冒険者のサンドイッチ編
第2話 特製ビーフシチュー
やばい、迷子になった?
なにこれ、コスプレ会場かな。
空乃はスーツケースにもたれかかりながら頬を掻いて考えた。
状況を整理しよう。空乃は冷静になろうと努め、ビーマスで奮発して買った編み上げブーツのつま先で空港の床をトントンと叩いてみる。ついでにユニシロのパーカーに両手を突っ込んだ。
空乃は先ほどまでフランスのシャルル・ド・ゴール空港にいたはずだ。高校の卒業旅行に友達と来ていて、今は旅行も終わって帰国をしようと空港に来た。はずだ。
そして気づいたらコスプレ会場にきていた。
「うん、我ながら意味がわからないな」
空乃はセルフツッコミをいれた。しかし、周りの人々?をよく見てみるとその手にはほとんど大きな旅行鞄が握られている。そして手にはチケットみたいなものを持っている人もいるし、時折流れるアナウンスは「〇〇発、〇〇行き飛行船間もなく離陸します。〇〇ゲートまでお越しください」と放送している。
ということはやはりここは、空港なのかもしれない。
「しかし、みんなこんな格好で飛行機乗るの? 勇者だなー」
空乃は迷子だというのに呑気な感想を漏らしながら道ゆく人を観察する。
よくよく見ると箒で空を飛んでる人とか、明らかに小さすぎる人とかいるけどあれは一体どういう仕組みなんだろう。
ぼーっと立っている空乃に声をかけてくる人はいない。空乃はフランス語は全くわからないし、英語もかなり微妙だ。日本人がいたらここが空港内のどういった場所なのか尋ねようと目を皿のようにして探すが、生憎日本人らしき人はいなかった。というかアジア人自体見当たらない。
「仕方ない、自分で聞こう」
その時目に止まったのは、うらびれた一軒の料理店だった。閉じられた扉にかかったボロボロの看板にカウマン料理店と書いてある。あまりにも寂れすぎていて人々はその存在を無意識に避けているかのようだった。
一つある窓から店内を覗こうにも、窓は曇りガラスで中が見えない。閉鎖的すぎるその店構えは来るものを拒んでいるようにしか見えなかった。
だが場所を聞くにはうってつけのところだ。見たところ客の一人もいなさそうだし、迷惑ということもあるまい。
「あのー、すいません」
年季の入った扉を開けるとギィギィ軋んだ音がした。今にも壊れそうだし、ドアノブは実際外れかかっている。
「はい、いらっしゃいませ!!」
やたらと愛想のいい声が飛んできて、空乃はうおっと身構えた。だがしかし残念ながら空乃は客ではない。
「あのー、ここどこですか?」
聞いてから気づいた。ふたつの牛の頭がこちらを訝しげに見ていることに。
「ええっと、すみません。間違えたみたいです」
空乃は瞬時に踵を返して扉から出て行こうとした。やばい、牛のかぶり物をした人間がいる料理店なんて絶対まともじゃない。今日イチやばい場所に来てしまった。
「ちょい待ちっ!!」
だが空乃が逃げるより早く、その狭い店内からカウンター越しに牛頭の人間が手を伸ばして空乃の腕を掴んできた。
「ちょっ、離してください!」
「アンタ、異世界人だねっ!?」
「イセカイジンッ!?私は日本人です、ジャパニーズ!!」
会話をしていてふと気づく。日本語、通じてる?
「あれっ、おばさんもしかしたら日本人?」
「私ゃこのエア・グランドゥールのお膝元、グランドゥール王国の王国人さね」
「グ、グランドゥール?それってどこ?ヨーロッパ??」
「グランドゥールつうのは、この大陸一の大国だよ。知らないってことはやっぱり異世界人だね。このまま警備員さんを呼ぶから、ちょっと待っとくれよ!」
「?? !?」
おばさんは下手人を捕獲する警察官よろしく空乃の腕をつかんで離さない。こんな人気のない店に飛び込んだのが間違いだった。よくわかならいが、警備員を呼ばれてしまう。どこぞへか連れていかれて、逮捕でもされたらどうしよう。日本大使館に連絡をしてくださいっ!
と、空乃が混乱の極みにいたその時、濃厚なデミグラスソースの香りが狭い店内いっぱいに広がり、空乃の鼻腔を満たした。
カウンターにことりと出された、深皿に盛られた料理から湯気といい香りが立ち上っている。
「まあまあ、二人とも落ち着いて。お嬢ちゃん、よかったらたべていかないか?特製のビーフシチューだよ」
牛の顔のおじさんはそう穏やかに話しかけてきた。
そっと近づき、皿の中身を見る。ごろっとはいった肉の塊に、大きめに切られた野菜たち。面取りのしてあるジャガイモの形は芸術的ですらあった。
おもわず空乃はゴクリと喉を鳴らしてしまう。ちらっとおじさんの顔を仰ぎ見た。
「遠慮はいらんよ。どうせ客なんざたいして入らないから、最後には捨てちまう運命の料理だ。食べてもらえれば料理だって浮かばれるってもんさ」
「あ、ありがとうございます。一応お値段、聞いてもいいですか」
実は寝坊した空乃は今朝の朝食を取り損ねていた。おいしそうな匂いにお腹の虫がぐるぐると鳴きだす。善意の塊のような顔をしたおじさんにしかし、騙されていいものなのか。海外ではこうして親切な顔をして花束を観光客に握らせ、ぶっとんだ金額を要求する人間がいると聞いていた。空乃はそういった詐欺には騙されないと強く心に決めている。
「はっはっはっ!なかなかしっかりしたお嬢ちゃんだね。いいさ、ビーフシチューは一皿千九百八十ギールだ」
全然知らない通貨の単位に、やっぱ入るお店間違えたかなーと空乃は内心途方に暮れた。
「で、食べないのかい?」
「食べたらお金ぼったくったりしませんか?」
「そんながめついことしないさ。見ての通りのボロ料理店だが、プライドくらいはある。お嬢ちゃんみたいな若い子にタカろうなんて考えは持ち合わせていない」
おじさんの目には誠意が宿っているように見える。
「それにさっきうちの家内が言ったように、異世界人は警備員を呼んで保護する決まりになっている。ぼったくったらウチが責められるさ」
よくわからないが、ぼったくられることは無さそうだ。空乃はさび付いた足の高い椅子に腰かけ、カウンターに置かれたスプーンを手に取る。スプーンはぴかぴかに磨かれていて銀色の光沢が美しかった。
「いただきまーす」
スプーンにすくって一口。空乃の目が見開かれた。とろりとした舌触り、お野菜が溶け込んだ複雑な味わいと甘み。二口目でお肉を口に含む。大き目の肉はしかし柔らかく煮込まれており、舌でつぶしただけで簡単にほぐれてゆく。脂身部分の旨味もしっかりのこっている。空乃がこれまで食べたことのある、ルーを溶かして入れるだけのビーフシチューとは一線を画す、まさに別世界の味わいだった。
「おいしい……!」
「そういってもらえると料理人冥利に尽きるね」
牛顔のおじさんはそう言って笑った。
あまりのおいしさに、夢中でスプーンを動かす。後からお供に出されたカリカリパンがまたビーフシチューにマッチした。美味しいと美味しいのコラボだ。旨味がインフレしてゆく。
空腹も相まって、出されたビーフシチューはあっという間に食べ終えてしまった。
「美味しかった! ごちそうさまでした!」
満足げな空乃の顔を見て、これまた満足げに頷く牛顔のおじさんとおばさん。
しかし解せないことが一つある。
(牛顔のおじさんが出すビーフシチュー……アリなのかな??)
空のお皿を見つめ、ちょっとセンチメンタルになる空乃。なぜ、牛なのか。なぜ、ビーフシチューを提供したのか。
聞きたくても聞けない疑問を胸に押し込み、空乃はにこっと笑顔を浮かべた。
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