第18話 王都でのお買い物②
アーニャが意気揚々と人ごみを縫いながら歩く。着いた先にあったのは、開放的なオープンテラスのカフェだった。春先の今は外が気持ちいい季節、テラス席は八割がた埋まってい
て、そのほとんどが女性客で、男性客はカップルの連れだけだった。
各テーブルの上に花瓶がおいてあり、日よけのパラソルには緑の蔦がこぼれ絡まっている。一見花屋のようなその見た目は女心をつかむにばっちりの店構えだ。
「ベイクドポテトとツィギーラのオムレツのランチセットがおススメなのよ。デザートもつくんだけど、シルベッサのタルトがおいしくって」
「ツィギーラ? シルベッサ?」
ソラノはアーニャの説明を聞き頭の中がハテナでいっぱいになった。アーニャが信じられないといった顔をする。
「知らないの!? ツィギーラっていうのは王都近郊の街で育てている鳥のことで、オレンジ色の卵がすごい濃厚で美味しいんだから!食べないと損よ。シルベッサは最近流行ってる果物で、甘くて切ると中がピンクと白の縞模様で見た目にも可愛いのよ」
「そんな食べ物があるんですね。全然知らなかった。私、流行に乗れてない? ヤバいかも」
ここに来てからひと月ほど経つが、時間のほとんどを空港で過ごしていたし、どうすれば店が流行るかばかり考えてこの世界のことなどまだ碌に知れていない。常識だってマキロンに教えてもらっている範囲でしかわからないし、若い子の間の流行など論外だ。
「大丈夫よ、ソラノちゃん。そのために私がいるんだからっ! 任せておいて!」
「頼りになります、アーニャさん!」
ソラノの知らぬことだが、アーニャは頼られるという経験をしたことがない。空港では下の下に位置する立場で、日々人にこき使われているせいか、こうやって年下の子から尊敬のまなざしで見つめられ、あれこれ知識を披露するのはたまらなく快感だ。ソラノが商業部に来て自分の部下になってくれればいいのにとさえ思う。
もし実際にソラノが商業部門に入ったのなら、そのたぐいまれな観察眼で空港内の弱点を即座に把握するだろうし、その発言力、行動力でたちどころに問題を解決するだろう。ローストビーフサンドを一度もらっただけで懐柔されるチョロい系ヒロイン・アーニャなど秒で抜き去ってエアノーラのお墨付きになるに違いない。
そんな事実など思いつきもしないアーニャは、運ばれてきたランチプレートをつつきながら嬉々として王都の流行を解説する。ソラノはそれをふむふむと聞きながらこの食事の品評をしていた。
ツィギーラの卵は確かに普通のものよりこってり濃厚で、上にかかったトルメイのソースが酸味が強いのでマッチしている。付け合わせの野菜サラダがさっぱりしているので丁度いい。パンもライスも無く、主食がベイクドポテトとなっていた。
「王都の主食ってご飯?パン?それともここで出たようなポテト?」
「パンの人が多いわよ。最近はご飯を食べる人もいるけど……王国は麦をメインに作っているから、毎食食べるならパンね。ポテトはたまーにこういうカフェで食べるくらいかしら」
「なるほどで。じゃ、売り出すならやっぱりパンか……カウマンさんもパン焼いてるし。でもカウマンさんが炊くご飯、美味しいんだけどな。土鍋で炊いてるの」
「あ、そうやってふとした瞬間に仕事のこと考えるの今日は禁止よ!もうー」
アーニャに怒られてしまった。
「ごめんって」
年上と親しくなった者特有の、敬語とため口が混ざった口調でソラノはアーニャと話をする。
「ところでソラノちゃん、随分ルドルフさんとデルイさんに気に入られてるみたいじゃない?あの二人に目をかけられるなんて羨ましいっ」
「あれは……妹に接するお兄ちゃんみたいな感じじゃないかな」
三日に一度くらいの確率でふたりは店を訪れ、サンドイッチを買っては他愛のない会話をして帰っていく。ちなみに暴走牛のローストビーフを食べた感想は「あの硬くてパサつく暴走牛をここまでしっとり柔らかく仕上げるのは凄い」だった。カウマンは客を呼び込む能力は皆無だが、料理の才能に関しては素晴らしいとソラノは思っている。
「またまたー? ソラノちゃんはどっち派? ルドルフさんはいかにも出来る警備員って感じだし、デルイさんはちょっとチャラい感じだけど仕事中は真面目でカッコいいのよね!」
