バグその2:〝初狩り君〟
「吟遊詩人で、筋力? うーん、なんだがバグの匂いがする」
「分かってるくせに……」
<エルザリングオンライン>にはジョブという概念があるが、これは装備出来る武具や取得できるスキルに制約があるだけで、レベルアップで得られたポイントをどうステータスに振るかは自由だ。
だけども、武器には全て装備条件と<ステータス補正>があり、火力を出すにはある程度ジョブに即したステータスが必要になってくる。
例えば、戦士が装備できる<槌・大槌>といった武器カテゴリーは、ある程度<筋力>にステータスを振らないと装備すらできない。そして得てしてそういう武器には<筋力補正>があり、筋力のステータス値と、E~Sでランク付けされる<補正力>に応じて攻撃力が増える。補正力がSともなれば、かなりの上昇量が見込めるのだ。
「吟遊詩人はサポート型ジョブで、回復やバフデバフが担当のはず。装備できる武器カテゴリーは<楽器>のみで、装備に必要なステータスは、<魔力>と<技量>でしょ? ステータス補正もその二つだから、筋力なんて上げたら全く火力が出ないよ?」
「そもそも、吟遊詩人は火力を出すジョブではないからね。それでも――バグったこのゲームの序盤は、それが最適解になってしまった」
「ふーん。君は――
バグ神様が興味深そうに私を見つめた。
言いたいことは分かる。バグ魔を倒してバグを消したいのに、バグを使うというある種の矛盾。
でも、私はそんなもんとっくに飲み込んでいた。
「毒をもって毒を制す。この先の
「なるほど。君にその覚悟があるなら、僕は反対しないさ」
私が老人の後頭部に祈りを捧げると、視界に見慣れたウィンドウが表示された。
【ジョブを選択してください】
私は迷わず<吟遊詩人>を選ぶ。バグがなければ、<筋力>の初期値が高い戦士か<技量>の初期値が高い剣士、もしくは<魔力>の初期値が高い魔術師のどれかを選んでいた。
だが、ここはバグが猛威を振るう修羅の世界。生半可なビルドではあっという間に消し飛んでしまう。
【ステータスを振ってください】
最初に与えられる五ポイントを全部<筋力>に突っ込む。
HPの最大値を上げる<生命力>?
スタミナの最大値を上げる<持久力>?
全部いらん。これらは上げれば攻略しやすくなるが、必須ではない。火力に直結しないステータスは当面は初期値でいい。
「当たらなければどうということはないでしょ」
「流石だねえ」
ステ振りが終わると、老人が光となって消えた。
その代わりにその場に箱が出現し、中には選んだジョブに合った武器が入っている。私はそれを蹴り開けて(足癖が悪いのではなく、そういうモーション!)、中にあったアコースティックギターのような楽器を取り出した。
念じるだけで目の前にメニュー画面が表示されるので、装備画面からショートソードと盾を外して、手に入れた武器<ギタール>を装備する。
装備した姿は、見た目だけで言えば貧相な路上ミュージシャンだ。
だが、これが最適解なのだから仕方がない。
「さて、行こう」
私は終着点の先にある、大きな岩扉が音を立てながら開くを見つめた。
あの先には――チュートリアルボスが待ち受けている。
それを倒せば、無事チュートリアルステージクリアだ。
これはうちの会社が作るゲームあるあるだけども、チュートリアルボスとはいえ油断するとすぐに死ぬ。そして、一度決めたジョブとステ振りはやり直しがきかないので、レベルを上げる、良い武器を用意する、といったことが出来ない。
もちろん、完璧にバランス調整しているので、どのようなジョブでどのようなステ振りでも、腕さえある程度あれば倒せる強さになっており詰むことはない。
そう、バランスが崩れていなければ。
「……この先にバグ魔の気配がある。間違いなく、一匹目のバグ魔はこの先にいる」
「そう。なら丁度いいわ。どうせ、倒さなければここでゲームオーバーなんだから」
私はメニューのスキル画面で、<吟遊詩人>の初期スキルである<力の唄>をスロットにセットして使えるようにすると、扉の先へと足を踏み入れた。
そこは円形の広場で、良く見れば床の一部に木製の船の甲板が混じっている。アイテムのフレーバーテキストを読めば、何となく裏設定が分かるようになる仕様だが、なぜこんな谷底に船が沈んでいるのかは、世界観と設定を作った社長しか知らない。
「さて……やりますか!」
私が気合いを入れた瞬間――広場の中心で朽ちていた、巨大な人形のようなものが立ち上がった。
それは身長三メートルはある、ゲーム内に出てくる、とある伝説の英雄を模した木像だった。頭には王冠があり、手には竜を象った木製の大槌が握られている。
各部が朽ち果てて苔むしており、永い年月をこの場所で過ごしたことが分かる。
「あれがチュートリアルボス……<朽ち船の番兵>」
「強そうだねえ」
「実際、他社のゲームなら中盤に出てくるレベルでしょうね。でもちゃんと倒せるバラン――っ!」
言葉の途中で私は緊急回避。
跳躍して一気に距離を詰めたボスが、私が元いた位置に大槌を叩き付けた。次の瞬間に、木製の床だと言うのに――
「痛っ!」
そのマグマの飛沫はダメージ判定を伴っていて、私の視界の上部に位置するHPゲージを僅かだが削った。
リアルなら大やけどで痛いどころではすまないだろうが、幸い痛みはほとんどなかった。ここがゲームで良かった!
