第25話 深夜の貨物船②
「極楽鳥が襲ってきたので返り討ちにした挙句、積み荷を一部を駄目にした?」
ルドルフとデルイがミルド部門長を伴ってラヴィル男爵の待つ貴人専用個室へと行き、今しがた起こった出来事を報告した時、男爵は片眉を吊り上げ不快そうな声を出した。
目の前のこの男はラヴィル家の当主で、交易で随分のし上がったと聞き及んでいる。海に面した肥沃な大地を有する男爵領ではシルベッサの果実と葉巻の原料となる煙草の葉が豊富に育てられており、それらを名産品として外国との交易をしている。シルベッサは長らく輸送方法が確立されていなかったが、品種改良によってまだ成熟前の果実を収穫し、飛行船内で熟成させることが可能となり長距離輸送に耐えられるようになった。
ラヴィル家は当然グランドゥール王国とも交易をしており、無体な言い回しで男爵の不況を買うのは避けたいところだった。
ミルドは言葉を選びながら慎重に報告をする。
「部下の話では、何者かの声を聞いたような気がした後、極楽鳥が突然奥の部屋から現れて襲い掛かってきたとか。大層狂暴だったそうで、恐らく大きさ倍化と狂気化の呪文がかけられていたそうです」
「随分と面白いことをおっしゃる。まるで誰かが我が船に潜んでいて、故意に貴港の職員を傷つけたかのような言い方だ」
「そのような事は。しかし極楽鳥は普段大人しく、人を襲わないはずです」
「確かにそうだ。けれど、こうは考えられませんかな?貴港の職員らが鳥を刺激し、激昂させたために襲われた。いくら大人しいと言えども野生動物だ。刺激されれば身を守るため、人を攻撃することもあるでしょうーーそして情けないことにひと悶着を起こした挙句、積み荷に損害を負わせた。その不始末を誤魔化すために、何者かが鳥をけしかけたと言いがかりをつけていると」
「当港の職員は誇りをもって任務にあたっています。そのようなことを起こす人物はいないと自信をもって言い切れる」
「そうですかな?」
男爵は口の端をめくりあげて意味ありげにデルイを見た。
「私にはそうは見えませんが・・・失礼ながら、制服もまともに着こなせないような人間に、我が船の捜査を任せたのがそもそも間違いだったのでは」
「今この件に関して、部下の服装は何も関係ないと思いますが」
ミルドは辛抱強く言った。
「服装の乱れは心の乱れと言いますよ。無関係ではありますまい。保安部の部門長ともあろう方が部下を完璧にコントロール出来ていないようでは、空港の治安も心配なものです」
かなりの物言いにデルイは己を律するのに苦労した。言い返さなくとも、不快感を表情に出せば男爵の追及はさらに厳しくなるだけだ。直立で起立し、腕を後ろに組んでうつむき加減で目をつむってやり過ごす。男爵はため息をつき言葉をつづけた。
「まあ、船内に潜んでいる者がいるのかどうか……気が済むまで調べればよいでしょう。我々は王都に滞在し、事が済むまで待つことにいたしますので。その代わり、もしも船にどこもおかしな点が無かった時には、損壊した積み荷と船の弁償は貴港でお願いいたしますよ。おたくの部下の失態で、我が船は随分の不利益を被った」
男爵は立ち上がり、護衛兵と共に個室を出て行った。王都の宿に移動するのだろう。案内の職員が慌てて後に続く。男爵のいなくなった部屋の中、ミルドは椅子に腰を下ろし深々とため息をついた。
「部門長、申し訳ありません……俺の不注意のせいでご迷惑を」
デルイは己の振る舞いを悔いた。たしかにルドルフの言う通り、貴人を迎える時くらい服装をまともにしておくべきだったし、極楽鳥のいるあの部屋へもっとさっさと踏み込むべきだった。だがミルドはそんなデルイの言葉を手を振って否定した。
「ああ、お前のせいじゃないよ。男爵はたとえ服装がまともだったとしても他の点で難癖をつけてきただろう。まあ、隙を見せるのは褒められることじゃないが・・・いずれにせよ検査官が船を調べ、何かが見つかれば我々の無実は証明される」
「何か見つかるでしょうか? 男爵は己の潔白に随分自信があるみたいですが」
ルドルフが心配そうに尋ねた。あの物言いは、自分には後ろめたいことが何もないと絶対の自信を持っているように見えた。
「デルイが聞いたという何かの声……その出所を探っていたら突然極楽鳥が襲ってきたんだ。隠したい何かがあるんだろう。隠し扉なり秘密の部屋なり見つけないとな。ここからは検査官の仕事になるが、お前たちも船に戻って調べるのを手伝ってくれ。俺も監督するから」
ミルドは立ち上がって第五ターミナルへと道を進んだ。ルドルフとデルイもそれに続く。船の検査は夜を徹して行われ、検査官は二十人以上が投入された大捜査となったが、結局怪しいものは何も見つからなかった。デルイが聞いた声もせず、曲者もいなければ隠し部屋の手掛かりとなるものも無い。空手をつかまされた職員たちは落胆した面持ちで船を去る。一応明日も半日捜査をし、それでも何もなければ船は修理と物資の補給をして出港することとなる。西方の交易相手の都合もあるし、積んでいる荷物は生ものが含まれているため、そう何日も足止めをしていたのでは腐ってしまう。これ以上損害を被っては男爵の怒りを買うこととなるだろう。
