第26話 癒し
「こうか?」
「違います! ここの盛り付けはもっとこう……立体的にしたほうが良くないですか?」
「難しいな! 俺にはこんな繊細なことはできねえ!」
「大丈夫です、やればできますって!」
「やっほー、ソラノちゃん」
「あ、デルイさんこんにちは!」
現在夕方、デルイがのぞき込んだカウマン料理店では絶賛お弁当の試作品を作っている真っ最中だった。
「あれ? もしかしてお疲れですか?」
デルイはあれから丸一日、帰っていなかった。色々な始末に追われてしまい少しの休憩を取っただけで、ずっと業務にあたっていた。船の整備をする整備部からは余計な作業が増えただの時間が足りないだの嫌味を言われまくって、しかも言い訳もできないわけだからフラストレーションは溜まるばかりだ。やっと帰宅の許可が下りたので、せっかくだからソラノの顔を見てから帰ろうと店に顔を出してみたというわけだ。帰宅と行ってもせいぜい数時間休みを取ればまた翌日から出勤だ。やけ酒をあおって二日酔いするよりも、やさぐれる気持ちをソラノの笑顔で癒してもらおうという魂胆だった。
「ん、わかる? ちょっと忙しくってさ。店の中入っていいかな」
「いいですよ」
ソラノがカウンターから離れて迎え入れてくれたので、有難く入ることとする。ソラノが据わっていたカウンターの隣に腰かけ、はーっとため息をついた。
「何か雰囲気変わりました?」
ソラノはひとまずコップに水を注いで出した。このゴタゴタについて何も知らないため、無邪気にそう尋ねてくる。
「あっ、わかりましたよ。ピアスが無い!」
そういえば外したままつけるのを忘れていた。服装は既に私服だが、ピアスはロッカーにしまい込んだままだった。デルイはわざとふざけた調子で言ってみる。苛立っていることは知られたくない。
「どっかの偉いおじさんに怒られちゃってさあ。服装の乱れは心の乱れだって。だからピアスは全部外して、制服もちゃんと着てたんだぜ」
ソラノはそれを聞くと、キョトンとした顔をした後にぷはっと笑い出した。
「えー、何それ。面白い! 学校みたい。大人でもそんなこと言われるんですね」
私も先生に怒られたことがあって、と言い出す彼女はとても無邪気で、さっきまで散々腹黒い人間と相対していたデルイとしては心が洗われるようだった。
ーーやばい、めちゃくちゃ癒される。
思わず連れて帰りたい衝動に襲われた。
「できたぞ、嬢ちゃん! 俺の渾身の一品だ!」
デルイが何か良からぬことを言い出す前に、カウマンが咆哮を上げた。
「おおーっ」
ソラノが身を乗り出してカウマンの手元を覗き込んだ。仕方ないのでデルイもその話に乗っかることとする。
「さっきから盛り上がってたけど、何作ってたの?」
「お弁当です。名前がまだ決まっていないんですけど……デルイさんも味見していってくださいよ」
「そりゃいい。ちまちましてるから作るのが大変だったんだ。食って意見を聞かせてくれるとありがたい」
どどんと箱に詰まった弁当が置かれる。箱の中に葉の器が九つ入っていて、それぞれ違うおかずが詰められていた。一つ一つは小さめで、彩り豊かなそれらは見ているだけでも楽しめる一品となっている。今までとは大分異なる系統の品だ。
「もらっていいの? そういえば全然食ってなかったから嬉しいけど」
「忙しくても食事はちゃんと取らないとダメですよ」
そういえば忙しさにかまけて全く食事を取っていなかった。こうやって目の前に出されると、途端に空腹を感じる。
「ローストビーフ、コロッケ、マカロニグラタン、ハンバーグ、オムレツ、炒り豆と野菜のトルメイ煮込み、ピクルス、それにピラフだ。どうだ?」
「めちゃめちゃ色んなもん入ってるね。彩りも綺麗」
「苦労したんだぜ! 昨日からこればっか作ってたんだ」
弁当箱は今日届いたばかりなので、昨日は器だけ並べてひたすら何を入れればいいのか三人で考えていた。作って並べてみると、彩がよくないだの盛り付けがうまくいかないだので散々失敗した。作る際の効率の良さだとか、材料費のことを考えると通年同じメニューを出すことは出来ないが、それはそれで変化があるのでよしとする。男の人ならともかく、女の人はずっと同じものばかり並べておくと飽きて買ってくれなくなるだろう。良くも悪くも女子の審美眼は厳しい。
