第17話 王都でお買い物①

「おはよう、ソラノちゃん」


「おはようございます、アーニャさん」


 本日は休日。久々に空港を抜け出て、王都でアーニャと買い物の日だ。アーニャはいつも着ている空港職員の制服ではなく、当然私服で着ている。頭頂部から伸びた二本のウサギ耳の間にベレー帽をかぶり、ピンクのグラデーションのかかったひざ丈ワンピースを着ている。足もとは耳と同じ色の白いブーツを履いていて、二十二歳という年齢を考えるとかなり可愛らしい恰好をしていた。それでも彼女の雰囲気ととても合っているため痛いということはなく、むしろしっくりくる。


「ソラノちゃん、休みの日でもそんな服なの……」


「いやだって、スーツケースに入ってた服しか持ってないんだもん」


 ソラノは店にいる時と変わらぬユニシロのパーカーワンピースを着て来ていた。へそ下に大きなポケットがついているだけで、別段何の飾りもない。足元はいつもの編み上げブーツだ。いくら大きなスーツケースといえども服なんて四着くらいしか入っていない。靴に至ってはこれ一足だけだった。


「ソラノちゃんの服ってすっごいシンプルだよね。装飾が何もない」


「私のいた国ではこういう服が流行ってたんです」


「ふーん。っていうかこれ、何の素材なの?随分伸びるみたいだけど」


「ポリエステルじゃないかな」


「ポリ……?」


「化学繊維ってやつです」


「??」


 アーニャは不思議そうな顔をしていた。ソラノが着ている服の素材についてはさておき、確かに日本に比べるとこちらはかなり個性的なファッションをしている人が多い。空港で見ていても感じていたことだが、こうして目の前で私服を着ているアーニャを見るとより一層そう思う。ソラノの服装が浮いて見えるはずだ。


「で、どこにお買い物に行くんですか?」


「よくぞ聞いてくれました! これから、王都の中心街まで行きますっ!」


 アーニャが両手の拳をグーにして気合を入れた。ちなみに今ソラノたちがいる場所は郊外にある広場で、乗合馬車の待合所が近くにある。


「中心街、初めて行きます」


「ビックリしないでよ? 郊外の市場とは比べ物にならないくらい賑やかで、華やかなんだから。王国の流行の発信地といっても過言じゃないわ」


「渋谷とか原宿みたいな感じかな」


「? どこよそれ」


「私のいた国の都心部です。ここから歩いていくんですか?」


「歩いたら一時間くらいかかるから乗合馬車で行くのよ。そのためにここで待ち合わせたんだから。ほら、丁度来たから乗りましょ」


 カタコトと二頭だての馬車がやってきて、待合所で止まる。ソラノはアーニャに手を引かれて馬車へと乗り込んだ。中は電車のように対面で座る長椅子が設置されていて、ぽつぽつとほかの乗客がいた。二両編成になっており、曲がりやすいように連結部は鎖でつながれている。一両に全部で十人は乗れるであろう馬車はソラノがイメージしていた、いわゆる「中世ヨーロッパの貴族が乗るような馬車」とは大分異なっている。


「馬の負担になりすぎないように、馬車は御者が魔法で重さを調節しているの」


「魔法って本当に一般的に使われてるんですね」


 二人が乗り込むと馬車が走り出す。石畳であるにもかかわらず振動があまり伝わってこず、滑るように進みだした。


「まあ、使用者の力量によって乗り心地も馬への負担も大分変わって来るんだけどね。この馬車の御者は当たりよ。乗り心地がすごくいいわ」


「へえ、そんなに違うんだ。馬車は結構頻繁に通ってるの?」


「空港から王都の中心部へ向かう人が多いから、結構馬車の本数は多いのよ。乗ってしまえばに十分くらいで着くから行こうと思えば気軽に行けるの」


「なるほど」


「今日はおしゃれなカフェにも行きましょう!」


「それは楽しみです!」


 女子二人、きゃいきゃい喋っていればあっという間に馬車は中心街へと連れて行ってくれる。二人は目的の停留所で降りると、アーニャが先導してさっそくお店へと向かった。


「空港にも人はいっぱいいたけど、本当にここはもっと賑やか!」


「でしょでしょ」


 中心街は郊外より三倍は歩道が広く、そこに多くの人が行きかっている。等間隔に点在する街灯すべてに花籠がついていて、そこから溢れんばかりの花と緑が咲き誇り街中を花の香りで満たしている。両側の店は石造りで五階建て以上はあるものが多く、ホテルやレストラン、カフェ、雑貨店など軒先を見ているだけで楽しかった。


