第11話 反省会
「売り切れでーすっ」
ソラノは息を切らしながらカウマン料理店へと戻っていった。やり切った。達成感でいっぱいだ。トレーの上は空っぽで軽くなり、バッグの中は五百ギール札でいっぱいだった。
「ソラノちゃん凄いね。本当に売りきっちゃったよ」
「ああ、まさかこんなに早く売りさばけるとは驚きだ」
「えへへ」
二人はあんぐり口を開けて驚いている。ソラノもこんなに早く売り切れるとは思っていなかった。というか遅刻寸前の人多すぎだろう。
「よくあんなに早く、しかも何往復もはしれたもんだね」
「私学校まで自転車で通ってたから、これでも足には自信があったんですよね」
ソラノは自宅から高校まで片道五キロ、雨の日も風の日も毎日自転車で通っていた。鍛え抜かれた脚力はちょっと自信があったし、これしきでへこたれる根性の持ち主でもない。マキロンは自転車が何だかは理解して無さそうだったが、「若いっていいねえ」と遠い目をしている。
「これなら明日は倍の量あっても売れそうですね」
「まとめ買いが多かったから初めから五個セットで袋に入れといたほうが効率的かもねえ」
「こりゃしかし、この時間だけの特需だろうな。遅くても八時までには売り切らねえと、以降の客はもっと余裕をもって来るやつらばっかだろ」
早速反省会を始める三人。売れるというのは良いことだ。作りがいがあるし、やる気が出てくる。日がな一日店でぼーっとしていたカウマン夫妻もイキイキと明日のことについて相談していた。
「ローストビーフも早いとこお願いしますよ」
「わーってる。今熟成中だ、まあ三日後には旨いやつができるから待っとけ」
わいわい話していると、ここ数日ですっかりなじみとなった声が聞こえてきた。
「おはようございます、ソラノさんいますか?」
「あ、ルドルフさん。おはようございまーす」
「おはようございます。先日おっしゃってたパンを買いに来たのですが」
「わあ、ありがとうございます!ちゃんととってありますよ、待っててください」
ソラノは取っておいた一つのパンを店から持ち出し、渡す。
「どうぞ、四百ギールです」
「随分お安いですね」
「そうですか?でもパンだし、こんなもんだと思いますけど・・・今、ローストビーフを挟んだサンドイッチも開発中です。それも出来上がったらぜひ、買いに来てください」
「もしかしてそれも四百ギールのおつもりですか?」
「ですです」
ルドルフは目を見開いて驚いている。そんなにビックリするほどの事なのだろうか? 地球ではサンドイッチに挟んだローストビーフは結構ポピュラーだけれども。こちらの世界の常識に疎いソラノにはいまいちわからない。
「ありがとうございました。またお越しくださーい」
「今の人、最初に来てくれた保安課の警備員だろう? 随分仲良くなったもんだねえ」
店に戻ったソラノにマキロンが話しかける。
「はい。なんか、ローストビーフサンドを四百ギールで売り出すって言ったらすごいビックリしてました」
「まあ、ローストビーフと言ったら普通、高級品だ。四百ギールで売るって言ったら正気とは思われんだろうね」
「そうなんですか。大丈夫ですか?利益……」
「まかせなさいって。ウチには四十年来、肉を仕入れ続けている伝手がある。肉には種類と部位があって、モノによって値段がピンキリさね。それにうちの人は安価な肉でも美味しく作る方法だって知ってるさ」
「そっか。頑張ってください、カウマンさん、マキロンさん!私も頑張って売ります!」
「おう、任せておけ!」
「任せな!」
+++
「はよー。ルド、見慣れないもの食ってるじゃん」
「おはよう。ソラノさんの所で買ってきたんだ」
「へえ、何か売り出してんの」
自分のデスクでパンをかじっているルドルフの元へ、同じく朝番のデルイがやってくる。
彼は隣の自分のデスクへ座り、ルドルフをじっと見つめた。
「コロッケパンというらしい。パンをコロッケで巻いてあって、ボリュームがあってなかなか美味しいよ」
「いいなー、俺朝飯食ってないんだ。ソラノちゃんに会いたいし買ってこようかな」
「もう売り切れてないそうだぞ」
「チッ、なんだ。自分だけずりいな」
「明日行くんだな」
無駄口をたたきながら、コーヒーと一緒にパンを食べ進める。デルイは仕方なくコーヒーだけ飲みながら今日の警備範囲を確認していた。
「ちなみに店は6時からやってるが行くなら少し遅めに行ったほうがいい。今日行って少し見ていたら、ソラノさんが急いでいる冒険者に向けて走りながら売りさばいていた」
「走ってるのか? めちゃくちゃするな」
