第23話 仕入れ
本日は店休日。問屋街へ弁当箱を仕入れに行く日だ。
「お弁当箱ってどのあたりに売ってるんですか?」
「食器や調理器具を扱う市がここから馬車で二十分くらい行った場所にあるさね。王都で飲食業内やってる人なら皆一度は行ったことがある有名な問屋街でね、賑やかな所なんだ」
アーニャと買い物に行った時のように乗合馬車に乗り込み、目的地の道具問屋街へと移動する。降り立ったそこは中心街のような華やかさでは無く、どちらかといえば下町の雑踏の商店街のような佇まいだった。道幅も狭いし、道路は蛇行している。石造りの問屋は間口が大きく開かれた半分外のような店構えになっていて、商品が平積みに置かれている。食器を見に来ているのは飲食店を営んでいる人たちだろうか。問屋街は喧騒に包まれざわめきが空気に溶け込んでいた。
「弁当箱っつーとここらあたりかな」
何軒か渡り歩き、店頭で店の人と話をしてからカウマンが目星をつけた店へと入っていく。同じ交渉を繰り返し、期待していたような成果が得られなければまた別の店へと行く。一口に弁当箱といっても色々とあるようだった。最も多いのは木のものだが、それも使用する材木によって値段も品質も随分変わってくる。アルミのような金属の材質でできたものもあれば、大きく硬い葉っぱを加工し、四角や楕円の形にしている物もある。
「こっちではどんなお弁当箱が一般的なんですか?」
「家で作った弁当を入れるなら木や葉が多いね。あとは総菜を持ち帰るときや、宿屋兼食堂で客が部屋で食べたいときなんかによく使うのも木だ。金属材質は冷やしておきたいものを入れるときに使うね」
「ここで最後か」
カウマンが問屋街の突き当りにある店を覗き込む。古い問屋のようで商品を置いた机は年季が入っていた。マキロンと二人で続いて入ると、木でできた様々な種類の弁当箱が置かれている。種類は今まで見た店の中で一番多い。大きさはピンキリだがどれも仕切りが二つ、多くて三つのものが多かった。
「こんにちは。お探しのものがおありで?」
話し込んでいると狐耳の生えた売り子のおばあさんが話しかけてくる。
「店で使う弁当箱が必要でな。間仕切りなしのものと仕切りが三つで、メインと総菜二つが入るくらいのものだ」
「はいはい、形は?」
「正方形がいい」
「じゃあここらのものかね」
おばあさんは正方形の弁当箱をいくつか持ってくる。あの葉の器がぴったり入る大きさのものでなければならないので、三人で大きさを吟味した。幸い、これだという大きさのものが見つかった。黒っぽい木材で出来ており、料理を入れれば高見えしそうな箱だった。
「これの間仕切りなしのもの、三つ入るもの、それぞれいくらになる?」
「間仕切りなしが一つ千ギール、間仕切り三つが一つ千五百ギールだよ」
「おし、間仕切りなしが四十、間仕切りありを六十お願いする」
カウマンは全て購入することに決めた。間仕切りなしには幕の内(仮名)の他にご飯やパンを詰めて売る。合計十三万ギールとなり、決して安い値段ではないが惜しんでも仕方がない。安値で壊れやすいものを買っても結局買い替えることになるので、カウマンは少々値が張るが物がいいという理由でここに決めたそうだ。すべての個数がこの場で揃うわけではないので、これから工房で職人が作業することとなる。代金の半分をこの場で支払い、残りの半分は納入時に支払う仕組みだった。
「毎度あり。商品は出来上がり次第空港まで届けるのでね」
「ああ、お願いする」
店の営業時間と休業日を伝え、領収書代わりの紙を受け取って三人はその場を去った。
「お嬢ちゃん、この後予定あるか?」
用事を済ませて歩く道すがらにカウマンが尋ねてくる。
「予定ですか?特にありませんよ」
「じゃ、もうちょっと俺たちに付き合って、一緒に昼飯どうだい?俺の倅が働いている店に行かないか」
カウマン夫妻の息子。話には聞いたことがあるが、会ったことはない。カウマンと同じ料理人で、いつかは店を継がせたいと言っていた。ソラノとしてもとても興味がある。
「行きます!」
ソラノは二つ返事でそう答えた。
「おし、そうと決まれば中心街まで行くぞ」
再び乗り合い馬車に乗り、アーニャと行って以来二度目の中心街に降り立つ。相も変わらず賑やかなそこは年頃の娘から買い物に来た親子、観光しているエルフに見るからに金持ちのお嬢様など様々な人が歩いている。
「倅はな、この中心街の大きなレストランで働いてるんだ。前までは裏路地のこじんまりした店にいたんだが、五年前くらいに店をうつったんだ。何でも流行の最先端を学んで料理人としての感性を磨くんだって言っててな。酒についても勉強しているらしい」
「息子さん、いくつなんですか?」
「もうじき四十だ」
カウマン夫妻が六十ということを考えると妥当な年齢だ。ちなみに結婚していないらしく、二人は息子の生末を心配しているらしい。
「ソラノちゃんウチの息子どうかねえ?異類婚も最近じゃ珍しくないよ」
ソラノは少し考えた。カウマン夫妻の子供ということは十中八九牛人族だろう。日本で生まれ育ったソラノとしては、牛の顔をした人と付き合うのは正直ハードルが高すぎる。
「ちょっとハードルが高いかな……」
「だよねえ。冗談だよ、冗談!」
ソラノの素直な意見にマキロンは明るく笑った。
「そこだな。女王のレストランってところだ」
「随分混んでいる店だねえ」
女王のレストラン。それはつい昨日、空港職員が言っていた店の名前じゃないだろうか。ワンプレートランチが女性に人気の、行列ができる有名店。
「ここ、職員さんの間で話題になってましたよ! 商業部門長が視察に行ったとか」
「へえ、有名なんだねえ。そんなところでちゃんと働けてるのかね」
「嬢ちゃんがいてくれて助かったよ。年寄り二人じゃ入りにくい店なんだ」
店の前には十人ほど女性客が列を作って待機している。店は全面ガラス張りで、張り出したひさしは濃紺だ。中にいるのも若い子や観光客が多いので確かにカウマン夫妻だけで行くには少し勇気がいるだろう。
列の最後尾に三人で並び、順番が来ると店内へと入る。ブラウンの木張り床にひさしと同じ濃紺の天井、ガラスのテーブルが並んだ店内はおしゃれの一言に尽きる。席に通されたカウマン夫妻はかなり落ち着かなさそうにしている。牛の耳がパタパタと動き、視線は店内中をうろついていた。完全にアウェーの雰囲気にのまれている。
「あの子なんだってこんな店で働くことになったのかねえ」
「同感だ。俺はちゃらちゃらした店は嫌いだ!」
「二人とも落ち着いてください。メニュー来ましたよ」
店員から差し出されたメニューを受け取りソラノが言う。
「一番人気はワンプレートランチらしいですよ」
「ワンプレートランチ?なんだそりゃあ」
「一つのお皿に沢山おかずが乗っているんです。ほら、お弁当の参考にもなりますから頼んでみましょう!」
二人がまるで頼りにならないのでソラノが店員を呼んで注文をした。ちなみに店員さんは種族にばらつきがある。グランドゥール王国は世界で最も多様な種族が暮らす国らしい。世界にはまだまだ差別の目が根強い国もあると、以前カウマン夫妻に教わったことがある。
「モーっ、父さん母さん、来るなら一言言ってくれよ、モウ!」
しばらく待っていると、モウモウと特徴的なセリフとともに牛人族のコック服を着た男が現れた。手には器用に三つのプレートを持っている。
「おう悪いな。料理人が表に出てきていいのか?」
「あんまり良くないよ。料理をサーブしたら引っ込むさ」
「あんた、随分しゃれた店で働いてるんだねえ」
「まあね。言っただろ?最先端の流行を勉強するって。ここは夜になると上質なお酒も提供している。 学ぶことは沢山ある。ところでそちらのお嬢さんは?」
「ソラノです。カウマン料理店でお世話になっています」
「ああ!例の、お店を立て直した異世界人のお嬢さんだね。俺はバッシ。いやぁ、あの店を再建するなんてなかなかの手腕だね!潰れるところだったから、有難いよ」
「カウマンさんの料理がおいしいおかげです」
「謙虚なお嬢さんだ!」
バッシは手に持った料理を音もなくサーブする。それはーー食の芸術とも呼ぶべき一品だった。六枚弁の花の形をしたプレートに、彩り豊かな料理が美しい盛り付けで乗っている。中央にはベビーリーフといちょう切りにされた赤や黄色の野菜が添えられたサラダが丸く乗せてあり、その周りに肉料理、魚料理とバラエティに富んだ六種類のおかずが並んでいる。
「俺の自信作、花の妖精のランチ「フェドフルール」だ」