「グランドゥール王国の王都はね、花と緑の都って呼ばれていて一年中花が咲き誇っているのよ。世界中のどの都よりも美しいって、有名な吟遊詩人も歌っているんだから」


 確かに郊外のソラノのアパートの周りにも花が咲き乱れている。家々の窓には必ず植木鉢がおいてあり、都市と自然が一体化しているようだった。


「ここが私の行きつけのお洋服屋さんよ」


 ショーウィンドウには、いかにもアーニャが好きそうなフェミニンな服が飾られている。ひき絞られた袖から飾りの布が垂れ、胸から下がチュールになっているワンピースなどアーニャにとても似合いそうだ。だがしかし、


「こんな服着てお店に立てませんよ」


 完全に「休日のお出かけファッション」だ。ソラノが欲しいのはもっと立ったりしゃがんだりしても邪魔にならず、走りやすく、ついでに言えば洗濯してもシワになりにくい服だ。こんな服で店先に立てば十分でどこかが破れてしまう。


「ソラノちゃんって、所帯じみてるね……。じゃあこっちの店はどうかな。カジュアルな服が多いのよ」


 そう言って指さした向かいの店は、確かに今見ている店よりはソラノの好みに合った服を売っている。いいかも、と頷いて二人はお店へと入っていった。


「いらっしゃいませ」


 店員は猫の耳をはやした女の人だった。人のいい笑顔を浮かべ、こちらへ寄ってくる。


「どんな服をお探しですニャ?」


「動きやすいシンプルな服を探してます」


「でしたらこちらなんかどうでしょう?」


 店員さんが出してきた服は、首元がスクエア型になっている水色のトップスだった。袖はゆったり目だが肘より少し下の所で引き絞られていて、花の刺繍が全体に施されている。


「あっ、可愛い」


「こちらのお洋服でしたら下はこんな感じのパンツでどうですか?お客様足が細いので、きっと似合いますニャ」


 かなり丈が短いショートパンツを手渡される。こちらは白地で今の季節にぴったりのさわやかな装いになるが、客商売を考えるとこの短さはどうなんだろう。悩むソラノにアーニャが横からアドバイスをくれる。


「グレーのニーハイソックス合わせたらどうかな? こっちのプリーツのスカートも可愛いよ。元気なソラノちゃんのイメージにぴったり!」


 たしかにアーニャが持ってきたスカートも可愛い。どれもこれもミニ丈で、別に足を出すことにソラノも抵抗は無いのだがカウマンに渋い顔をされないだろうか。


「大丈夫だよ。毎日冒険者さん、見てるでしょ?結構きわどい格好してる人多いじゃない」


「そういわれれば、そうかも」


 胸元がすごく開いたローブを着ている魔法使いや、足が露出している戦士の女の人を思い浮かべソラノは言った。


「ソラノちゃん服全然持ってないんだから、両方買えばいいじゃない。こっちのブラウスもチェックのリボンが可愛いよ」


 どんどんと両手に服を乗せられていく。値段を見ると一着三千ギールほどだったので、これなら四着くらいは買っていける。ソラノは現在カウマン料理店で賄いを出してもらっているため昼食代と、場合によっては夕食代も浮いている状態でお金にわりと余裕があった。


「この靴もいいなあ」


 ソラノは店に置いてあった、トレッキングシューズのような靴を手に取る。見た目より軽く、履いてみると足にフィットして馴染む。


「外側は飛竜の皮をなめして作ったもので、内側にはコカトリスの羽毛を繊維化したものを貼ってありますニャ。水に強く、履くほどになじむおすすめの靴ですよ」


「じゃ、これもください」


 結局服四着と靴を一足買う。アーニャが「ここで着替えていくべき!」と強硬に主張するので、会計後に試着室を借りて着替えてからお店を出た。


 シンプルな服を好む今までのソラノからすると装飾が多い服装となったが、これはこれでアリかも。


「お似合いですニャ」


「ソラノちゃん可愛い!」


 と店員さんとアーニャも言うので、ソラノも満更でない。お金がたまったらまた来よう。


「じゃ、お次はランチね。ここの近くに女の子に人気のカフェがあるから行きましょう!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る