第10話 よーい、ドン
「パンよし、お釣りの小銭よし、走る準備よしっ」
ソラノは気合を入れて最終確認をしていた。昨日一日で全ての準備を終え、今日の販売までこぎつけた。四百ギールで利益が出るよう計算するところから始まり何個作って売るかを検討して、マキロンが必要量の食材の確保を担い、カウマンが釣り銭を大量に用意する。
コロッケパンは一つ一つ紙に包みテープで貼って売るのでその資材も用意した。
食材はじゃがいも、牛肉ひき肉、パン粉に小麦粉に強力粉と重たいものが多く、ソラノもカウマン夫妻とと一緒に市場まで出向いて店までの搬入を手伝った。店まで搬入してくれるサービスもあるが余計な金がかかるため頼まない。最もこの世界の人たちは魔法で荷物の重さを調節できるので、ソラノは荷物が人や建物にぶつからないよう後ろからついて歩いて見張ってるだけだったのだが。
今朝は朝五時に集まってみんなで準備をした。コロッケパンは全部で五十用意する。現在出来上がっているのは三十で、今もカウマンとマキロンが絶賛作業中だ。売り切れるかどうかはソラノにかかっていると言っていい。さすがに六十過ぎた二人に、走って売りさばけとは言えない。ここは言い出しっぺで一番若いソラノの頑張りどころだ。
ソラノは小銭を大量に斜めかけバッグに入れ、トレーにはパンを二十個ほど乗せてスタンバイした。この世界、五百ギール札があるのでおそらくそれで支払う人が多いだろう、お釣りは百ギール玉ばかりにしておいた。バッグの中でジャラジャラうるさくなっている。
今日は走りやすいようにブラウスにジーンズ、あと店の売り子とわかるようエプロンをつけていた。編み上げブーツのひももしっかり結んである。
「本当に走る気かね? 高位の冒険者ともなれば足の速さは並みじゃないよ。魔法で加速している人だっているだろうし」
マキロンは心配そうだ。
「船を降りてすぐの所じゃなくて、ちょっと先で待ってます。で、近づいてきたら大声を出しながら一緒に走ります」
「なかなか無茶するねえ」
「こんなにパン用意してもらったんですから、売り切らないとっ。がんばります!」
ソラノはやる気満々だ。
「そろそろ船が着港しますよ。よし、スタンバイしてきます」
そういうと、さっさとターミナルの廊下を進む。
「大丈夫かねえ」
「まあ、売れ残ったらみんなで食えばいいや」
カウマン夫妻は勇ましく歩いていくソラノを見送りながら、追加のパンを作るべく店内でさらなる作業に勤しんだ。
+++
「しまったぁ、寝過ごしたっ!!」
Bランク冒険者のギムラルはドタバタと王都を疾走していた。彼はドワーフなので走ってもその速さには限界がある。魔法で加速しても他のものより抜きんでて遅かった。
「お前が遅くまで酒場で騒いでるせいだろ!」
「いやいや、そういうお前だって、しばらくうまい飯が食えなくなるからって昨日は夜中まで飯食ってたじゃねえか!」
「あああ、もうっ、みんなだらしないんだから! 起こすこっちの身にもなってみなよ!!」
仲間も走りながら口々に寝坊した責任を押し付けあっている。彼らはBランク冒険者のパーティーでずっと王都で活動をしてきたが、この度ランクアップのため大枚をはたいて飛行船のチケットを購入したのだ。王都周辺は定期的な騎士のパトロールや数多くの冒険者による討伐のため魔物の活動が抑圧されているため、ランクアップを狙うならもっと魔物の活動が活発な西方諸国まで出向いたほうがいい。
飛行船のチケットは高価だが、早朝や深夜の便は割安に設定されている。あとは船内の食費を削れば、ギムラル達のようなBランクの冒険者でもギリギリ出せなくもない金額だった。
滑り込むように王都空港からエア・グランドゥール空港までの船に乗り込む。膝に手をつき、乱れた呼吸を整える。これに乗れればあとは目的とする飛行船まで、また空港内を疾走すれば間に合うだろう。
「あーあ、朝飯食い損ねたな」
「飛行船内の食事は高い。西方諸国までは船で五日間。船内食を食えるのは一日一食までで、残りは保存食だな」
「着いたとしても、あっちは王都ほど食事事情が良くないと聞く。やっぱり昨夜はほどほどにして、早めに起きて朝食を食べるべきだったな」
「だからあたしはさっさと寝ようって言ったのに」
女戦士はぷくーっと頬を膨らませていた。せっかくの船出だというのに、幸先が悪い。活動拠点を移すため王国から出るという高揚感と、初めて飛行船に乗るという緊張感、そして故郷への少しの惜別の感情、それらがないまぜになり、昨夜は少々遅くまで騒ぎすぎてしまった。結果が大寝坊で、起きた時に時計を見て目玉が飛び出そうになった。
