第9話 サンドイッチを作ろう
「開店時間を早めてサンドイッチ売りましょう」
数日の市場調査を経てソラノが下した結論はそれだった。
「サンドイッチ?」
カウマンもマキロンもこの数日のソラノの奇行に慣れたようだったが、それでも眉をひそめる。
「とぼけないでください、この世界にサンドイッチがある事はわかっているんですよ!」
「いや、サンドイッチが何かは流石に知ってるが。何でサンドイッチを作るんだ?」
「よくぞ聞いてくれました。ちゃんと理由がありますっ」
ソラノはあんまり発達してない胸をそらして威張った。
この数日、朝から空港に来て見ていたところ、朝はすごい勢いで走ってターミナルまで行く人が少なからずいた。寝坊して出港時間ギリギリなのだ。慌てて着たのであろう若干乱れた衣服、髪を振り乱し、荷物を背負って走っていく様はソラノも身に覚えがある。
こういう人は当然朝ごはんなど食べている暇はないから、船の中で朝食を取ることになる。
そこまで急いでなくとも、朝は宿で食事を済ませる人が多いのか、酒場へ入る人は少ない。よって朝から開いている店は意外に少なかった。
「というわけで、朝ごはんを食べ損ねた冒険者向けにサンドイッチを売りましょう。朝の七時には売り出したいですね」
「いや、でも、そんなに急いでいる人が店に立ち止まってサンドイッチ買うかね?」
マキロンがもっともな疑問を出した。これに関してソラノは既に答えを出してある。
「向こうが走ってるなら、こっちも走ればいいんです」
「走って売るってのか?」
「そうです。こんな感じの、細長いトレーに紐つけて首から下げて落ちないようにして、で、両手で抱えて商品が落ちないようにします。金額はお釣りがないほうがいいから、四百ギールでどうですか」
ソラノは身振り手振りで日本で見たことのある、駅弁の売り子が使っていたばんじゅうを説明する。
「いけると思いますよ。サンドイッチ、手軽だし美味しいし、おじさんの作ってるコロッケ挟んだコロッケサンドとか良くないですか?ボリュームあるからお腹を減らした冒険者さんにピッタリ!」
「コロッケってパンに合うのか」
「コロッケパン食べたことないんですか!? それは勿体無いですよ、早速作って試食しましょう!」
ソラノが急かし、カウマンは半信半疑といった体でコロッケを揚げ始めた。この数日ソラノは日がな一日空港の中央エリアを観察してたり、空港内を練り歩いたり、疲れたらカウマン料理店に戻って休んだりしていた。ちなみにカウマンはソラノのためにまかないを用意してくれる。まかないなので店のメニューほど豪華なものは出ないが、和食好きなソラノのためにご飯と味噌汁をつけてくれていた。やっぱり優しい人だ、この恩に報いなければとソラノは決意を新たにする日々だ。
そして何故か、ソラノはルドルフとデルイに高確率で出くわした。もしかしたら浮きまくった服装のソラノが揉め事に巻き込まれないよう空港側が配慮してくれているのかもしれない。ありがたいことだ。二人には服を買うよう勧められたが手持ちが心許ないのと時間が勿体無いのとでまだ買いに行けていない。とはいえソラノもファッションに興味がある年頃だ、そのうち余裕ができたら買い物に行こうとは思っている。そしてその時はデルイが案内をしてくれるそうなのだが、お断りしようとひそかに思っていた。
「コロッケできたが……これどうやってパンに挟むんだ?」
カウマンがバットに揚がったアツアツコロッケを差し出してきた。忘れていたがここのコロッケはボールみたいなまん丸い形をしていた。
「普通コロッケって平べったいからパンに挟みやすいんですけど、これだとちょっと難しいですね」
「だが俺のコロッケはこの形だからこの味が出る。この衣のサクサクと中のホクホク具合はこの形じゃなきゃならねえ」
カウマンはこの形状にこだわりがあるらしい。ソラノはうーんと腕を組んで唸った。
「これ、パンをぐるっと巻きつけて焼いたらどうだい?」
隣で見ていたマキロンが案を出した。ちなみに店でパンも焼いているらしい。
「なるほどな、ちょっとやってみるか」
店のオーブンで試作品を作る。カウマンは慣れた手つきで強力粉を捏ね、発酵を挟んで細長い生地を作り出した。コロッケの周りに巻きつけて二次発酵を済ませ、オーブンに入れて焼いていく。
時間が経つにつれパンが焼けるいい匂いが漂ってきた。
「出来たぞ」
「わーっ、おいしそう」
ソースをかけて三人でコロッケパンを食べてみた。焼きたてもっちりの甘みがあるパンと、温め直されてサクサクのコロッケがとてもマッチする。
「こりゃうめえな」
「本当、美味しいねえ」
