの閑古鳥が鳴いていた状態を考えると、信じられない進歩だった。まあ相変わらず店内で食事をする人はほとんどいないし、テイクアウト専門店になっているのは否めないが。

 三人で調理道具を洗ったり、余った食材を仕舞ったりして過ごす。扉を閉めて「休憩中」の札を出し、カウマンが余分に作っておいたおかずと余ったパンで少し遅めの昼食をとった。時刻は午後の二時で、あとは翌日の仕込みをして夕方、戻ってきた容器を洗えばいい。


「結構お客さん断っちゃいましたね」


 お弁当を求める船技師の数は予想よりも多く、幕の内を除いた六十食だけでは足りずにがっかりした顔で帰って行く人がかなりいた。


「今日作ってみた感じだと、慣れればあと十食ずつくらいは増やせそうだな」


 カウマンの料理はすさまじい。培った料理人のスキルに加え、熟達した火魔法や水魔法を駆使している。例えば彼の得意なコロッケ。水魔法で水を入れ鍋に、予めマキロンが皮をむいておいたジャガイモを投入し、火魔法で着火して湯を沸かす。火が通ればざるにあげ、強化魔法で向上させた腕力で力任せにつぶしていく。巨大なボウルでジャガイモがあっという間に潰れていく様は圧巻だ。牛人族は皮膚が人間よりも丈夫なので、茹でたてで熱々の湯気が立ち込めていても平気なんだそうだ。

 そして超人的な速さで玉ねぎを刻んでひき肉と一緒に炒め、ここにつぶしたジャガイモと調味料を入れて味が均一になるまで鍋を振って炒め続ける。

 出来たらバットに移して冷却魔法で一気に冷まし、拳骨状に丸めて衣をつければあとは揚げるだけだ。コロッケを作るうえで一番ネックになる「冷ます」の工程がほとんど省かれているので通常より短時間で作り上げることが可能だ。ちなみにコロッケは衣をつけた状態で冷凍保存し、売り出す日の朝に揚げている。


「そうなると容器の仕入れにまた行かないとね」


「次のお休みですかね」


「最近、休日にまともに休んでねえな」


 店休日は店は閉めているが、市場に行って仕入れをしたり出勤して野菜の下ごしらえをしたり事務作業をしていることが多い。


「貧乏暇なしってやつだね!」

 

 マキロンが明るく言った。カウマンも「違いねえ!」と笑っている。ソラノとしても休みの日に顔を出すのは特に負担になっていないが、「悪いから」と言われて短時間で帰されている。


「この調子で売れれば、数か月で店の改装資金がたまるよ」


 マキロンが食事をとりつつ帳簿をつけながら言う。


「そんなに早く? 一年くらいかかるものかと思ってました」


「もとの貯金が少しばかりあったからね。ま、有り金はたけばの話さ」


「しかし改装して店内にも客を呼び込むとなると、人手が足りねえな」


「確かに……お弁当作って売るので手いっぱいですもんね」


「料理を出すなら夜も開けておきたいからねえ」


 現在カウマン料理店の営業時間は朝の六時から夕方の五時だ。夜まで営業するとなれば、売り子の方は朝昼がソラノ、夕夜がマキロンと分けることもできるが、さすがに料理人はもう一人雇わなければ不可能だ。


「そうなったら、倅を呼ぶか。来るかどうかはわかんねえが」


「ま、そうなったときに考えようかね。まだまだ弁当だって売り始めたばっかさ」


 未来に希望が持てるのは良いことだ。ソラノがこの店に初めて足を踏み入れた時、二人は辛気臭い顔をして店を閉めるかどうかで喧嘩をしていたものだが、今じゃ従業員を増やす相談をしている。


「じゃ、明日の仕込みしちまうか!」


 そうしてお昼を食べ終えて三人で立ち上がる。


「今日は肉系の仕込みだな」


「はい」


「とりあえずタマネギだ。あと暴走牛とオーク肉の合いびき肉」


「はーい」


 ソラノは店の倉庫から指定された材料が入っている木箱を持ってきて、中身を検めた。タマネギ、といっても大きさがバレーボール位あり紫タマネギのような色をしている。これは生でも美味しいが、カウマンはハンバーグに入れる材料に使っている。前述のコロッケにも使っていた。このタマネギをマキロンに渡すと皮を丁寧に剥きカウマンに渡される。するとたちまちものすごい速さで刻まれて、刻まれたタマネギはまな板から飛び出してボールに吸い寄せられるように入っていくから見ていて面白い。

 ひき肉は予め店でミンチにされている物を買ってきている。オークって食べられるの?とソラノは最初及び腰だったが、出来上がったハンバーグを食べてみたら特に変な味がするわけではなく美味しかった。

 タマネギが入ったボウルに合いびき肉をどさりと入れ、手で豪快にこねていく。これを各種の大きさに丸めてバットに並べ、冷却すれば完了だ。


「じゃ、次にチキン持ってきてくれ」


 照り焼きチキンに使うもも肉。チキン、と言っているが大きさは七面鳥くらいある。以前、「何の肉ですか?」と聞いたところ、カウマンがにやりと笑って「ヒクイドリだ」と言っていた。ヒクイドリはどうやら魔物らしく、王国中に生息しているらしい。カウマンの調理する肉は魔物の肉ばかりだ。ずるんとした冷たい肉の塊をカウンターの上の生肉用のまな板にどんどん載せる。ここにカウマンがハーブとスパイスをすり込むので、それが終わったらまた木箱に戻して倉庫へと置く。倉庫は常時冷却されており、実質冷蔵庫としての機能を備えていた。

 

「ちわ、容器返しにきたよ」


「ありがとうございます」


 仕込みを進めていると、容器を返しに船技師さんがやってきた。一人がまとめて返しに来てくれたので、いちどに五つ重ねたものが返却される。


「旨かったよ、安いし、明日も来るから」


「お待ちしてます」


 肉でべたべたになった手を洗い流して笑顔で容器を受け取った。仕込みがひと段落したらこれを洗って翌日に備える。


 ちらほら容器を返しに現れる職員に対応しつつ、ソラノは午後の仕事を進めていった。

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