バグその3:〝重奏バグ〟〝ジミヘン〟
「いくら、HPが元のボスのままでも流石に一撃では倒せないんじゃない?」
「大丈夫さ! そう、この<ギタール>とスキルがあればね!」
私はスキルスロットにセットした<力の唄>を使用、持っていた楽器をかき鳴らすモーションが始まった途端に――前転回避。
それは<回避キャンセル>と呼ばれるテクニックで、スキルモーション中でも敵の攻撃を躱せるのだが、当然キャンセルしたモーションの効果もなくなってしまう。
なんだけども――私の身体を赤いオーラが包み込んだ。それは筋力の数値を一時的に底上げするバフが付与された証拠であり、つまりモーションはキャンセルされたのにもかかわらず、スキルの効果が発動したことになる。
「バグっぽいねえ」
「なぜか、吟遊詩人の演奏系スキルでしか再現性がないんだけどね!」
吟遊詩人の演奏系スキルは殆どが武器をかき鳴らすモーションだが、スキル開始直後に回避すれば、モーションをキャンセルしつつ効果を得られるというバグが見つかった。
これをプレイヤー達は〝鳴りキャン〟と呼んでいて、これにより吟遊詩人は演奏系スキルはほぼ隙無く使えるのだ。
「でもいくらバフ掛けたとはいえ、その武器の貧相な攻撃力では倒すのは無理だと思うけど」
バグ神様の言う通りだ。どれだけ筋力に極振りしようと、この武器は元々攻撃力の低い上に補正ステータスが<魔力>と<技量>である時点で、<力の唄>で<筋力>を上げたところで、ほとんど意味を為さない。
本来<力の唄>は周囲の味方にバフを掛けるスキルであり、ソロで使っても効果は薄いのだ。
「バグがなければね!!」
<朽ち船の番兵>が大槌で地面を削りながらこちらへと突進してくる。この誘導性の高い攻撃はプレイヤーに近付いたところで、アッパーブロウの大技に変化する。
なので私はわざと近寄り、大技を誘発。マグマを纏いながら放たれたアッパーブロウを回避すると、ようやく巡ってきたチャンスに、思わず笑みを浮かべてしまう。
このモーションの後には武器を構え直す隙が一瞬だけあることを私は知っている。
「とりゃあああああ!!」
その隙を見逃さずに、持っていたギタールのネックの部分をまるで柄のように握り、思いっきり本体部分をボスへと叩き付けた。
次の瞬間、ヒット音とは別の軽快な音が鳴り響き、私の身体が更に濃い赤色のオーラに包まれた。
そうして叩き付けた<ギタール>を振り抜くと――ボスのHPゲージが一気に削れ、ボスが光となって消失。
「ほんとに一撃だ!」
「はあ……本当になんでこんなことになってるんだろ」
自分で使っておいてなんだが、これもまた酷いバグだった。こうしてボスを一撃で倒せたのには二つのバグが関わっていて、それが吟遊詩人で筋力に極振りするのが最適解と言われる由縁だった。
その一:〝重奏バグ〟――吟遊詩人のパッシブスキルに<重奏>というスキルがある。このスキルには〝本来重複しない演奏系スキルの効果が重複するようになる〟という効果がある。そして吟遊詩人の演奏系スキルにはいわゆる上位スキルというものが存在し、例えば<力の唄>には、更に<筋力>を上昇させる<蛮族の調べ>という上位スキルがある。
もちろん、当たり前の話だが、<重奏>も<蛮族の調べ>も、取得しなければ使えない……はずなのだが、〝重奏バグ〟は【演奏系スキルを使ったあとの一回目の攻撃時に、そのスキルの上位版がなぜか
これにより吟遊詩人は、スキルを〝鳴りキャン〟で発動させたあとに攻撃を入れることで、上位スキルを発動――しかも本来なら重複しないはずの効果が重複することによって、大幅なバフを掛けながら攻撃をすることが可能になった。しかもダメージ計算はバフ計算の後になるので、その一撃にはきっちり重複分のステータスが乗る。
「でも、いくら<筋力>が増えたところで、武器補正がないから吟遊詩人の攻撃は弱いままのはずじゃない?」
「うん。本来はそうなんだけどね……この武器もバグってるの……」
私はそう言って、<ギタール>をバグ神様に見せ付けた。
「見たところ普通だけども」
「これも〝初狩り君〟と似たバグでね、実はこの<ギタール>と酷似したネタ武器がある」