安心したのも束の間、ボスは地面に打ち付けた大槌を、自分を中心に床を削りながら豪快にぶん回した。
「この動き! やっぱり!」
再びマグマをまき散らしながら行うその全周囲攻撃は、直撃すれば<生命力>に初期ポイントを全部振ったとしても、HPゲージの半分は吹き飛ぶだろう。それを辛うじて避けてもマグマで削られるし、こちらの攻撃や魔法もモーションをキャンセルさせられる。
ボスがモーションを終えた瞬間にその場で足を踏みならし、吼えた。衝撃波が放たれ、それは地面を這って全周囲へと広がっていく。当たれば確定で怯み、その後の大槌叩き付けが確定ヒットするので、それをジャンプで避ける。
「チュートリアルボスにしては、ちょっと強くないかい?」
「モーションが違うのよ! 本来はもっと大振りで隙だらけな攻撃しかしてこないの!」
そう。当たり前だが、ボス戦に慣れてもらう為のチュートリアルボスなので、こんな風に攻撃後の隙がなく、しかも範囲攻撃を連発してくるようなモーションは実装していない。そもそも木製の床からマグマが出てくることもない。
「このボスはね! 終盤の火山エリアに出てくるボス――<圧壊するルザール>を模した木像に魂が宿ったって設定なの! だから内部データは実は<圧壊するルザール>と同じで、当然そんなもんこの時点では勝てないから、耐性、ステータス、モーションと全てデチューンしてるんだけど……」
「バグによって、ガワが違うだけで終盤ボスと同じになってしまったと……そういうことだね」
「正っ解っ!! HPだけは個別に設定してるから、それだけは元のボスのままだけども!」
火山エリアの敵モブは、槌で地面を叩くことによってマグマの飛沫を攻撃モーションに追加するというギミックを持っている。その設定はどうやらモーションに紐付けてされているようで、結果としてマグマのマの字もない、このステージでもなぜかマグマが飛び散る摩訶不思議仕様になってしまっている。
「愉快なバグだねえ」
「全然面白くない!」
私はボスの猛攻を避け続ける。下手に攻撃を差し込むと、カウンターで使ってくる体術で一発KOだ。
終盤ボスを初期装備、初期ステで倒さなければいけないという縛りプレイを強要してくるこのバグ。その姿は、終盤装備であえて初心者を襲うプレイ、いわゆる<初心者狩り>に似ていることから、プレイヤー達の間では〝初狩り君〟と呼ばれていた。
この〝初狩り君〟を、私達は致命的なバグの一つとして数えていた。
はっきり言って、進行不可能バグと同じカテゴリである。ほとんどのプレイヤーがこのバグに遭遇し、そして『こんなクソゲーやってられるか』とコントロールを投げ捨てたという。
だが一部のマゾ……もとい熱心なアイムソフトゲームのファンが攻略法を考えつき、それを掲示板を中心に広めていった。
当然私もそれは把握していた。
「さてと、そろそろ反撃開始といきますか! 狙うは……
そっちがバグを使うなら上等。ならばこっちはそれを上回るバグを使って――ぶっ潰してやるっ!
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