第28話 販売開始
「おはようございます!」
何はあれども朝は来る。朝がくればソラノは元気に店に出勤して、そして仕事に取り掛かる。今日はお弁当を売り出す日だ。
「おはよう、ソラノちゃん! とりあえずサンドイッチからだな」
「はい!」
お弁当の売り出しは昼前、船技師たちの出勤時間を目安に考えているので、朝はいつもと変わらずにサンドイッチから売りに出す。ソラノは慣れた様子で持参したエプロンを身に着けると、たった今入って来たばかりの店から飛び出した。
「おはようございます、旅のお供にサンドイッチはいかがですか? 一つ四百ギールです!」
ターミナルを歩く冒険者のなかから、買ってくれそうな人に目星をつけて接近する。買ってくれそうな人とは、あんまり身なりにお金をかけていなくてそこまで急いでもいなさそうな人だ。急いでいる人たちは船が着くなり走り去ってしまっているのでもう姿が見えない。
「おっ、サンドイッチ屋さん?」
声をかけた冒険者から反応が返ってくる。三人組のようだった。
「はい! あちらの店で売っています。ボリュームたっぷりで今日のランチにぴったりですよ。まとめ買いする人も沢山います」
「ちょっと見てみようかな」
ちなみに声掛けの成功率は七割を超えている。これはむやみに話しかけるのではなく、ちゃんとターゲットを絞っているからこその成功率だった。ソラノの観察眼と経験と、そして人に話しかけるのにいささかの躊躇もないからこそできる技だ。
「ホントだ。結構な大きさだね」
「四種類もあんの?」
冒険者たちはワイワイと店の開いた扉から中を覗き込んでサンドイッチを物色する。現在品物は、扉と窓前に設置した机の上に種類ごとに平置きに並べられており、中身がわかりやすいようサンプルとして一つだけ包みに入れず、お皿の上にそのまま置いてある。
店の外観の小汚さは冒険者たちが気にするところではないのでとてもありがたい。だが早く何とかしたいので、こうして今日もせっせとサンドイッチを売り続けている。
「おススメは?」
「最近は照り焼きチキンが人気ですよ。塊のお肉にスパイスとハーブをすり込んでから一晩じっくり寝かせて、今日の朝にオーブンで焼いた一品です。寝かせることで臭みが無くなって柔らかくなりますし、焼いてから切ることで余計な脂が落ちにくく中までジューシーな仕上がりになってます」
「めっちゃ旨そうだな」
「でもアタシはローストビーフサンドが食べたい」
「俺はコロッケがいい」
「てかこの大きさなら、一人二個ずつ食えるんじゃねえか?」
冒険者三人組がひそひそと相談しだす。店の前に人がいると、他の客の目にも止まりやすい。後ろから新たなお客がやってきた。
「じゃ、照り焼きチキン三つと、ローストビーフとコロッケとハンバーグを一つずつくれ」
「はい!ありがとうございます」
商品をまとめて紙袋に入れ、代金を受け取るのはマキロンの仕事だ。ソラノは後続の客へ声をかける。
「おはようございます、サンドイッチいかがですか?」
ターミナルの待合所まで出向いたり、並んでいる冒険者に声をかけたりしていればあっという間に時間は過ぎる。山積みだったサンドイッチは随分と減り、時間も一時間以上経過していた。
朝の客が捌けたら今度は昼のお弁当の用意だ。船技師たちの出勤はシフト制で、交代時間はノブ爺に聞いていたためその時間に合わせてお弁当を用意する手はずになっている。
「弁当、冷めたやつから蓋をして並べていってくれや!」
カウマンとマキロンにより、カウンターに大量の弁当が並べられていた。現在出来上がっているのはお弁当四種類が十個ずつで、細長いカウンターいっぱいに並ぶ様は圧巻だ。ちなみにお箸とフォークとスプーンも返却前提でお弁当と一緒に渡すことになっているので、前日に一セットずつ紙ナプキンに巻いて用意しておいた。
カウマン夫妻はせっせとお弁当を作っているので、ソラノは言われた通り冷めたお弁当にふたをしていく。ここは店内で飲食する料理店のはずだが、仕出し弁当屋のようになっている。