その名も<ヘンドリクスの奏槌>――吟遊詩人の初期装備である<ギタール>とほぼ同じ見た目であり、武器の構え方も槌ではなく楽器系武器と同じ構え方なのだが、攻撃時のみ槌のようになるというネタ武器なのだ。
この武器、当然カテゴリは<槌・大槌>なので、本来は<戦士>向けの武器である。つまり武器補正は<筋力>であり、補正力は脅威のSランク。
これこそが、バグその二:伝説のロックミュージシャンから名前を取った、〝ジミヘン〟と呼ばれるバグの正体だ。
<ギタール>は通常時は何の変哲もない楽器武器なのだが、このバグによって攻撃時のみ、モーションおよび内部データが<ヘンドリクスの奏槌>と同じになる。
「そうか、攻撃時に<筋力>補正が高い武器になるから、<筋力>に極振りかつ、〝重奏バグ〟を使って更に<筋力>を上げて殴るのが最適解になるということだね」
「その通り。それによってチュートリアルボスすらもワンパンできる火力が、初期装備初期スキルだけで出てしまうの」
私はため息をついた。ジョブに伴うバグはもちろん吟遊詩人以外にも色々あるのだが、これほどプレイヤーに有利なバグがあるのは吟遊詩人だけだ。
「うちの会社ってあんまりこういう支援系の役割ってこれまで作ったことなかったから、今回はかなり気合い入れて作ったのよ」
それが裏目に出て、このゲームはもはや――〝マッチョな吟遊詩人がギターで敵を殴るだけのゲーム〟……と化していた。
「まあ、とりあえず倒せたから良いじゃないか――ほら見てみなよ」
バグ神様の視線の先には木の王冠が落ちていた。それは、今しがた倒した<朽ち船の番兵>が装備していたものだ。
私が近付くとその王冠は変形していき、長い脚と羽根の生えた、バッタのようなクモのような気持ち悪い形になっていく。
その姿はまるでノイズが掛かっているかのようにブレており、見ているだけで少し具合が悪くなる。
「あれこそが……バグ魔の本体だよ」
その先を言われるまでもなく私へそれに近付くと、<ギタール>を振り下ろした。
「バグ・即・斬!!」
「ぴぎゅ’&$%$&%ギャ&%&」
雑音をまき散らして、バグ魔が砕け散った。
その瞬間――キンッ、という涼しげな音が鳴り響き、私を中心に衝撃波が巻き起こった。
「なにっ!?」
「バグが消えていく……。これで少なくともチュートリアルステージのバグは全て消えたよ。お疲れ様、陽奈」
「本当に消えたの? これで」
「戻って確かめてみるといいさ。そろそろ頃合いだしね。あまり長居すると、この世界に魂を囚われてしまう――さあ帰ろうか。〝ゲームは一日一時間〟って言うだろ?」
「え、待ってそれどういう意――」
私がバグ神様に手を伸ばした瞬間に、暗転。
今度は上昇するような感覚と共に――私は目を覚ました。
そこは、私のデスクだった。
今のは……夢? そう思った矢先。
「宮野!! お手柄だぞ!!」
背後から、大声が鳴り響いた。
「ぎゃっ! ななななんですか!?」
振り向くと、そこには――このアイムソフト社の社長である、
「ログみたぞ! チュートリアルステージのバグ、全部消すなんて凄いじゃないか!」
「え? え? なんの事です!?」
ログ? どういうこと!?
「がはは! 寝ぼけてるな! その調子で他のバグ取りも頼むわ!」
そう言って、角間さんが去っていった。
「……お前、覚えてないのか?」
隣にいた南先輩が珍しく、ちょっとだけ表情を緩めている。
「へ?」
「そのデバッグ神社とやらを作ってから、いきなり何かに取り憑かれたようにバグ取りを開始したんだぞ。お前、あんなにプログラム組むの得意だったのか? びっくりしたよ」
「……え、ええ! まあ!」
私は誤魔化すように笑うと、目の前の画面へと視線を移した。
そこには――確かに正常化し、バグが全てなくなったチュートリアルステージが表示されていた。
ゴブリンもあの老人も、元通りだ。
そしてモニターの上の、あのデバッグ神社から私にしか聞こえないような囁きが耳に入ってくる。
「……あと五匹だよ」
それは確かに――バグ神様の声だった。
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