第16話 ローストビーフサンド

「こんにちは。ローストビーフサンドください」


「こんにちは。アーニャさんこれで一週間連続のお買い上げですね」


「えへへ……はまるとそればかり食べるタイプで」


 ソラノが差し出すサンドイッチをアーニャは恥ずかしそうに笑いながら受け取った。アーニャが注意にやってきてから一週間。ローストビーフサンドは思った以上に好評で、店の前にでっかく「ローストビーフサンド 一個四百ギール」と書いておいたら思いの外お客がやってきた。時間帯に関係なく、「おっ、小腹がすいたから買ってみよう」くらいの感覚で客が来るようになったのはとても有難い。


「ちなみに朝の売り方、あれから変えたんですか?」


「変えましたよー。まず、風魔法を頑張ってマスターして、音を立てずに冒険者さんに近づくようにしました。で、普通の声で売り込みをかけるんです。「旅のお供にコロッケサンドイッチはいかがですか?」って。そしたら結構、皆お店まで来て買ってくれるんですよね」


 店構えがおんぼろなので来てくれないかと思ったが、冒険者の人はそんなことあまり気にしないようだった。ドアと窓を開け放ちそこから渡すスタイルにしたのも良かったのだろう。店の中に入るのに比べて気軽さが段違いだ。ついでにコロッケサンドも買ってくれる場合が多い。抱き合わせ商法だ。


「アーニャさんのおかげで職員さんがいっぱい来てくださるようになりました。感謝です!」


 空港職員の方も入れ替わり立ち代わりやってきては買ってくれる。特に女性社員に人気で、社員食堂のメニューに飽きた人、軽めに食事を済ませたい人がよく立ち寄ってくれた。

 今までは社員食堂かお弁当を持ち込むしか選択肢がないそうだったが、第三の選択肢としてカウマン料理店が出現したので、大層喜ばれている。

 ちなみにルドルフとデルイが定期的に買いに来るのも要因の一つだ。ソラノが知らぬことだが、高貴な身分で手堅い収入を得ており、顔もいい彼らは女性職員の憧れの的だ。彼らに会いたい女性職員がリピーターとなって店に来てくれるので、ソラノとしては二人にもっと店に来てほしいと思っている。


「あんなにお客の来なかったこの店がここまで変わるなんて、ソラノさんすごいですね!」


「でもこんなのブームみたいなものだから……飽きられる前に何か新しいことを考えないと」


 ソラノは現状に全く満足していなかった。そう、一つのものだけに頼っていてはだめだ。一昔前に爆発的に流行ったタピオカだって衰退の一途をたどっている。ソラノだって一度は友達と原宿の行列のできるタピオカ店に行って写真を撮ったが、一度飲めば「うん、もういいかな」という気持ちになった。高いし、お腹にたまるし、そう何度も飲みたい味でもない。要するに一回で満足してしまう。


「他のサンドイッチもはじめて見るとか? メニューの価格とボリュームも見直したいし、お店の外装も内観もきれいにしたいし、利益だしてお金貯めないと」


 すっかり店の企画兼売り子担当のようになっているソラノ。ちなみにバイト代も出してもらえるという話になっている。「こんなに頑張ってるソラノちゃんをただでこき使ったら罰があたる」とカウマン夫妻は言っていた。


「がんばりますね、ソラノさん! でもその前に」


 アーニャはサンドイッチを抱え、ずずいっとソラノに近づいた。


「お洋服、何とかしましょうよ! いつもいつも男の子みたいな恰好して! もう、可愛いんだから服だってそれなりの着ないと!」


「あー。どこで買えばいいかわかんなくて」


 以前デルイと魔法の練習をした後にショッピングに行ったことがあるが、彼はやたら高級な衣服店に連れて行ってくれたためショーウィンドウを見ただけで辞退した。トップス一着五万ギールだった。ソラノのひと月分の生活費が吹っ飛ぶ。


「お休みの日は何してるんですか?」


「寝てる……」


 連日の勤務で流石のソラノも疲れが溜まり、週に一度の休日ともなればただひたすらに寝て過ごしていた。青春真っ盛りの十八歳だというのに、疲れ果てたサラリーマンのような生活だ。自覚はあるが体が言う事を聞かないんだから仕方ない。


「もーっ! じゃ、私が付き合います。任せてください! エアノーラ商業部門長を見習って私も流行を常に意識してるんですから! 次のお休み、一緒に行きましょうっ」


 ありがたいことにアーニャが買い物に一緒に行ってくれるらしい。彼女は四つ年上だったがこの一週間ですっかり打ち解け、今では友達のように気軽に話せる関係になっている。


「頼りにしてるね」


「任せて!」


 二人は微笑みあい、「じゃ、昼休みが終わっちゃうから!」とアーニャは去っていった。

 入れ替わりでルドルフとデルイが現れる。


「ソラノさん、お疲れ様です」


「頑張ってるね、サンドイッチ職員の間でも人気って話だよ。ウチの課の人も来るでしょ」


「お疲れ様です、ルドルフさんデルイさん。まだまだ、色々考えないとあっという間に廃れちゃいます。お二人目当てで来るお客さんもいるんですよー。そうだ、お二人が好きな食べものって何ですか?」


「実家にいたときは竜の肉とか食べてましたね」


「あー、旨いよね、竜肉」


「竜って食べられるんですか。ちょっと興味あるかも」


「お嬢ちゃん、竜は倒すのが難しいからすごい高級食材だぞ。庶民の口には入らない」


カウマンが横から口を挟んでくる。


「ええ、ブルジョワ……」


 二人の好物を店で出すのは難しそうだ。


「そういえばデルイさん、教えてもらった風魔法使えるようになりました!ありがとうございます」


「ん。また何か新しい魔法教えるね」


「嬉しい!」


 つい数週間前まで客の一人も来ず、潰れる寸前だった店とは思えない活気だ。ソラノが持つ力などごく僅かだが、そのやる気、実行力、周りを巻き込む力によって店は上向きつつある。

 

「今日もがんばります!」



 店に元気な声が響き渡る。カウマン料理店は今日も元気に営業中だ。

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