「はよ、嬢ちゃんいるかい」
「あ、ノブ爺さん。おはようございます」
「弁当始めたんだな」
「はい! 買っていってくださいよ、記念すべき第一号ですよ」
ノブ爺に向けてソラノはお弁当をじゃじゃーんと見せびらかした。
「特にこれなんかどうですか?」
「こりゃ幕の内か?随分洒落てるが」
「そうです、女の職員さん向けに作って貰いました」
「俺は焼き鮭にだし巻き卵と煮物が入った幕の内のほうが好みだ」
「あーっ、それもわかります。でもカウマンさんの得意料理、洋食なので……」
「洋食つーか、肉料理だろ」
そうとも言えよう。空港がまだ発展途上の頃、立ち寄った各国の調査員たちのお腹を満たせるようにボリューム重視の料理ばかり作り続けた結果、微妙に高い、旨い、大容量のカウマン料理店が出来上がってしまった。利用客の中身が変わって時代に料理がかみ合わなくなり、長年苦しんできたのだが、こうしてふたを開けてみればまだまだ需要はあった。問題は値段と、宣伝力のなさにあったというわけだ。
「悪いがまた今度にするわ。徹夜明けでよ。この年になると体がしんどいんだ」
「ええっ? 逆にそのお年でまだ徹夜できるんですか?無理しないでください」
「第五ターミナルは今火の海だ。嬢ちゃん間違っても近づくんじゃねえぞ」
じゃあな、と言い残してノブ爺は去っていった。入れ違うようにやってきたのはジョセフだ。
「おはよう、ソラノちゃん」
「おはようございます、ジョセフさんももしかして徹夜明けですか」
「そうなんだよ。まいったぜ」
こころなしかゲッソリしているジョセフは続ける。
「ウチの保安部の失態でさぁ、船荷と貨物室が壊されて。無理なスケジュールで修理させられたんだよ。しかも修理してた貨物室では変な声が聞こえるし、ホンット勘弁してほしいわ」
「変な声?」
「何か、どっかから「水……」って声がしてさ。でも誰もいないんだぜ。気味悪いよな」
「幽霊ですかね」
「やめてくれ! 俺一晩中そこで修理にあたってたんだぜ」
ジョセフが心底いやそうな顔をしたので、ソラノは笑って「冗談ですよ」と答えておいた。
「幻聴でも聞こえたのかもな」
「そうかもしれません……お疲れの時は休んでくださいね!」
「ありがと。なんかソラノちゃんに会ったらちょっと元気出たよ。また買いに来るから」
「はい! またお越しください」
ジョセフを見送ると、丁度着港した船からぞろぞろ人が下りてくるところだった。この時間は船技師の出勤時間だ。今日から販売することは予め各所に伝えておいてあったので、うわさを聞き付けた職員たちがぞろぞろとやってきた。
「お弁当やってる?」
「はい、やってますよ。どれにします?」
「じゃ、ハンバーグ」
「俺はコロッケ」
「はいよ、四百ギールだよ」
ぬぅっと現れたマキロンが代金を受け取った。かわりにお弁当を一人一人に手渡していく。
「ありがとうございます。容器は今日中にお返しくださいね」
「やっほー、ソラノ」
ウサギ耳を持つ商業部門の事務職員、アーニャが顔を出してきた。
「あ、アーニャ。おはよう」
「お弁当売り出したの?」
「うん。これ、見てよ」
ソラノは特製幕の内をアーニャの目の前に差し出して見せた。わあ、とアーニャの目が輝く。
「いつ見ても可愛いお弁当ね! 買っていっていいかしら」
実はアーニャはこのお弁当を見たことがある。試作段階だったが、アーニャは絵がうまいという特技があったために職員に配るチラシに絵をかいてもらったのだ。
「ありがとう。容器は帰りにでも返して」
「おはよ。俺にこっちのやつもらえる?ご飯もつけて」
「俺はこっち。パンもくれ」
「はーい!」
後から後から空港職員がやってくる。入れ食い状態だった。カウマンとマキロンが必死で作り、作るそばから売れていく。宣伝しておくとお客さんの方からきてくれるのでかなり楽だ。
「完売です!」
全四種類八十個、わずか二時間余りで売り切れてしまった。
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