第5話 グランドゥール王国王都
さすが王都というだけありその賑わいは圧巻だった。ここは空港から出たところすぐの、中心部からは離れた場所だというのに店が軒を連ね人が行きかっている。
原宿や渋谷といった雑多な賑わいとは違い、つい先日まで滞在していたパリに似た華やかさがある。建物は薄ベージュのレンガで統一されており、窓や壁、扉前に見慣れない植物や花々が咲き乱れている。こちらの季節も春先らしい、少し寒さは残るものの芽吹いた植物が暖かな季節の到来を告げている。
舗装はアスファルトより平らではないのでひきずるスーツケースがガコガコと石畳の上を跳ねる。
「その荷物お持ちしましょうか?」
隣を歩くルドルフさんが声をかけてくれる。
「いえ、大丈夫です。自分の荷物は自分で持ちますよ」
人に持たせるのは気が引ける。それより空乃はルドルフさんに手間をかけさせてしまって申し訳ない気持ちがあった。
「こんな案内までしてもらってすみません」
「これも仕事のうちですよ。異世界の方は貴重な人材、悪い奴に絡まれたり何か事件に巻き込まれでもしたら大変ですからね。さ、役所はここから歩いて十分ほどですから行きましょう」
王都の役所というだけあって通りのわかりやすい場所にあり、面構えは周囲の建物に比べ頭一つ分高く立派だった。ルドルフさんはその開かれた木扉を慣れた様子でくぐり、空乃を中へと案内する。階段を一つ上った二階のとある課の前で止まり、受付の女の人へと声をかける。この人は頭からウサギの耳が生えている。
「すみません、国外民の一時滞在登録に参りました」
「はい、どちらの国からおいででしょう?」
「異世界からのお客様です」
ルドルフさんがそう言うと、ウサギ耳の受付嬢は少し顔色を変えて空乃を見た。
「成程、部門長を呼び確認いたしますね。応接室でお待ちくださいませ」
空港と同じく小部屋へと案内され、ソファへ腰かける。カウンター後ろのデスクに座った中年のおじさんが呼ばれ、空乃の前へとやって来た。
「異世界からのお客様とのことで……ああ、確かにそのようで。一応確認をいたしましょう。こちらの水晶に手をかざしていただけますか」
おじさんが出してきた水晶玉へと手をかざすが、何の反応も示さない。
「これは体内の魔素を測定する魔法石で、どんなに気配を隠せる達人でもごまかせません。反応がないということはつまり貴方の内にある魔素がゼロということになり、それは異世界からいらしたばかりの方であるという証拠になります。いくつか質問をしますので、お手数ですがお答えください」
おじさんは空乃に、ルドルフ同様どのようにこの世界に来たのかの質問をし、その後この世界に関する事柄を尋ねる。納得した様子で頷くと、書類を差し出し今度は王国へ滞在する際の注意点を説明し始めた。
ルドルフさんが言っていたように異世界人はかなり優遇されるらしい。一時滞在は最大半年、その間の住居はいくつかの選択肢から選べ、暮らしに不自由しない金銭が受給される。金銭は役所へ行けばひと月分が現金で支払われる。
提示された住居の内、空乃はあれこれ相談して家具食器つきのいわゆるマンスリーマンションのような所を選択した。場所はここの役所から近く、王都の中心からは外れているが治安が良く住むのに不便しない場所だ。間取りも十畳のワンルームタイプで、一人で住むには不自由しない広さ。
この世界の人は水も火もライフラインを一般魔法と呼ばれる魔法でまかなっているらしいが、そういったものが苦手な人、空乃のように異世界からきてすぐの人用に魔法石と呼ばれるものが備わった部屋を提供してくれるという。一般魔法を覚えたければ指南してくれる場所も紹介してくれるという。今後のことを考えれば覚えておくに越したほうがいいだろう。
受付のウサギ耳の女性が住居を管理している部門まで赴き鍵を受け取ってきてくれたらしいので、ルドルフさんとウサギ耳の女性とともにそれを持って今度は家の場所まで行く。
おおよそ十五分ほど歩いた住宅街の中にある三階建てのアパートの一室だった。
カーテンやベッド、キッチン用品、照明器具に至るまで必要なものは本当にすべてそろっていた。
「しばらく使われてなかったせいでちょっと埃っぽいので、窓を開けて掃除をしたほうがよさそうですね」
そう女性がいい、窓を開けると日の光が部屋の中へと差し込む。窓の外はバルコニーでおしゃれなデザインの鉄の格子の柵がはまっている。ガーデン用の机と椅子まで置いてあった。
「何か入用のものがありましたら、先ほどの通りの先にある市場で大体のものはそろいますよ」
「ありがとうございます。ルドルフさんも、わざわざ家まで案内してもらっちゃってすいません」
空乃は世話になった二人に挨拶をした。
「いえいえ。僕は空港にいるのであまり会うことは無いと思いますが、この世界での暮らしが良いものになるようお祈り申し上げます。お元気にお過ごしください」
「何かありましたらお気軽に当役所までお尋ねくださいね」
二人はにこりと笑って別れの挨拶をし、玄関から去っていった。
ぱたりと戸が閉まると急に静寂が訪れる。空乃はバルコニーに出て椅子に腰掛け、景色を眺めた。周りは住宅だらけで、窓からこぼれる草花の緑が目に優しい。上を見れば、飛行船がゆっくりと上昇していくのが見えた。
目まぐるしい一日で、日本に帰る予定だったのがなぜか遠く異世界まで来てしまった。帰れる見込みはあまりない。
母と父、そして年の離れた兄はどう思うだろうか。今頃何をしているだろうか。鞄にしまってあったスマホを取り出してみると、圏外表示になっていた。当たり前といえば当たり前だが連絡は取れないらしい。ちょっとセンチメンタルになる気持ちを抑え、空乃はうーんと伸びをした。
「とりあえず、日本食が食べたいなあ!」
フランスにいたからかれこれ七日は食べてない。だしと味噌と醤油が恋しい。お米も食べたい。家の掃除を軽く済ませたら、市場に食材を買いに行こう。
空乃は隅っこに立てかけてあったモップを手に取り、床磨きから始めることにした。
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