第4話 空の旅

「じゃ、王国の王都へ行きましょうか」


 いくつか書類を書き、連絡があるからと席をたったミルドさんが戻ってきた後にルドルフさんはそう言って立ち上がった。ちなみに文字は自然に読めるし、字は日本語を書く感覚で書けば勝手にこちらの文字になった。便利だ。


「王都へは飛行船で降りる必要があるので、先ほどまでいた第一ターミナルへ戻りましょう」


「降りる?」


「はい、言い忘れていましたが」


 ルドルフさんは窓にかかったレースのカーテンを開く。そこは予想外にーー晴れた青空の下、雲海が広がっていた。もしかして、空港自体が空の上にある??


「ここは上空、雲の上にある空港です。空に浮かぶグランドゥール空港、当空港が世界最大の大きさを誇る所以ですね。当空港は浮遊土という特殊な土で構成された島の上に建設されておりまして、ちょうど王都の南東にある山脈の上空一万メートルほどに位置しています。ターミナルの数は十、一つのターミナルに就航できる船の数は五隻。これだけ大規模な空港を地上に作ろうとすればかなりの森林伐採を行い周囲の生態系を破壊することになります。それは自然共存を図る世界及び王国の思想とは反する行為ですし、精霊の怒りを買えば人類に力を貸していただけなくなる可能性もあります。住処を追われた魔物が街を襲う確率が高くなるかもしれませんし、そもそも開発中に大規模な魔物討伐部隊を組まねばならないでしょう。

 当然空気も薄いし気温も低いため、空港内はすべて遮蔽されており外気に触れることはありません。といっても閉塞感が無いように工夫されており……」


 ルドルフさんは嬉々として空港の構造についてしゃべりだしたが、空乃はガラス越しに見える景色に食い入るばかりでまるで頭に入ってこなかった。ルドルフさん、親切だけどちょっと説明が長い。


 しかし空の上に島が浮いていてそこに空港があるなんて、本当にファンタジーな世界だな。


 空乃の感嘆の息を漏らす。遠く飛行船というものが見える。船のような形をしており、離陸時に滑走が必要ないらしい。着岸点からふわりと浮くと、ゆっくりと船首の向きを変え空の上を滑るように走り出した。


「おいおいルドルフ、説明が過ぎるぞ」


「ハッ、すみません。つい夢中になってしまって。では行きましょうか」


 ミルドさんに突っ込みを入れられ我に返ったルドルフさんが、頭をかきながら立ち上がって先を促す。

 もときた道を戻り、再び空乃が迷い込んだあのターミナルへと足を踏み入れる。

 きた時はあまりのパニックに気づかなかったが、ターミナルには高い天井に開放的な大きな窓がありそこからは雲海に浮かぶ飛行船が見えた。近くで見ると圧巻の大きさだ。大型の木造船の形をしており、帆が風を受けて揺れている。船底は銅板のようなもので覆われていて、船尾は巨大な排気孔のようなものがついている。

 床は木張りで壁と天井は石造だ。搭乗ゲート近くの待合所には年季の入った木のベンチが輪を描いて配置されている。

 空乃は待合所の端っこにある、先ほど訪れた料理店を見た。なんだかそこだけ照明も少ないのか薄暗く、閉じた窓と扉が客を寄せ付けない雰囲気を醸し出している。


「カウマン料理店が気になりますか?」


 様子に気づいたルドルフが声をかけてくる。


「人もいいし、味もいいらしいんですけど、あの外見と立地の悪さでお客さんは常連さんくらいしか入ってませんよ。立退きの話も頻繁に出ていますし、近いうちに店を畳むんじゃないでしょうかね」


空乃は思わずルドルフさんの顔を見た。


「それはちょっと、残念です」


「まあ腕は確かなので、降りて王都で料理人をしたって食べていけるでしょう」


 それはそうかもしれないが。


「でもあの見た目、かなり長いことこの空港でお店やってたんじゃないですか?愛着とかあるんじゃないですか。ちょっとかわいそう」


「そうはいっても、こちらも商売ですからね。これは商業部門の仕事の話になりますが、お客の入らない店をいつまでも抱えておくわけにはいきません。新しい店を入れるか、待合所を広げるか。空港の利益になるようにしませんと」


 大人の世界はこっちにきても世知辛いようだ。

 空乃が未練がましく料理店を眺めていると、ルドルフさんが「搭乗ゲートが開きました」と言って空乃を飛行船へと促した。

 ミルドさんとはここで別れ、ルドルフさんと二人で進む。

 ルドルフさんが二人分のチケットをゲート接続口にいる職員に見せると、「いってらっしゃいませ」と微笑みながらトンネルへと手を示される。

 ゲートが開いても雲海なので外に直接出るわけではなかった。

接続されたトンネルを通って飛行船へ乗り込む。


「甲板には出られるんですか?」


「特殊なドームが張られているので出られますよ。行ってみましょうか」


 促され、指定された席に荷物を置いて甲板へと出てみる。完全に帆船の甲板そのもので、船員たちが立ち働き、空乃達と同じ客が眺めを楽しんでいる。

 すべての乗客が乗り込むとトンネルが船へゆっくり収納され、出入口が閉ざされる。発進の合図とともに排気孔からエネルギーが放たれて船がゆっくり後退し、回転して船首の向きを変えた。わずかな浮遊感を感じた後、船は徐々に雲の海の中へと沈んでいく。


「この船は浮遊石という特殊な石の力で浮き、魔法使いの飛空魔法で推進しています。魔法使い、技師どちらの力も欠かすことができないまさに魔法工学の粋を集めた傑物ですよ」


 感動する空乃に再び語りだすルドルフさん。


「ルドルフさん、もしかして飛行船マニアですか」


「バレましたか」


 若干恥ずかしそうにルドルフさんは認める。


「だから空港で働いてるんですよ。ここから王都へはほぼ垂直に下降するだけなので一時間もかからないで着きます。空からの景色をお楽しみください」


 飛行船の旅は本当にあっという間だった。雲間を抜ければ足元に大地が広がり、そこには大きな都が広がっている。中央に一際目立つ城があり、城から離れた郊外に空港があった。

 落ち着いた女性の声で船内アナウンスが流れる。


「まもなくグランドゥール王都空港に着港します」

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