ギャップがたまらないーと言ってアーニャは一人で盛り上がっていた。ソラノにとって二人は気のいいお兄さん兼客寄せパンダくらいの認識だ。どっち派とか考えたこともなかった。今現在のソラノに、そんなことを考える気持ちの余裕はなかった。店を軌道に乗せることと、この世界の事を知ることで精一杯だ。
そんなことを話していると一緒に頼んだアイスティーとともにデザートが運ばれてくる。タルト台の上にくし切りにされた果実が乗っていて、鮮やかなピンクと白のコントラストが美しい。
「このシルベッサのタルト、断面がきれいな縞模様で凄いですね!自然の食べ物とは思えない色をしているっ」
「でしょ? 南国の名産品らしくてね、空輸で最近運ばれてくるようになったのよ」
「そういえば空港では荷物の輸送船も発着してるんですか?」
「当然よ。早朝と深夜はね、割安な客船に加えて貨物船が数多く就航しているわ。けど最近違法な荷物を載せている船も多くってね。禁止生物とか指定魔法品とか……そいうのを取り締まるのも保安部の仕事なのよ。船の荷物検査をするでしょ、そうするとガラの悪い傭兵がわんさか出てきて、ウチの警備員と一戦交えたりするのよ」
「結構危険もあるんですね」
「そうよ、だからソラノちゃんも気を付けてね! ソラノちゃんは珍しい異世界人だから、うかつに一人でフラフラしてると攫われてどっかの好事家に売り飛ばされるかもよ」
「あはははー、そんな馬鹿な」
タルトはさっくりとしていて、シルベッサのみずみずしさが際立っている。アイスティーはさわやかな口当たりと渋みで、デザートで甘くなった口内をさっぱりさせてくれた。
「じゃ、あとは適当にお店を見て回りましょうよ」
中心街には多くの露店も出ていて、果実水を売っていたり、ワンハンドで食べられるホットドッグのようなものやカリッと焼いた芳ばしいパンの香りが漂っている。そこかしこから声がかかり、見ているだけでも楽しかったし、アーニャに「あれは美味しいわよ」「これはイマイチだったわ」と教えてもらうのも参考になった。さすが豪語するだけあり、アーニャはこの中心街にかなり詳しかった。
見て回る中で気になることがあり、ソラノはアーニャに尋ねた。
「持ち帰りのお弁当屋さんみたいなのってないんですね。お惣菜の量り売りとか」
「お弁当はあまりないけど……量り売りならそこの店でやってるわよ」
アーニャが指さす店まで行き、ガラス越しに店内を見てみた。ちょうど客が買い物をしているところで、客が持参した容器を手渡し、そこに総菜を詰めてもらっている。
「そっか・・・こっちでは使い捨てのプラスチック容器がないんだ」
道理で路面店でも、紙で包んだ手軽な軽食ばかりのはずだ。飲み物屋台は果実を器にしてその中にジュースを入れて渡していたし。
「そしたらお弁当のテイクアウトは難しいかな……少なくとも船に乗る冒険者さんむけには売り出せなさそう」
あり得るとしたら空港職員向けに、容器の返却前提で売ることか。返却台を店の前に設けて終業後にでも返してもらえればいいし。
「あーっ! また仕事のこと考えてるっ」
「ごめんごめん、職業病ってやつ?」
「本当、その年で仕事の事ばっかり考えてると、行き遅れになっちゃうわよ! ちょっとは素敵な彼氏を捕まえようとか考えようよ!」
「そういうアーニャさん、彼氏は?」
「いないわよぅ!」
散々喋って歩いて買い物をして、すっかり夕方になってしまった。アーニャおススメの話題の店で早めの夕食を取り、二人は再び乗合馬車に乗って郊外まで戻る。
「今日はありがとうございました! すごく楽しかったし、勉強になりました」
「こちらこそ、役に立ててよかったわ。私の事はアーニャって呼び捨てで呼んで。敬語ももう、要らないわよ」
「じゃ、遠慮なく。アーニャ。明日も頑張ろうね」
「ええ!またお店によるわ。じゃ、また明日ね」
郊外の住宅地の分かれ道であいさつを済ませ、アパートへと帰る。お財布はずいぶん軽くなったが、沢山の買い物袋を持ち、心がほっこりしていた。
「よーし、明日からまたがんばろうっ」
弾む足取りで歩くソラノ。夜空に瞬く星を眺め、明日のがんばりを胸に誓う。
ちなみに翌日新しい服を着ていったところ好評で、カウマンには「若々しくていいな!!」マキロンには「私も若ければそういう服を着たいねえ」と存外に褒められた。
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