ルドルフは実は出勤一時間も前に来ていた。約束通りパンを買おうとカウマン料理店に行ったところ、怒涛の勢いで走る冒険者におそれをなすことなく突っ込んでいくソラノの勇姿を捉え、とても声をかけられず見ていたのだ。全力で走り、声を張り上げ、パンと釣り銭を投げ渡すその様子はまるで戦場だった。そんな売り方をする人間は今までに見たことがないし、これから先もソラノ以外誰もやらないだろう。よしんば思いついたとしても実行する度胸のあるものはまずいない。
異世界人は変わったことをする人が多いが、その中でもずば抜けた奇抜さだった。
「にしても、ルド、デスクでパン食ってるとこ見るとお前も随分庶民っぽくなったな」
「お前だってそうだろう。貴族の三男坊のクセに」
ソラノには別段伝えていないが、二人とも貴族の次男三男の出自だ。ルドルフはルドルフ・モンテルニと言って侯爵家の出身だし、デルイも本名デルロイ・リゴレットという名で伯爵家の出だった。
貴人要人がわんさか集まる空港では腕っぷしが強いだけでは警備は務まらない。殴ってみたらどこかの王族や豪商でした、となると謝罪だけでは済まないのだ。そういう時、身分が高くマナーも一通りわきまえている貴族の職員というのは空港側としてもありがたい人材だった。
特に表に立つことが多い保安課には貴族出身者が多い。とはいえ、身分を振りかざすような愚かな人間はいないので皆出身を言いふらすようなことはしない。つまり保安課はとても出来た人間の集まりで、独身女性の人気も高い花形の職種だった。
「今度、ローストビーフをサンドイッチにして売るらしい。四百ギールだってよ」
「は?安っす……大丈夫なん、それ、旨いのか?」
デルイは値段を聞いて整った顔立ちを歪めた。四百ギールなど、デルイからしてみれば飲み物代で消えるような値段だ。そんな値段で売る肉など、一体何が使われているというのか。
「安い肉を使ってるんだろうな。
「魔物じゃん、パサパサで食えねえよ」
暴走牛は王都近郊の平野で見られる大型の牛の魔物だ。特殊なスキルや魔法等は使わないが通常の牛の二倍ほどの体躯と強靭な筋力を持ち、群れで現れては体当たりをかましてくる。意外に素早い動きをするので魔法攻撃も避けられるし、固い皮膚によって生半可な物理攻撃ならはじかれてしまう。F,Dランクならば手こずるがCランク冒険者ともなれば簡単に倒せるので、その肉は食用として市場に安値で卸されている。肉質は脂身が少なく筋張っているので、高価な家畜の牛肉を買うことのできない庶民向けの食べ物だ。
「でもこのコロッケパンは四百ギールでも美味いから、ちょっとは期待できるんじゃないか?」
「一口くれよ」
「嫌だね」
軽口をたたきながら仕事の確認をする二人。もうすぐ交代の時間だ、早朝番の保安課職員がやってくるだろう。
「にしても、あの売り方は商業部から文句が来るかもな」
ルドルフが懸念を口にする。営業時間の変更も販売方法もある程度自由が認められているが、あんなに派手なやり方では体裁を気にする客層から文句が飛んでくるだろう。早朝深夜は割安なので利用客のマナーがあまりよくない。そういった人たちはソラノを見ても「元気な売り子だな」くらいにしか思わないが、たまたまそうした時間帯に利用する富裕層からすれば、「下品な売り子」と思われてしまう。権力者から圧力がかかれば弱小店舗のカウマン料理店など強制的に取り潰されてしまう。
「商業部の部門長は……エアノーラさんか。手強いだろうな」
数字の鬼と呼ばれるエアノーラは容赦がないことで有名だ。どんなテナントだろうが採算が取れなければ即退店させられるともっぱらの噂だった。
むしろ今まであの店がよく潰されていなかったなとそっちの方が驚くべき事実だ。あまりに存在感がなさすぎて忘れられていたのだろう。
「せっかく面白い子が来たんだから、がんばってもらわないと」
「悪い顔してるぞ」
彼らにとってみれば、ソラノは別の世界から来たちょっと可愛くて面白い女の子くらいに過ぎない。しかしあの行動力、実行力は感嘆に値する。あれほどまでに突き進める子はめったにいないだろう。あのやる気のなかったカウマン夫妻も引きずられるようにしてやる気を出している。ここでいなくなってしまっては、つまらない。
「おはよう、ルドルフ、デルイ」
「おはようございます」
「お疲れさまっす」
早朝番の職員がやってきて、二人に交代をする。さて、今日も一日の始まりだ。ルドルフは丁度食べ終わったパンの包み紙をごみ箱に捨て、仕事にとりかかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます