第21話 お弁当大作戦

 事の始まりはこうだ。

 ノブ爺はこの空港に発着する船のメンテナンス作業を受け持つ整備部に所属する船の技師らしい。事故により片足が動かなくなり、年を取ったのもあって半引退生活を送っており、最近では若手育成のために空港へ顔を出しているらしいのだが、その時に若い者のこんな話を聞いたらしい。


「最近第一ターミナルでサンドイッチ売り出す店があるよな」


「ああ、今日も行って買ってきたぜ。ナントカ料理店」


「結構ボリュームあってうまいよな。売り子の女の子も可愛いし」


「ソラノちゃんな。可愛いよな」


 昼時だったので、船の傍らに円になって座り込んでの会話だ。


「でも値段がちょっとなあ。パンに挟まってんの考えるといいんだけどよ。もっとおかずがぎっしり詰まってるもんが欲しいよなあ」


「わかるわ。パンは持参するからおかずだけ売ってほしい」


「俺はご飯派だから、飯だけ持ってくるから飯に合うおかずが欲しい」


「食堂のメニューみたいなん欲しい」


 このエア・グランドゥール空港はターミナルが十あり、各ターミナルには最大五隻まで船が着港できる。着た船はここでおしまいというわけではなく、この空港を中継地点にして世界各地へとまた船旅へ繰り出していくため水や食料、物資の補給や人員の入れ替え、そして当然船のメンテナンス作業も発生する。上空一万メートルに位置する空港なのでその場で作業できるはずが無く、ターミナルごとに作業所(ドック)が設けられている。一度に二隻まで入るそのドックはターミナルごとに設けられており、船が入ると扉が閉まり外気が遮断される仕組みとなっている。そこに船技師が昼夜問わず交代制で常駐し、メンテナンスを行っているわけなのだが。


「食堂遠くて、行く気が起きねえんだよな」


「俺たち小汚いしな」


 空港は巨大なドーナツ状の中央エリアから各ターミナルが放射状に伸びている。空港職員には職員用の食堂が設けられており、それらは一般客が利用する店がつらなる中央エリアの下に位置しているのだが、いかんせん空港は広い。忙しいときにそんな場所まで行くとなると時間の無駄だし、昼時ともなれば事務職員でひしめく食堂だ。油やホコリでまみれた自分達が行くのもなんだか肩身が狭い。

 食堂も一日中やっているので、昼時以外ならば行きやすいしそもそもピーク時以外ならばテイクアウトをやってくれている。忙しいときはじゃんけんで負けた誰か一人が買いに行き、食器返却までやればいい。船技師たちの悩みは目下昼飯だった。

 その点カウマン料理店はうってつけの存在だった。なにせ店がある第一ターミナルは空港と王都を結ぶ船のみが就航しているので各人とも仕事の行き帰りに絶対に通る場所である。仕事の前に買って、仕事終わりに食器を返却すればいいのでかなり楽だ。


「昼にも揚げ物が食いてえ」


「メニューにあったビーフシチュー食ってみてえ」


「ソラノちゃん彼氏いんのかな……」


 一人だけ全然違うことを言う男がいる。技師たちは家から持ってきたただのバゲットや、ふりかけをかけたご飯だけが詰まっている弁当を食べながら最後の男のいうことに反応を返した。


「なに、お前ちょっと気になってんの?やめとけよ、保安部の二人がいつも張り付いてんじゃん。ルドルフとデルイ」


「でもあいつら、軽そうだけど職員には手を出さないからさ。大丈夫じゃねえか?」


「どうだろうな」


 どうでもいいことを話しながら昼休憩を過ごす。やがて食べ終わった者から立ち上がり、ぽつりぽつりと仕事へと戻っていった。



+++


「そんなわけだ」



「嬢ちゃん、モテるな」


「ソラノちゃんは人気があるねえ」


「いや、単に若い子が珍しいだけですよきっと……」


 話を聞いたカウマン夫妻にそういわれ、照れるソラノ。たぶん件の男は今朝もパンを買いに来たジョセフだろう。


「まあ嬢ちゃんの話はともかく。働き盛りで食い盛りのウチの若い者のために、弁当はじめてくれねえかな」


「なるほどな。いいんじゃねえか? なあ」

 

 カウマンがマキロンとソラノの意見を仰ぐ。二人もうなずいた。


「要望があれば応えるのが料理店さね」


「早速メニュー考えましょうよ」


「有難い。ウチの者が喜ぶわい」


 かくしてカウマン料理店のお弁当大作戦が始まった。

 

「そうと決まれば、市場調査に行きましょう!」


 ソラノは勢い込んだ。何はなくとも実際に話を聞いてみなくては本当に求められている商品がわからない。


「全員で店を離れるわけにいかない。ソラノちゃん行っといで」


「今回は職員向けに売り出すから職員用の食堂にでも行って、休憩中の職員の話を聞いて来てくれや。間違っても中央エリアをウロウロすんなよ」


 前回は場違いな格好で空港内をうろつき、利用客に冷ややかな目を向けられた。絡まれなかったのは保安部の人間が護衛に張り付いてくれたおかげだ。


「ターミナルごとにドックがあるから、そこで働く船技師にも話聞いてくんねえかな。俺が一緒に行くからよ」


 ノブ爺はそう言うと立ち上がった。

 そんなわけでソラノはノブ爺と連れ立ち、職員用通路を歩いてまずは各ドックへと行くことになった。ノブ爺は片足が不自由らしく引きずるように歩いていて歩みが遅い。ソラノは歩調を合わせゆっくりと進んだ。


「こっちの世界には慣れたか?」


「はい、大分。けどまだまだ知らないことだらけで……魔法も全然使えませんし。ノブ爺さんは魔法使えます?」


「まあ、四十年もいるからな。嫌でも使えるようになるさ。焦る必要はねえけど、身を守るためにも早く覚えたほうがいい」


「同じこと前にも言われました。そんなに物騒なんでしょうか」


 日本では自衛手段を覚えている女の子なんてほとんどいなかった。こうも身を守るよう言われるとギャップを感じてしまう。


「こっちには魔物もいる。武器を携行した冒険者だって街中にウロウロしている。子供でも魔法で火や水を生み出せる。身を守る手段が何もないってのは、攫ってくださいと言っているようなもんだ」


 そういわれると急に自分が無防備過ぎる気がして落ち着かない。一応デルイやカウマン、アーニャなどに魔法を教えてもらっているが、基礎の基礎といった感じで何か役に立つのかといえば微妙だ。


「ノブ爺さんはこっちの世界に来てからずっと船技師をやっているんですか?」


「ああ、当時はまだ造船技術が未熟でな。飛行船が長距離飛行に耐えられるつくりじゃなかったんだが、地球の技術が役に立ってな。今じゃ世界中に飛んでいける船がわんさか飛んでいる」

 

「もしかしてノブ爺さん、凄い人ですか」


「俺はただの一介の船技師だ」


 何でもないという風にノブ爺は言った。


「俺が今監督している第五ターミナルへ行こうや」


 ソラノは第一ターミナル以外のターミナルへ行くのは初めてだった。長い通路を通り、木の両扉を開けてドックへ直接出る。そこは飛行船を二隻も格納できる広さを持った巨大なメンテナンス場で、天井は遥か上、ビルの五階相当の高さに位置していた。船への出入りが自由にできるよう通路が二か所に設けられており、そこから船縁へ梯がかかっている。

 カンカン、ギギギーっと船技師が船を修理する音が高い天井に反響して響き、実際より煩く感じた。


「おい、カウマン料理店の嬢さん連れてきたぞ」


「えっ、ソラノちゃん!?」


 ノブ爺の声掛けに真っ先に手を止め駆け寄ってきたのはジョセフだった。ジョセフは二十代前半の船技師で、頭にタオルを巻いてノブ爺と同じつなぎを着ている長身の男だった。体を使う仕事をしているわりに細身の体つきなのは若いせいなのだろうか。ソラノより頭二つ分ほど背が高いけれど人懐こい笑みのせいか、見下ろされても威圧感はまるでなかった。


「お弁当をご所望とのことだったので、お話を聞きに来ました。お仕事中でご迷惑でしたら大丈夫です」


「いやいや、全然迷惑じゃないよ!」


「おっ、元気な売り子さん」


「何何、弁当やってくれんの? 嬉しいね」


 わらわらとやってくる大男に囲まれてもソラノは怯まない。手に持ったペンとノートを掲げ、


「どんなお弁当が欲しいか教えてください」


 と笑顔で言った。


「やっぱボリュームが大事だよな。サンドイッチの具が倍くらいあると俺は嬉しい」


「主食は持って来てる奴が多いから、おかずだけ売っててくれると助かるぜ」


「別でパンなり米なり買えるようになってれば有難い」


「ふむふむ」


 次々に出される意見をソラノは逐一書き留める。


「値段は?あんまり高くないほうがいいですか?」


「そうだな。五百ギールくらいだと毎日でも買えるな」


「俺はソラノちゃんが売ってるものなら何でも買うぜ」


「ジョセフさん、それじゃ何の参考にもなりません」


 あらかた聞き終えると、ソラノはお辞儀をして次のターミナルへと向かった。ノブ爺とはここでお別れだ。


 俊足のソラノでも一日で第一ターミナルを除く九つのターミナルを回り切りのは難しい。半分がいいところだろう。職員用の食堂へ行くには時間が昼時を過ぎていて微妙なので、明日にする。明日の売り込みはマキロンにお願いしよう。

 本日は第五ターミナルから時計回りに第十ターミナルまで回って第一ターミナルに戻り、戻ったところで店の閉店時間となったため閉店作業をして家へと帰った。

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