何も手応えを得られぬまま、夜が明けてしまった。ルドルフとデルイの二人はしかしまだ帰ることができない。保安部の詰所へと戻り、デスクに向かって書き物をしている。報告書と始末書だ。
船内での出来事を
男爵の言い分はあまりに無茶苦茶で、そんな事を信じる者はこの保安部には存在しないが、だからといって極楽鳥をけしかけた人物を捕らえることが出来なければルドルフとデルイの報告も信ぴょう性を失う。この世界に監視カメラの類は存在しない。二つの話を天秤にかけ、どちらの話を信じるかといえば残念ながら男爵の方に軍配が上がるだろう。過去に怪しい所があるならばともかく、男爵が違法品を運んでいるという物的証拠は今日にいたるまで一度もあがっていないのだ。ルドルフとデルイも家柄だけなら男爵よりも格上だが、あいにく二人は職務上の事で実家を巻き込むつもりは毛頭なかった。
大失態だ。今回だけの問題ではない、もし仮にこのまま確たる違法の品が見つからなければこれから先、エア・グランドゥール空港は二度も無実の男爵船を捜査した挙句に積み荷を破壊した事で男爵に頭が上がらなくなるだろう。
「チッ」
デルイは思わず舌打ちをした。
「おい」
ルドルフが聞き咎めて注意する。朝番の警備員が続々とやってきて、何事かとこちらをチラチラ見ていた。
基本的にルドルフとデルイの二人は若いわりに優秀だと評判がいい。どんな相手でもスマートな身のこなしで倒してしまうし、見た目も良いので哨戒中も空港の利用者に威圧感を与えないのも良い点だった。今回のような失敗はかなり珍しい。だからこそ、デルイは苛立っている。
「男爵は王都中心部の宿で休み、今日の夕方に報告を聞きに再びやって来るらしい。そこまでに何か手がかりだけでも得られないと、本当に俺たちはただの笑い者だ」
「わーってるよ!」
デルイは始末書をバンと机に叩きつけてルドルフを睨んだ。ルドルフはそんな相方の様子を見てため息をつく。
「とりあえず、男爵の滞在中だけでも服装をちゃんとしておけよ。これ以上余計なケチをつけられても面倒だ」
デルイはしばらくルドルフを睨みつけた後、ため息をついてピアスをひとつひとつ外しにかかった。
「悪かったな、余計な難癖つけられるようなマネして」
「俺の不手際もある。極楽鳥ごとき、もっとさっさと始末するべきだった」
苛立っているのはルドルフとて同じだ。二人で組むようになって以来、ここまでのミスを犯したことはない。どこかで油断していたのだろう。
「何でもいいから手掛かりをつかもう。南方の国にももう一度男爵について問い合わせておく」
+++
「怪しいところは何もないと」
夕刻、再び空港までやってきたラヴィル男爵は優雅に足を組んでミルドからの二度目の報告を聞いていた。デルイが声を聞いたという貨物室を中心にどれ程調べ上げようとも、隠し扉もなければ魔法で扉を隠した形跡すら見つからなかった。この報告をするのがどれほど屈辱的なことか。そのすべての責任を負ったミルドがこうしてラヴィルと相対し、理性を総動員して淡々と事実を述べる。
「ええ」
「では我々の無実が証明されたわけですな」
「そういうことになりますな」
「ふむ」
男爵は長い足を組み替えた。背の高い体に見合ったスーツを完璧に着こなしているその出で立ちは彼の船と同じく、一部の隙もない。
「では……物資の補給と船の修理にはどれほどの時間がかかる?」
「およそ三日もあれば終わるかと」
「大至急お願いいたしますよ。何せ余計な時間を取られている」
「存じております。捜査のご協力に感謝しております」
「何、大国グランドゥールの命令とあらば、一介の交易商である我らに抗う術などありませんよ」
皮肉を聞かせてそういった後、用件が済んだ男爵は再び飛行船に乗るべく第一ターミナルへと戻った。これでここでの目的は果たした。あとは出港まで王都でのんびり時間をつぶしてからまた船へと戻ればいいだろう。
ふと彼の目に、一人の少女が目に留まった。少女はこの世界にしては珍しい黒髪で、ターミナルの待合所にちょこんと腰かけている。よくよく観察すると体内の魔素がかなり不安定だ。おそらく異世界人ーーしかもここにきてまだ間もない。十代だろうその容姿は綺麗というよりは可愛らしい。じっと見つめていたせいだろう、ふっと顔を挙げた瞬間に目が合い、軽く会釈をされた。その瞳は純粋で、およそ人を疑うことを知らない者のそれだ。
「美しいな」
男爵は少女から目をそらし自身の護衛にだけ聞こえる声でそう言うと、軽く口の端を持ち上げた。珍しいものは美しい。純粋ならばなおのこと良い。そういったモノは一部の人間にーーひどく好まれる。
「尾行しろ」
男爵が王都の空港へと降り立ち中心街へと向かう途中、護衛が一人減っていたことに気が付く者はいなかった。
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