幸い荷物はまとめてあったのでそれをひっつかみ、着の身着のまま、顔も洗わないで飛び出してきた有様だ。
「あーあ、空港ってとこがどんなんかゆっくり見てみたかったぜ」
「ま、仕方ねえ。とにかく間に合わなきゃ、せっかく払った大金が無駄になる」
「そうそう。準備しときな、また走るわよ」
飛行船が着港のアナウンスを告げる。四人は入り口付近に陣取り、開いたら速攻走ろうと
スタンバイした。ほかにも数名同じようなことを考えているのか冒険者がウロついている。
トンネルが接続され、ゲートが開く。四人は一斉に走り出した。
接続口を抜ければ第一ターミナルだ。事前に手に入れた情報だと、ここをまっすぐ抜け中央エリアを通って各ターミナルへと行くらしい。わき目も振らず走り続ける四人の前に、変わった服を着た女の子が手を振っているのが見えた。
「おはようございます! 皆さん朝ごはんはお済みですか?今ならコロッケパンが一つ四百ギールで買えちゃいますよー」
その女の子は首からトレーを下げて、あろうことかこちらの前を走っている。今どき王都の下町でも見かけない商魂たくましさだ。まだ十代だろうか、はつらつとした笑顔が可愛らしい、この世界ではあまり見かけない黒髪がポニーテールとなってなびいている。
「ほらっ、ちょっと高いと思いました?でもこのパンこんなに大きいんですよ、一つ食べればお鬚が素敵なドワーフさんのお腹もいっぱいになりますって!」
女の子は走りながら明るい口調でセールストークを繰り広げている。ちらりと横目で見れば、確かになかなかな大きさだ。この大きさでこの値段、船内で一食買うと思えばかなりお買い得だ。朝食と昼食を一度にこのパンで済ませられるならちょうどいい。空港は美食ぞろいだと聞いているし、保存食よりはるかにマシな味だろう。
「確かにデケェな、買っとくか!?」
「おお、じゃ俺も!」「俺も!」「あたしも!」
「はーい、千六百ギールですね!ありがとうございます。お召し上がりは本日中にお願いしますね!」
「ほれ、二千ギールだ!」
「じゃ、これがパン四つ、お釣りの四百ギールはこれで!」
「助かった、サンキューな!」
女の子は行ってらっしゃいと笑顔で手を振り、続いて後続の冒険者集団にパンを売るべく走っていった。
「あー、間に合った間に合った」
「飛竜の群れに追いかけられた時より走ったね」
「死ぬかと思ったわい」
何とか目当ての飛行船に乗り込んだ四人は指定の部屋に転がり込み、息も絶え絶えにそう言った。
「じゃ、腹も減ったし、早速さっき買ったパン食おうぜ」
一足先に回復した仲間がガサガサとパンの包みを開ける。
「おっ、旨そう。まだあったかいな」
開けてみるとコロッケがギムラルの拳ほどもある大きさで、そこにパンが巻き付いている。たっぷりかかったソースの匂いが食欲をそそり、四人は思わずゴクリと喉を鳴らした。
パクリと口に入れれば、甘みのあるパンはフカフカ、後からコロッケのさっくりした食感が来て面白い。コロッケはひき肉入りのポテトコロッケだ。野菜やスパイスがブレンドされたソースがマッチしてあと引く美味しさだった。
「「「「うっま」」」」
一言そういうと、四人が無言でがつがつと食しあっという間に完食してしまった。
「めっちゃうまい。もう一つ買っときゃあよかった」
「本当にね」
「あーあ、これでしばらく王都の旨い飯ともオサラバかぁ」
「Aランクになったら戻っていいもんいっぱい食おうぜ」
「そん時はこのパンも山ほど買おう」
四人は名残惜しそうに、船内の窓から見える王都の空港を眺めた。西方諸国は魔物の巣窟だ。無事戻ってこれるかわからない。だが彼らは冒険者なのだ、腕を上げるには時に危険に飛び込んでいくことだって必要だ。四人は再びここを訪れるときには、もっともっと強くなっていることを胸に誓った。
+++
「おはようございまーす!旅のお供にコロッケパンいかがですか!?」
「いいねえ、丁度腹減ってたんだ!三つ頼むわ!」
「毎度ありー!」
ソラノは走りながらパンを売りまくっていた。これで在庫のほとんどがさばけた。冒険者の人たちは思った以上に買ってくれている。大体パーティーで行動をしているので、ひとグループにつき四から六個、中には一人二つずつ買う人もいるので十個売れるときもあった。通常の三倍ほどの大きさのコロッケパンを二個も食べるなんて凄い胃袋だ。
こちらがお釣りを投げ損ねても、その身体能力をいかんなく発揮して地面に落ちる前にキャッチしてくれる。恐るべし冒険者。
カウマン夫妻の心配は杞憂に終わり、結局開始一時間のうちにあっという間に売り切れてしまったのだった。
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