第22話 市場調査

「おはようございます! カウマン料理店のソラノです。今度お弁当を売り出すことになったので、お話聞かせてもらえませんか?」


 ソラノは翌日も元気に船技師の話を聞きに行った。本日は第二、第三、第四ターミナルと職員用食堂へ行く。


「弁当? そりゃいいね!」


 船技師たちは総じて気さくな人たちだった。当然中には忙しくてこちらの話を聞けないような人もいたが、大体皆が意見を出してくれる。全ターミナルを回った結果、ほとんどが同じような意見だった。ボリューム、お腹にたまるおかず、低価格、おかずと主食をわけての販売。ここまで話を聞くことができれば具体的にメニューを決められる。


「次は、事務の女子社員の話を聞きに行こうっと」


 メモを片手に職員用の食堂へと向かう。実は行くのは初めてなので少し楽しみだった。大学の学生食堂みたいな感じかな?ソラノは以前オープンキャンパスで見た学食を思い浮かべた。そこは最近できたおしゃれな学食で、大学生たちがノート片手に話しあっていて和気あいあいとした雰囲気が楽しそうだったのを覚えている。頑張って受験勉強して合格し、春からその大学へ通う予定だったのだが、結局異世界に転移したので行けずじまいになってしまった。

 それならそれで、もっと遊びたかったな。とついつい思ってしまう。それはともかくとして。


 中央エリアの下、職員用の食堂は二つ存在した。入口が二つに分かれていて、一つは面構えが上階の富裕層エリアと似ている、白い床と濃い木目の入口の門構えが高級感を醸し出していた。メニュー表がおいてあったので近づくと、社員用にもかかわらずランチが三千ギール台からと妙に高い。隣の食堂はどうかと覗いてみる。こちらはナチュラルな木目材で統一されたシンプルな作りだった。メニューもカウマン料理店で出しているものと似ていて親しみが持てる。値段も六百ギール台がほとんどだ。


「こっちかな」


 ソラノがターゲットにしているのは庶民層なので、ナチュラルな雰囲気の食堂へと足を踏み入れた。広い食堂は地下窓が一つもなく、少し閉塞感を感じる。カウンター式の食堂はトレーを受け取り、メニューを伝えると食堂の人が用意をしてトレーに乗せてくれる方式だった。メニューはカウンターの上の壁に大きく書いてある。まだ少し昼時には早いせいか、客足はまばらだ。その中に見知った顔を見つけ、ソラノは駆け寄って声をかけた。


「アーニャ」


「あら、ソラノじゃない。こんなところで珍しいわね。お店は良いの?」


 空港商業部門に勤務するアーニャだ。二十二歳、ウサギ耳がチャームポイントの彼女は在籍三年目で未だ下っ端の事務職員だった。ソラノとは店の料理を介して仲良くなり、休日に一緒に買い物に出かけるまでの仲になった。円卓に他の職員と一緒に座り、ランチセットを食べている。


「今日はマキロンさんに任せて、お弁当を売り出すことにしたから市場調査に来てるの。船技師さんたちはボリュームがあって安いおかずセットが欲しいっていうんだけど、職員さんたちの意見も聞かせてほしいんだけど」


「お弁当やるのね。うーん……」


 アーニャは顎に指をあて少し考えこむ。


「いい考えが浮かばないわね……皆はどうですか?」


 アーニャは他の人へと話を振った。


「お弁当ねえ。サンドイッチがあれば私は十分かな」


「俺は昼は食堂で済ませるから必要ないや」


「なるほど」


 事務職員はあまりお弁当を必要としていないらしい。当然といえば当然か。船技師たち用に売り出すのも良いが、せっかくだしどんなものなら女性職員が買いたいと思うか考えたい。

 ソラノは壁に貼ってある食堂のメニューを眺める。シチューにハンバーグ、オムライスなどごく普通の洋食メニューだ。ソラノが思うに、こちらの世界の食事情は地球の影響を多分に受けている。地球から来た人たちが料理を広めるのに腐心したのだろうか。そのわりにお弁当が普及していないのは、やはり使い捨て容器が存在しないせいだろう。使い捨てはゴミが大量に出る。ルドルフが以前言っていた、自然と人間社会の共存に反する事柄はあまり広がらないのかもしれない。

 ソラノは考える。女子の好きなものとは何か。段々混んできた食堂内を縫うように歩き、歩きながら女性社員がどんなものを注文しているのか見る。男性も女性もあまり変わらないものを注文しているが、主食の量が女性のほうが少なめだ。


「アーニャ、王都の女子の間で流行ってるメニューって何?」


「王都で? そうねえ……あっ、ワンプレートに色々乗ったランチが流行っているわよ。キッシュとかパスタ、オムライスが少しづつ食べられるの」


「あぁ、”女王のレストラン”でしょ? 割高だけど、美味しいわよねー! 見た目も華やかだし、色々な種類の料理が食べられるってお得な感じするわよね」


 同卓の女性職員も賛同する。確かに色々なものを少しずつ食べるのは女子受けするところだ。


「この間エアノーラ部門長も視察に出かけていたって聞いたぞ。富裕層向けに出店するかもな」


「いっつも行列している人気店よ。ソラノも今度予約を取って一緒に行きましょうよ」 


「いいね! ありがとう。参考になったわ!」


 ワンプレートランチ。それならばお弁当でうってつけのものがある。ソラノは足取りも軽やかにカウマン料理店へと戻った。


「おかえりソラノちゃん。参考になったかい?」


「バッチリです! お店のほうはどうですか?」


「まあまあってとこかね。やっぱりソラノちゃんじゃないと初めての冒険者さんは掴まりにくいねえ」


 やれやれといった感じでマキロンが言う。確かにサンドイッチはいつもに比べて余ってしまっているようだ。頑張ってここから売ろう。


「そうと決まればメニューを考えようか」


「船技師さんは大体同じようなことを言っていましたよ。ボリュームがあって、お腹にたまるおかずで、低価格で、おかずと主食をわけての販売して欲しいらしいですね」


「おかずのメニューはサンドイッチの具材を踏襲すればいいんじゃないかね。ハンバーグ、照り焼きチキン、コロッケ」


「折角だから野菜欲しいですよね」


「じゃ、アレだな。煎り豆と野菜のトマト煮込み。水分飛ばすから弁当にも入れやすい」


「そういえばこの前、ツィギーラのオムレツを食べたんですけど凄く美味しかった」


「あれはブランド鳥の卵だからちょっと高ぇんだ。うちで使うなら普通の鶏卵だな。だが牛乳ならいいやつを親戚が作ってるから安く仕入れられる。オムレツも入れるか」


「考えたんですけど、事務の女の人向けに、全部ちょっとずつ詰めたお弁当も売りませんか?おかずが色々入ってるとお得な感じがして嬉しいんです。私がいたところでは幕の内とか松花堂って名前で結構メジャーなお弁当だったんですよ」


「マクノウチ?ショウカドウ?変わった名前だけどいいかもしれないね」


「四角いお弁当箱に仕切りが縦横にあって、九つくらいはおかずが入る感じの」


 ソラノは紙に絵をかいて説明した。カウマン夫妻は難しい顔をする。


「こんな形の弁当箱は見たことないな。問屋で売ってるかどうか・・・」


「作ってもらうとすると時間も金も余計にかかるねえ」


「だったら四角いお弁当箱に小さい器を並べて、そこにおかずを詰めるのはどうですか?」


「その方がいいかもな」


「器ならあるじゃない。だいぶん前に使ってた、ハルバイの葉で作った四角いやつが」


 言われてカウマンがああ、と思い出したかのように食器棚の上の方を漁り出す。取り出してきたのはソラノの手のひらに乗る、小さい四角の器だった。


「わあ、可愛いし大きさもぴったりですね。だていうかこれ、本物の葉っぱ?カビたり枯れたり腐ったりしないんですか?」


ソラノは器を手に取りしげしげ眺めた。塗装されているのか表面にツヤがでているが、どう見ても陶器ではなく本物の葉だ。手に取ってみても驚くほど軽い。


「そのままじゃダメさね。葉っぱを採取した後、腐食防止のために表面にラカーが塗られているから大丈夫なんだよ。天然樹液でね、手に入りやすいわりに油に強く虫も寄せ付けない便利な樹液さ。無色透明、無臭で主張がないから木や葉の温かみをそのまま感じることができる」


「へえ……!」


 異世界、便利だ。


「これをこうして並べてみたら、いい感じじゃないですか?」


 正方形の器を縦横三つずつ並べて置く。バッチリだ。あとはこれが入るぴったりな箱を探せばいいを

 メニュー構成が決まったらあとはカウマンが必要食材を挙げ、マキロンが利益の計算をする。

 そうして決まったおおまかな構成としては、メインとなる料理一つに副菜が二つ入ったお弁当が三種類、小さめのおかずが沢山入ったお弁当が一つの計4種類となった。

 前者はおかずのみで販売した場合四百ギール、後者は手間を考えて五百五十ギール。パンやご飯は単品で百五十ギールで売る。

 食材や調理のことを考え、一種類につき二十食限定だ。


「お弁当箱を仕入れに行かないとねえ」


 メニューが決まったところで、お弁当箱の仕入れに行く話となった。現在カウマン料理店の営業時間は朝の七時から午後五時となっている。店を閉めてからでも市場に行く時間はあるが、明日がちょうど店休日なので明日に三人で行くこととした。

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