バッシが自信満々に言った。その大柄なバッシの見た目からは想像の付かない繊細な料理だ。名前もお洒落だし話題性抜群だろう。カウマンの料理が下町の大衆に向けたものだとすると、バッシの料理はエレガンスな上流階級に向けたものだと言えよう。方向性が全く違う。
「うまくなかったら承知しないぞ」
カウマンはフォークを指して、サラダから口にした。ソラノもそれに習う。薄切りにされた実の野菜は甘味があり、ドレッシングなしでも美味しい。続いて三人で魚料理を食べてみる。
カリッと両面が焼かれた白身魚は身がぱさつかずふっくらと焼き上がっていて、塩胡椒によりほのかな塩気が効いている。何よりソースが美味しい。白い見た目からホワイトソースかと思ったが、食べてみるとインゲン豆のような味がした。豆独特の味とクリーミーさが淡白な白身魚にマッチして、全くしつこさがなく食べられる。
「この魚のムニエルうまいな! ソースが絶品だ」
思わずカウマンも唸る。
「水煮したアリベール豆を濾して生クリームと混ぜて作った特製のソースだ。この味にたどり着くにはそりゃモウ大変だったんだ!」
「豚バラのコンフィは脂身が乗りすぎているが、この一口サイズなら胃にもたれることもない。中までじっくり煮込んでいるから歯が無くても食べられそうだな」
「一晩マリネにしたバラ肉をじっくり煮込んだ、手間暇かけた逸品だぜ」
「こっちのハンバーグは肉かと思ったら豆からできてるな?見た目に騙されそうになったぜ」
「肉料理が続くと飽きてくるからな。変化を交えるのは基本だ!」
カウマンとバッシが白熱した論議を繰り広げる。二人とも声が大きいので店内の注目を集めてしまっているが、そんなことは気にならないというか気づいていないようだった。
「ちなみにこのプレートランチにはデザートでシルベッサのシャーベットがついてくるんだ! この果物が持つ独特の縞模様を活かせるよう、色ごとに切ってシャーベット状にした後にピンク、白と順番に器に重ねて盛り付けている」
「手間のかかり方が半端ねえな!」
「サブチーフ、恐れながら」
バッシが興奮して両手を広げて解説をした時だった。後ろから冷ややかな女性の声がした。振り向けばそこには眼鏡をかけた猫耳族の女性が、怒りを押し殺した笑顔でたたずんでいる。
「他のお客様のご迷惑になりますので、厨房にお戻りいただけませんか」
「美味しかったですね、女王のレストランのランチ」
「あの見た目にあの味、人気が出るのも納得さねぇ」
「人気店でサブチーフにまでなってるなんて、あいつも成長したもんだ」
思い思いの感想を口にしながら店を出て通りを歩く。
「今度は酒も飲みに行こうぜ」
「私まだ十八なので、飲めませんよ」
「あら、この国では十六から飲酒が認められているよ。全く問題ないさ」
なんと。それならぜひ、今度飲んでみたいものだ。
通りをぶらぶら歩きながら、目についた飲食店のメニューや店構えについてあれこれ言いあう。気づけば夕方に迫ろうという時間になっていた。
「すっかり日暮れだね。休みなのに俺たちにつき合わせてすまねえな」
「いえいえ、楽しかったですよ」
ソラノは本心から言った。この世界に来てから年の近い人たちと遊ぶことはあり、それはそれで楽しいのだがカウマン夫妻といるとそれとはまた違う気持ちでいられる。
「家族ができたみたいで嬉しかったです」
こっちに来てから、店にいるとき以外は基本的に一人だ。たった一人あのアパートにいると、ふとした瞬間に人恋しくなる時がある。
「ソラノちゃん……」
そんなソラノの心情を察したのか、マキロンが目を潤ませながら言った。
「いつでもお嫁に来ていいのよ」
「いや、それはちょっと……」
バッシは良い人そうではあるが、あの料理を語るときの暑苦しさは何とも言えない。こだわりがあるところは父親のカウマンに似たのだろうか。
「じゃ、お疲れ様です! また明日もがんばります!」
「おう、お疲れさん」
「お疲れ様」
そうして乗合馬車から降りた三人は別れのあいさつを交わし、家へと帰って行く。
明日もまた、がんばろうと胸に誓って。
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