ちなみに今回のお弁当販売は完全に空港職員へ向けたものだ。容器の返却が大前提なので飛行機に乗り込む客には売り出すことができない。仮に売って欲しいと言われたら、店内で食べてもらうことになっている。
二人は早速お弁当の手を付けた。ピクルスはきゅうりとパプリカに似た野菜を酢漬けにしたものだ。噛むとパキっと割れて、シャキシャキした食感がする。甘酸っぱさが絶妙で、食欲をそそった。酢漬けは食材の腐敗を遅らせる効果があるのでお弁当にぴったりだった。
「生野菜は衛生上弁当に入れにくいからな。酢漬けなら丁度いいかと思って」
カウマンが言う。続けてハンバーグを食べてみる。
「こんな小さいのに硬くなくって、ちゃんと肉の味がするな」
「サンドイッチに使っているのと同じ材料だが、大きさが三分の一くらいだから形成するときに空気を多く含むようにしたんだ。そうするとふんわりと焼きあがる」
「私はこのトルメイ煮込みが好きです。美味しい」
味わいとしてはラタトゥイユに似ていた。先に油で炒めてあるだろう野菜は表面がきつね色で、トルメイという独特の酸味が強い野菜で煮込まれているのに野菜の味がしっかりする。
「野菜と豆をエリヤ油で炒めてから、水煮のトルメイを入れて煮込んだ。塩コショウとスパイスで味付けして水分が飛ぶまで煮詰めたら出来上がりだ」
「マカロニグラタンはホワイトソースが濃厚でクリーミーだし、ピラフは魚介の旨味と香辛料が合ってておいしい……」
二人は食べながら感想を言う。もぐもぐと気づけばあっという間に完食していた。カウマンの料理は相変わらず旨い。こんな場所で頑張っていないで王都の大きなレストランで働けばあっという間に料理長になれるだろうに、なぜここにこだわり続けるのかデルイにはいまいち理解できなかった。ソラノにしてもそうだ。この店を立て直すなどギャンブルみたいなものなのに、なぜこんなにも入れ込んでいるのだろう。
けれど彼らは生き生きとしていて、新しいことを始めるのが楽しくて仕方ないように見える。何のしがらみもなく、こんな風に自由にできるのはここが自分達の店だからだろう。組織が大きくなればしがらみは強くなる。様々な制約の中で働くことは時に窮屈だ。
だからデルイはこの店についつい立ち寄ってしまうのかもしれない。制約をぶち破る力を持つソラノに惹かれて、彼女に会って元気をもらうために。
「ご馳走様。美味しかったよ、ありがとう。これいくらで売り出すの?」
「五百五十ギールだよ」
後ろで帳簿付けをしていたマキロンがやってきて会話に参加してきた。
「安いね。そんな値段で売っていいの?」
「大丈夫なように工夫はしてるさ。半分以上は既存の商品の材料と同じだし、後のものにしたって他の弁当のおかずと一緒だ。小さいから作る手間と盛り付ける手間が若干かかるが……ま、この店は人件費がほとんどかかってないからねえ」
確かに店を経営するうえで人件費はばかにならない。この店は夫婦経営プラスでソラノがいるだけだから、そこはかなり浮いていると言えよう。ソラノの給料はそのがんばりに見合わぬ薄給だが、本人が受け取りを拒否している。「もっと売り上げが上がったら沢山ください」と言っていた。まだ国から生活費が支給されている上に家賃もかかっておらず、そんなにお金を必要としていないという実情がある。
この状況の内に売って売って売りまくって儲けを出して、そして店の改装費を確保したいという思いが三人にはあった。薄利多売もいいところだがそれでいい。空港職員をターゲットにしている以上毎日来てもらう必要がある。毎日気軽に買ってもらうために、安くあるのは大前提だ。
高給取りのデルイにそんな内情はわからないので、「ふーん」くらいで話を流した。
「ソラノちゃん、今日はもう帰っていいよ。お疲れさん」
食べ終わったタイミングでマキロンがそう声をかけた。
「はーい。お疲れさまでした」
「ソラノちゃん仕事終わりなら一緒に帰ろうよ。魔法みてあげる」
「え?でも疲れてるんじゃ」
「いいからいいから。家に帰って寝てるよりソラノちゃんと一緒にいるほうが癒されるし」
はいはいーっと肩を抱くデルイに促され、なんだか流されるままに飛行船へと乗り込みともに魔法の練習をすることになった。
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