第24話 深夜の貨物船①

 その日の深夜、ソラノがアパートで寝静まっている頃。空港保安部警備課のルドルフとデルイは第五ターミナルで検査官とともにとある船の着港を待っていた。南方の国から飛んで来たその船は西方諸国と交易をしており、エア・グランドゥール空港にも数か月に一度は物資の補給のために立ち寄っている。

 定期的に着港するその船だが、今回空港の保安部には少々きな臭い情報が入ってきていた。曰く、貨物の中に取引禁止品目が混ざっているという。それがどのようなものかはっきりしたことまではわかっていないが、何か生き物であるらしい。魔物か希少な絶滅危惧種かはたまた妖精の類か、エア・グランドゥール空港はただの経由地といえども看過することはできない。船は立ち寄った時点でこちらの法を守らねばならないのだ。


 積荷検査は同じ保安部でも検査課の検査官が請け負うが、その前に警備部門の人間が船長と交渉をし、船の中を検める。過去、検査官が船に入ったところ、下船の命令に従わなかった雇われ兵がわんさか出てきて検査官を叩きのめした例が後を絶たなかったからだ。そんなことをしては後ろ暗いことがあると言っているようなものなのだが、世界情勢が今ほど安定していなかった過去、武力を盾に物資を補給しそのまま出港しようと考える輩が驚くほど大勢いた。そんなわけで空港側は警備課の質を向上させ、精鋭を揃え二人一組で業務にあたることを主軸として、多少の荒事ならば立ち向かえるような態勢を整えた。


「今回の船はラヴィル男爵の貨物船だ。油断するなよ」


「わかってるって。ルドは真面目だなぁ」


「お前が不真面目すぎるんだ。閣下と呼ばれ諸外国にも影響のある男の前だぞ、もっとちゃんと制服を着たらどうだ」


「まあまあ、その閣下とやらが来たらちゃんとするよ」


 緑の髪に制服をきちんと着こなしたルドルフが、隣に立つデルイに注意をする。デルイはピンクの髪に耳にピアスをいくつもつけ、制服を若干着崩した状態で立っている。


「にしてもラヴィル男爵って、前にも結構大掛かりな検査したよな。結局なんも見つからなかったけど」


「ミルド部門長が悔しがっていた。あいつは絶対に違法品を売買しているはずだと、南方の国も西方の国もどちらからも情報が来ている」


「自国内で解決して欲しいもんだぜ」


 デルイがさも面倒くさそうに言う。散々船内を検めた結果、何も問題がありませんでしたと報告したときの男爵の顔が思い出される。したり顔で部下を引き連れ、「では」と一言だけ言うと悠然と船に戻って出港していったのだ。


「来たぞ」


 着港のアナウンスがターミナルに響き、接続口が開かれる。ぞろぞろと兵士に囲まれたラヴィル男爵がターミナルへと降り立ち、少し左右を見まわした後優雅に挨拶をした。


「これはこれは、わざわざのお出迎えとは恐れ入る」


 男爵は中年の偉丈夫だった。南国特有の褐色の肌にオールバックにした金髪、彫りの深い顔立ち、鼻下に生えた髭がきれいに揃っている。


「長旅お疲れ様でございます。既に聞き及んでいるかと存じますが、貴殿の船に検査命令が出ております。着港後まもなくで大変申し訳ありませんが、乗員のすべてを下船させ、船へ立ち入らせていただきます」


「職務に大変熱心でございますな。よろしい、命令に従いましょう」


 男爵の一声で、控えていた兵士の一人が船へと戻り命令を伝える。すぐに船からは船員が降り立ってきた。


「さて、検査が終わるまでまさかここで立って待たせるわけではあるまい?」


「貴人専用のラウンジがございます。個室を用意してありますので、そちらでお待ちを」


「大変結構」


 案内の者が声をかけ先導する。数名の護衛を伴って去り行く男爵を見送る。


「他の乗員の皆様方は恐れ入りますがこの場でお待ちください」


 やれやれとため息をつく兵士や船員を尻目にルドルフとデルイは業務にあたるため接続口から船へと入っていった。


 飛行船は巨大だ。その形は海を行く帆船に酷似しており、甲板もあればマストも存在する。誰も乗っていない船はしんとしていて、空気はどこか冷たかった。

 船室へと進み、一つ一つ扉を開けて中に潜んでいる者がいないか確認をする。いちいち二人で見ていては時間がかかりすぎるため、二手に分かれて見まわった。


「ここで最後だな」


「貨物室か」


 二人は船底に近い貨物室の扉を開け、中へと進んだ。南方特有の果実シルベッサの香りで満たされた部屋は木箱がずらりと並んでいる。交易品毎に部屋が分けられており、注意深く進みながら次の部屋の扉を開ける。今度は葉巻だ。


ーー…………ーー


「ん? 何か言ったか」


「いや、何も」


 二つ目の部屋を進む途中、デルイは何か声を聴いたような気がした。立ち止まり、あたりを見回して耳を澄ませる。貨物室は照明がついていても薄暗く、おまけに木箱がぎっしりと詰まれているため全容は把握できない。


