第13話 商業部門からの刺客①
「できたぞ! これぞ究極のBLTだ!」
「「おお……!」」
コロッケパン販売開始から七日後、カウマンがついに理想とするローストビーフを作り上げたらしい。誇らしい顔をしてソラノとマキロンの二人の前にBLT(もどき)を出してきた。
コトリ、と置かれたそれは短いフランスパンに切り込みが入っており、中から具材のローストビーフ、レタス、トルメイがはみ出している。とろりとグレーヴィーソースがかかっていて見た目からして垂涎ものだ。
「早速いただきます」
カウマンが見守る中、二人はサンドイッチを手に取り口にする。肉は、驚くほどの柔らかさで、全くくさみやパサつきがない。それどころか噛めば噛むほど旨味が口の中に広がってくる。
「ちなみに暴走牛の肉を使っている」
「暴走牛……」
「この辺に出る魔物だ。安い、硬い、パサパサするでおなじみの暴走牛だが、俺の手にかかればこんなもんよ」
「冷めてるのに全然硬くないですよ。しっとりしてて、噛むとじわぁーっとお肉のうまみが広がります!野菜がお肉のよさを引き立てて、ソースも良い感じに組み合わさってます!」
「ソースは野菜を炒めて甘みを出した後、ショウユ、砂糖、スパイスと一緒に煮詰めて水分を飛ばして作った」
「本格的!」
ソラノは感動した。ソースといえば犬の絵が描かれた中濃ソースしか知らない彼女にとって、これは革命的だった。ローストビーフ、初めて食べたがこんなに美味しいものだとは。人生損していた気分だ。野菜もたっぷり入っていて、これ一つで完璧なバランスが取れた食事になる。安い、美味しい、栄養バランスバッチリ。これで売れないはずがない。ソラノも毎日買いたいくらいだ。
「早速明日から売り出すぞ」
「おーっ!」
カウマン夫妻とソラノは拳を天に突き上げた。チームワークもばっちりだ。
「失礼いたします」
そんなテンションが上がる三人の元へ、一人の刺客が現れた。
+++
「カウマン料理店がおかしな動きを見せている?」
エア・グランドゥール空港商業部門長エアノーラがそんな報告を部下から聞いたのは、今朝方の事だった。バリキャリの彼女は数字の鬼と呼ばれ、採算の合わない店舗を取り潰し、新たな店の召致に余念がない。空港の大規模拡張工事の際、中央ターミナルへの店舗の集約化を提案したのも彼女だ。結果、それまでターミナルごとに散見していた店が無くなることで、富裕層と冒険者をエリア別に誘導することが可能になり空港内がスッキリした。利用者の利便性が向上し警備の面でも容易になった。空港発展の立役者といってもいい。
そんな彼女はアラフォーの独身貴族で、流行を取り入れた服を着こなし、王都で流行っている店があれば真っ先に駆け付け、店の査定をし、彼女の合格ラインに達すれば空港内への出店依頼を店側にかける。商業部門で彼女に頭が上がる人間など存在しない。
現在商業部門は富裕層エリアと冒険者エリアで部が分かれ、さらに飲食と物販で分けられていた。カウマン料理店は旧ターミナルごとの区分のまま引き継がれず放っておかれているため、明確な担当者が不在という微妙な状態だった。一応この人、という感じで引き継がれているのが、現在エアノーラの目の前にいる男だ。こんな状態なのでどこの命令を仰げばいいのかよくわからず、こんな些事なのに最高責任者のエアノーラまで報告が来てしまっていた。
「はい、なにやら早朝に、冒険者相手にパンを売っているという話でして」
「そう。売り上げの為に工夫するのは良いことだと思うわ」
エアノーラは日課である各店舗の前日の売り上げに目を通しながら言う。あの時間帯に乗船する冒険者はランクが低く金銭的余裕が無いため、空港の店にお金を落とすことがほどんどない。その客層を取り込めるならばむしろ積極的にやってほしい所だが。
「それが……先に保護された異世界人が走りながら売っているらしく。大声がうるさく売り方が下品だとクレームが」
「走りながら売る?」
エアノーラは眉をひそめた。ただでさえ人にきつめの印象を与える切れ長の瞳に剣呑な色が宿り、巻かれた藍色の髪をかきあげる様はそれだけで部下を畏怖させる。
「全く理解できない販売方法ね。店へ行って注意して来て頂戴。そもそも与えられた区画を超えての販売は厳禁よ」
「はい」
彼女の仕事は多岐にわたり、多忙を極めている。こんな閉店寸前の店へわざわざ赴けるほど暇ではない。報告をしてきた部下に一言そういうと、自分の仕事を片付けるべく書類へと目を通し始めた。
そしてそう言いつけられた部下の方は、ため息をつき自席へと戻る。カウマン料理店は彼の悩みの種だ。何度立ち退きを命じても店主であるカウマンが「はあ」「はい」とのらりくらりとした返事しかよこさず、ターミナルの隅っこに店を構え続けている。強制的に取り潰したいところだが、やはり彼も他の仕事で手を取られているため放置し続けている。
正直、行くのが面倒くさい。ここは自分の部下に行かせよう。
彼は自席から見えるところにいるウサギ耳の職員に目を留めた。彼女は入社三年目の社員だが、この商業部門では下っ端の下っ端もいいところだった。
「アーニャ君、ちょっといいかな」
「はい、何でしょう?」
アーニャと呼ばれたウサギ耳の職員は立ち上がり、自分の元までやって来る。
「第一ターミナルにカウマン料理店て店があってね。このところおかしな販売方法をしているみたいだから注意してきてほしいんだ。なんでもパンを冒険者に売るために走りながら大声を出しているらしい。こう言ってくれ。与えられた区画を超えての販売は厳禁、大声での客引きは禁止、空港内で走って販売することは他のお客様への迷惑になるため控えること」
アーニャは熱心にメモを取り、そして頷いた。
「わかりました。早速行ってきます」
「頼んだぞ」
彼女は下っ端だが信頼できる社員だ。空港内での顔も広い。きっと上手いこと言ってくれるだろう。
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