二人もパンとコロッケのコンビネーションに驚いているようだ。そりゃそうだろう、これを知らないなんて人生損してると言っても過言ではない。
「でもこれじゃサンドイッチじゃなくてコロッケパンですね」
「ダメなのか? どっちでもうまけりゃいいだろ」
「まあ確かに……じゃあ後ひとつちゃんとしたサンドイッチ作りましょうよ。サンドイッチといえば定番はBLTですよね」
「なんじゃそりゃあ。ビーフ・レタス・トルメイか?」
トルメイとはコロッケ定食について来たトマトに似たオレンジの野菜だ。トマトより少し酸味が強くて、好き嫌いが分かれる味だろう。
「いやベーコンですけど……まあこのお店の場合、ビーフでもいいのかな」
よくわからないが、カウマンは牛肉料理が得意なようだ。ならば得意分野で勝負したほうがいいだろう。
「サンドイッチでビーフといえばローストビーフだな。任せておけ、俺のとっておきのレシピがある」
「ちゃんと値段、四百ギールで収まるようにしてくださいよ」
「そこはあたしの出番さね。この店の金勘定まかされて四十年だ。ちゃんと利益が出るようおさめてやるよ」
「おばさん頼もしいっ。ていうかこのお店四十年もやってるんですね」
「おうよ、俺たちが二十歳の頃に始めた店だ。当時は俺の料理の師匠もいてな、三人で店回してたんだ」
師匠がいたにしても二十歳で店を持つなど、並大抵ではない。なかなか波瀾万丈があったのだろう。
わいわい言いながらローストビーフサンドを作り、試食をする。
だがカウマンは何かが気に入らないらしく、
「ダメだっ!こんなもの、客に食わせられない!」だとか、「作り直しだっ!」とか言って一向に出来上がらなかった。ローストビーフは昔にメニューから排除して作るのは久々らしい。
「見ていろお嬢ちゃん。俺は究極のBLTを作ってみせるぜ!」
カウマンは料理人としてのスイッチが入ったらしい。BLT、意味が違うんだけどなーとはもう突っ込めない雰囲気だ。だいぶん付き合っていたが、全然完成しない。
「すまねえな、なかなか完成しそうにない」
「じゃあ先にコロッケパンだけ売り始めましょうよ。急いでる冒険者さん向けだから、とりあえず一種類あれば売れます」
「じゃ、明日は仕込みだな。マキロン、食材の調達よろしく頼むわ」
「あいよ。ソラノちゃん、今日はもう帰りな。あたしも下に降りて仕入れ先に話を通したりするからさ。上手くいきゃあさってから売り出せる」
「はーい」
マキロンに促され、ソラノは店を後にする。
「こんばんは、ソラノさん。今日はもうお帰りですか?」
「こんばんは、ルドルフさん。はい、今日はもう帰るよう言われました」
帰りの船でばったり出くわしたのはルドルフだ。彼はデルイとは対照的にきっちり制服を着こなしている。
「もう夜遅いですから、家まで送って行きますよ。王都の治安がいいとはいえ、若い子の一人歩きは危険です」
「それはありがとうございます」
ルドルフは最初にアパートを借りるときに一緒に来てくれているので場所を知っている。深夜というほどではないが、帰りが遅いと薄暗くてなんとなく気味が悪いので、来てもらえるなら助かるところだ。
「ルドルフさんの家はどのあたりなんですか?」
「僕は降りてすぐの空港職員用のアパートで暮らしています。デルイも同じです。勤務形態が不規則なので、大体皆近くのアパートを借りていますね」
「そうなんですか」
「料理店の方はどうですか?」
「冒険者さんの朝ごはん用にコロッケパンを売ることになりました」
「コロッケ……パン?」
「あ、知らないんですか? コロッケがパンに挟まってて、美味しいし手軽に食べられるので朝とかランチにぴったりですよ! 早くて明後日から売り出すから、よかったらルドルフさんも朝番の時に買いに来てくださいね。他の方も誘って!」
ソラノは早速宣伝をする。職員さんはぜひ顧客にしておきたい。飛行船に乗る冒険者は旅に出るので、なかなか同じ人に次来てもらうのは難しいが、空港職員さんは毎日いるからリピーターにピッタリだ。
意気込んで話すソラノの様子を見て、ルドルフは穏やかに微笑んだ。
「では、是非行かせていただきますね」
「はーい、お待ちしてます!」
船を降り他愛もない話をしながらアパートまで帰るのは楽しい。歳の離れた兄のことを思い出す。
「ではまた明日、おやすみなさい」
「はい、ありがとうございます」
パタリと扉を閉じ、一息つく。明日からは忙しくなりそうだ。ソラノは一人アパートで明日の準備を始めた。
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