「声がした気がしたんだが……」


 明かりの魔法を掌に灯し、船内をよく見ようと試みる。ルドルフもそれに倣った。


「気のせいじゃないか?」


「どうだろうな」


 デルイの表情は真剣そのものだった。どこかに隠し部屋でもあるんじゃないか。

 明かりを掲げて部屋に目を走らせる二人の耳に、今度ははっきりと物音が聞こえた。ギシギシと音を立て、鳴き声もする。


「何か鳴いてるか?」


「次の部屋からだな」


 その鳴き声はだんだん激しくなっていた。次の部屋へと二人が進む前に、扉が激しい音を立てて開き、その鳴き声の正体が姿を現す。


「ギイイィイイアアア!!」


「魔物か!?」

 

 それは飛行する怪鳥だった。翼を広げると全長二メートルほどもある浅黒い鳥が五羽、荷物がひしめく貨物室の中で広げた翼で木箱をなぎ倒しながら二人に向かって突っ込んでくる。

 即座に剣を抜いた二人は、奇声を上げて接近してくる鳥を迎え撃った。

 鳥は血走った目をしており、鋭い嘴を大きく開き襲い掛かってくる。ルドルフは体を低くしてやり過ごすと、鳥の腹に向かって魔法を打ち込んだ。


風の暴走エア・バースト!」


 渦巻く風が掌から放たれ、鳥は衝撃に体を仰け反らせた。間発入れずに次の魔法を叩き込む。


悪夢への誘いコーリング・ナイトメア


 鳥は魔法への防御手段を持っていないようで、それは抜群の効果をもたらした。上級の眠り魔法が直撃した鳥は床に倒れ伏し昏睡する。残り四体、ルドルフは油断なく次の鳥へと向かっていく。

 デルイは抜いた剣へ魔法を付与し、床すれすれを飛ぶ鳥を跳躍してやり過ごし頸部めがけて振り下ろした。切っ先をむけたわけではではなくみねうちだ。いくら襲い掛かってきたと言えども、ここは客の船内。搭載している物の全ては船主の所有物だ。むやみに傷つけてはならないし、殺すのは以ての外だ。打撃により昏倒した鳥を跨いで次の鳥へと接敵する。顔面まで近づくことができれば眠りの魔法で傷つけず戦闘不能にすることができる。


「悪夢への誘い」


 鳥はかなり狂暴だったが、所詮は鳥のようで攻撃パターンは単調だった。嘴か鉤爪のついた脚による攻撃を避ければ、魔法を当てることは簡単だった。空を自在に飛べるのが最大の武器のはずだが、船内が狭いこともあって実力を発揮しきれていないのだろう。

 二人はある時は攻撃を避け、ある時は剣で受け止めて動きを封じ次々と眠らせていく。抜群のコンビネーションであっという間に奇襲を鎮圧した。


「あーあ、船荷が……」


 静かになって貨物室をデルイが見まわす。自分たちの動きは最小限で、五分ほどで鎮圧できたが鳥の動きが派手すぎた。広げた翼が船荷を薙ぎ倒し、鉤爪のついた脚で木箱を掴み潰したせいで中身の葉巻があちこちに散らばっている。


「デルイ、見てみろ」


 船荷に気を取られていたデルイにルドルフが声をかける。


「ん?」


「鳥が縮んでいく」


 言われて鳥を見てみると、まるで風船から空気が抜けていくように鳥が縮んでいく。加えて鋭かった鉤爪は短くなり、浅黒い体毛は見る間に色鮮やかな青へと変わっていった。


「これは……極楽鳥か?」


 極楽鳥。それは温かい南の国に生息し、美しい青の体毛にトサカが赤、尾羽は黄色とカラフルな色彩を持つ鳥だ。区分としては魔物ではなくただの鳥で、多少の魔素を体内に持つが攻撃魔法の類は一切使わない。大人しく危険性が無いため観賞用として富裕層が好む鳥でしばしば交易品として輸送されている。珍しいが絶滅危惧種というほどではなく、船荷にされていたとしても見とがめられる品ではない。しかし・・・


「なんで極楽鳥が襲ってくるんだよ」


「大きさの倍化と狂気化の呪文がかけられていたんだろう」


「誰か乗ってんのか?」


 デルイは剣を抜いたまま倒れている極楽鳥を跨いで次の部屋へと急ぐ。扉は壊されていたのでそのまま奥へと進んだ。アリ一匹見逃さないように手のひらから明かりの魔法を部屋中に放つ。そこは極楽鳥を入れる檻が並んだ部屋だった。鳥の羽がそこかしこに落ち、餌と飲み水が檻中に飛び散っている。檻の出入り口は鍵がかかっておらず開いていて、そこから鳥が出てきたのだろう。

 檻の扉が開いているのは最初の一つだけで、残りはしっかり鍵がかかっており中では極楽鳥が止まり木に止まって眠っていたり、餌をつついたりしている。狂暴化する気配は微塵も感じられない。


 ルドルフとデルイが襲ってきた極楽鳥を拘束したのち前二つの部屋も含めてくまなく探し回っても曲者の姿はおろか気配すら感じることができなかった。デルイが聞いたはずの誰かの声も、しない。釈然としない気持ちを抱えながらも二人は今起こった出来事を通信機でミルド部門長へと伝え、判断を仰ぐこととした。

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