第3話 ここは異世界空港エア・グランドゥール
「そいでお嬢ちゃん、何しにここにきたんだ?」
「ここがどこだか聞こうと思って入ってきました」
差し出されたコップの水を飲みながら空乃はそう答えた。
「なるほどな。さっきうちのかみさんが言った通り、ここは大陸一の大国グランドゥールにある空港だ。主要な国への就航数は世界一を誇るハブ空港。ここで見かけない人種はいない。そんで時々、お前さん達みたいな異世界からのお客さんもやって来る」
「やっぱりここは違う世界なんですか?ってことは、その顔も被り物とかじゃなく?」
「おれとかみさんは牛の獣人だ。俺はカウマン、かみさんはマキロン」
牛の獣人で牛男カウマン、そして奥さんはマキロン。空乃の脳裏に消毒液のパッケージがよぎった。何にしろ覚えやすい名前だ。
「はーっ、海外に来てたはずが異世界に行っちゃうなんて、ビックリ」
「わりと危機感無さそうだな」
「まあ考えても仕方ないかなって。私は木下 空乃です。十八歳」
「年の割に度胸が据わってんな」
「よく言われます」
カウンターに座って他愛もない話をする。それにしても、客の一人も入ってこない。まああの店構えだと無理もないか。
「かみさんが連絡入れたから、じきに警備員が来て空港の保安部に連れて行ってもらえるさ。詳しい話はそこで聞けばいい」
「あー。ご親切にありがとうございます」
とても親切な夫妻だ。料理もおいしいし、なんかもったいないなと空乃は思ってしまった。
しばらく待っていると、本当に扉が開き人が二人はいってくる。
「君が連絡のあった異世界人か、なるほど、特徴を見るとそうみたいだな」
入ってきたのは普通の人間っぽい感じだ。二十代くらいの男の人と五十代くらいのおじさんで、髪の色が緑と青でだいぶん奇抜だったが、こちらの世界では普通なのかもしれない。
「ちょっと事務室まで来てもらえるかな」
「はい。カウマンさん、マキロンさん、いろいろとありがとうございました」
空乃は立ち上がって夫妻にぺこりとお辞儀をする。
「おう、達者でな」
「ここは住みやすい世界だから安心しなね」
夫妻も笑顔で見送ってくれた。
空港内のスタッフ専用通路に案内され、そこから裏手を進む。地球の空港のように近未来的なつるんとした印象の建物ではなく、石と木造りをうまく融合させた建物のようだった。スタッフ用の通路には窓がないので残念ながら外の景色がどうなっているのかわからない。
空乃は木張りの床にスーツケースをゴロゴロ転がしながらついていく。
「面白い鞄ですね」
二十代の青年のほうが声をかけてきた。
「これですか? スーツケースっていうんです。こっちの世界の人は手で荷物運ぶんですか?」
「そうですね。魔法で重力を調整して、軽くしている人が多いですよ」
「へー、便利そうですね。私の世界に魔法はないから、うらやましい」
「代わりにとても技術が発達した世界だと聞いております。飛行船もこの空港の建設技術も異世界からいらした方の発明だとか」
「そうなんですか」
少々の雑談を交えて道を進む。空港の警備員さん二人もとてもいい人で、空乃が緊張しないよう気さくに話しかけてくれる。すれ違う人もなんとなく温かいまなざしを向けてくれたり、頭を下げて挨拶してくれる人さえいた。しばらくすると目的地に着いたらしく、木扉の一つを開けると中へと促される。大きな窓が開放感を与えてくれる、天井の高い部屋だった。カウンターがあって係の人がまたしてもにこやかに挨拶をしてくれる。
カウンターにおかれた札にはこう書いてあった。
<グランドゥール空港保安部>
「こっちの奥までどうぞ」
カウンターを過ぎ去り、事務仕事をしている人々の前を横切って部屋の一角にある小さな応接室へと通される。促されるままにソファに座るとお茶を出され、部屋の扉がぱたりと閉められた。
「さて、急なことでずいぶん驚きかと思いますが……そうでもなさそうですね」
先導してくれていた二十代の青年が話を切り出すが、あんまり危機感のなさそうな空乃の様子を見て若干苦笑交じりだった。
「まあ、まだ何がなんだかわからないといったところでしょうか。僕はルドルフ、隣の者はミルドと申します。空港保安課に勤めていまして、種族は貴方と同じ人間です」
「木下 空乃です」
空乃は律義に自己紹介を返す。出されたお茶を口にしてみると、それはなじみ深い緑茶の味がした。
「さて、貴方は本日このグランドゥール空港へとお越しになられた。どうやって来られたのか覚えておりますか?」
「いえ……元々地球のとある空港にいて、自分の国へと帰ろうと搭乗ゲートまで歩いていたはずなんですけど。気がついたらここにいました」
自分でもおかしな説明だと思うが、そうとした言いようがないのだ。だがルドルフさんもミルドさんも、納得したようにうんうんと頷いている。
「ここは世界一のハブ空港でたくさんの人が日々行きかい、利用されています。そして年に一度くらい、貴方のように異世界から”迷い込んで”来る方がいるのです。そしてその方々は皆、同じようなことを申される。珍しいことではありますが、あり得ないというほどのこともないのですよ」
「そうなんですか」
空乃にはそうとしか言いようがなかった。
「で、これからの事なんですけどね。異世界からいらした方は様々な役立つ知識をお持ちのため、大体どこの国へ行っても保護され、生活の保障がされます。これがこの世界の地図ですが」
ルドルフさんは大きな地図を机いっぱいに広げ、赤いペンで丸を付けながら説明をしてくれる。
「ここが当空港を保有するグランドゥール王国。国土の大きさも人口も世界一で異世界の方々も多く住んでおります。治安もいいので滞在するのにおすすめですよ。近隣諸国との戦争の心配もありません。治安の面で言えば、この大森林に囲まれた龍樹の都もおすすめですね。精霊が光となって飛んでいてとてもきれいですよ。
ああ、西の諸国は少々治安が悪いのであまり行かれないほうがいいです。魔物の活動が活発なので、仮に冒険者をやるなら経験を積んでから行くほうが無難です」
ルドルフさんは次々に赤丸をつけながら矢継ぎ早に国の名前と特徴を説明していくが、空乃にとってはチンプンカンプンだった。地理は苦手だし、よくわからない単語がポンポン飛び出してくる。とりあえず、大事な点を聞くことにしよう。
「あのー、元の世界に戻るっていう選択肢はないんですか?」
するとルドルフさんもミルドさんも少し同情する表情でこちらを見て、かなり穏やかに言う。
「元に戻る確実な手段は、今のところ見つかっておりません。ただ時々、忽然と姿を消す者もおりますので……もしかしたら戻ることも可能なのでは、という程度です」
「なるほど」
「あっさりしてますね」
「ええ、まあ」
空乃は思う。ここで例えば、「おうちに帰りたいよぅ」と泣き出してもどうにもならないばかりか、親切にしてくれるルドルフさんとミルドさんに申し訳ないだけだ。どうしようないことで嘆くのは空乃の性に合わない。来てしまったものは仕方がないのだ。幸い、異世界人だというだけでこちらの世界で優遇される存在らしい。これはとてもラッキーだろう。
空乃は考えてから質問を続ける。
「ここのグランドゥール王国に滞在することになると、具体的にどんな保護がいただけるんですか?」
「ここから降りて王国の役所へ行っていただき、手続きを踏めば戸籍登録はもちろん住居の確保のお手伝い、半年間の金銭的保護を得られますよ。事業を起こすためにまとまった金が必要なら無利子無期限返済で借り入れが可能ですし、冒険者になりたいならばギルドへの登録が可能ですし、商人になりたいならば商人ギルドへの加入が出来ます」
「至れり尽くせりですね」
半年の金銭受給に住居確保、戸籍登録まで可能とはちょっと破格の待遇すぎやしないだろうか。
「異世界の方はこの世界に様々な恩恵をもたらしてくれますから、これは当然の措置といえます」
なるほど、厚遇されるのには訳があるということか。こうも期待されていると、一介の女子高生(既に卒業しているので厳密にはjkではないが、なんといえばいいかわからないのでjkということにしておこう)にはなかなかのプレッシャーというものだ。
「ところでどうして私が異世界から来たってわかるんですか?さっきのお店の方も、見ただけで異世界人だとわかったみたいなんですけど」
「ああ、それは、貴方に魔素を感じられなかったので」
魔素?と首をかしげる空乃にルドルフさんは続けて説明してくれる。
「この世界に飛んでいる元素の一種で、この魔素を糧に我々は魔法を行使するのですが、通常我々は生まれた時から魔素を体内に保有しています。これは気配みたいなもので人体から感じ取れるものなのですが、貴方からはそれを全く感じませんので。達人になれば魔素を隠して気配を消すことも可能ですが、そうではないだろうなと」
よくわからないが、髪の色や目の色などで判断されているわけではないらしい。ルドルフさんは空乃の質問に懇切丁寧に答えてくれ、隣のミルドさんは何やら二人の会話を聞いてメモを取っていた。
「まあ、今すぐにどこの国に所属するか決めるのも難しいでしょうし、ひとまず仮の滞在手続きをしていただいて王国に逗留するという方法も取っていただけますよ」
「なるほど。じゃあそれでお願いできますか」
「はい」
ルドルフさんはにっこり微笑み、事務手続きに入ってくれた。
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