バグその1:〝天地無用ゴブリン〟〝首ゴキジジイ〟

「さあ、<バグ魔>を倒しに旅立とう!」

「なにその全プログラマーが憤死しそうな悪魔的ワード」


 バグ魔……聞くだけで震えてくるような名前だ。


「悪魔じゃない、バグ魔。昔から言うだろ? 宿。それは当然、近年になって生まれたものも例外ではない。デバッグであったり……バグであったり。そうして産まれたバグ神の善性が僕となり、悪性がバグ魔となった。言わばバグ魔は僕の影のような存在だ」

「三行でまとめて」

「要するに、バグ魔によって君達のゲームはバグだらけになったんだ。そしてそれは、通常のバグのように修正できない。上辺だけ修正しても、すぐに別のバグが産まれてくるだけだからね」

「なにそれ最悪! 私達に責任は一ミリもないじゃない!」


 そもそもサービス開始前の時点では、このゲームにこんなにバグはなかった。デバッグを必死こいてやった私が言うから間違いない。


 なのにバグだらけになった。


 ならば、超常現象とか呪いとかいったそういうオカルトチックな話のが確かに説得力はある。意外かもしれないが……ゲームやプログラム業界にはある種こういったオカルト話が付いて回ってくることが多いのだ。


「そうだね。あえていえば――、かな。君達のゲームにバグはなかった。完璧で、そして信仰を集めるレベルで人々の期待を集めていた。故に――狙われた。彼等はバグのないところに現れるから……バグなのさ」

「なにそれ……」

「いいかい、バグ魔を倒すにはモニターの向こうからでは無理なんだ。だって君達のゲームにはそもそもバグはないんだから。ないものを消すことはできないだろ? だから、こうして彼等が存在する次元へと潜り――直接叩くしかない」

「それで私をここに連れてきたのね」

「その通り! 君のPCの中にあった、テストプレイ用のアカウントを媒体に使ったけどね」


 私は改めて自分の姿を見た。顔や身体はどうも私のままだが、着ている服装はデバッグ用に作った新キャラの初期装備だ。革と麻を組み合わせた、いかにも冒険者といった風体。


 腰にはショートソード、左手にはバックラー。


 どのキャラでスタートしても初期装備は固定であり、この先で初期ジョブ決めと最初のステ振り……つまりビルド作りの方向性が決まってくる。


 このキャラはそこまでのデバッグ用に作ったので、まだジョブもステ振りもしていない状態のはずだ。


「バグ魔はゲームの仕様を利用して顕現している。だから、それを倒すにはやはりゲーム通りにやるしかないんだ」

「つまり、この世界にいるバグ魔がボスで、それを私が倒せばバグが消えるってこと?」

「その通り。そしてバグ魔は一匹じゃない。僕が感知した限りだと……六匹はいる」

「そんなにいるの!?」

「このゲーム、大きく分けると、五つのエリアに分かれているだろ? そしてそれぞれのエリアに……ボスがいる。それと同じだよ。勿論、実際のゲームのボスがバグ魔とは限らないけども」

「なるほど……」


 理屈は分からないが、言っていることは理解できた。


「僕はあくまで君のサポートしかできない。つまり、アテにしないで欲しいってこと。バグっている存在や、バグ魔自体が近付けば、反応を拾える程度さ」

「サポート妖精みたいなもんね」

「神だけどね。ま、その代わりに無力で非力な君でも勝てるように、君にこの世界のルールを適用した。レベルを上げれば君も強くなる――ゲーム通りにね」


 大体のことが理解できた。こうして実際にゲーム世界に連れてこられたら信じるしかないし、バグを消せる可能性が少しでもあるなら、躊躇いはない。


 というより、もはや――ヤケクソである。


「よっしゃ、やったろうじゃない! なにかで読んだVR系ラノベみたいでワクワクしてきた!」

「暢気だねえ。まあ、君は開発者だ。仕様も全て頭に入っているだろう。だけども忘れない方がいい――ここは君の知っている世界とは違う。未だ君達が見つけていないバグと不具合でまみれている。十分に用心し――」

「さ、行くわよ。まずは初期ジョブとステ振りね」


 私はバグ神様の話を半分に、前へと進んでいく。こいつ、とにかく話が長い。


「ゲーム通りなら何の問題もない。不思議と身体が思い通りに動くから、どんなボスでもぶっ倒してやる」


 夢の中のような心地だ。手足を動かしているというより、頭の中でそう動かしているような感覚。


 剣も素振りしてみたが、思った通りのモーションや動きになった。もちろん、私は剣を振るのは初めてだ。それでも身体は動く。


 私は意気揚々とバグ神様を連れて、谷の底の一本道をズンズン進んでいく。道中、いくつかアイテムが落ちているが、大したものはないので、無視。


 この先にいる謎の老人との問答で、初期ジョブが決まり最初のステ振りが出来るので、まずはそれをやってからだ。


「おっと、バグの気配がするよ」


 バグ神様の言葉に私は首を傾げた。


「あれ? この辺りはさほどバグの報告がなかったはずだけど」


 なんて言っていると――アクションのチュートリアル用の雑魚モブである<谷底ゴブリン>が一体やってきた。


 いわゆるファンタジーでありがちな子鬼のような見た目で、棍棒を片手に構えている。腰布だけのその姿は仕様通りであり、何の問題もない。


 はずだった。


「天地無用と言いたい気分だね」


 バグ神様が言うようにその<谷底ゴブリン>は――に表示されていた。頭で地面を削りながら、まるで歩いているかのように空中でバタバタと足を動かしている。


「なんで反転してんの!?」


 上下反対で虚無を蹴りながらこちらへと歩いてくる姿は、あまりにシュールだ。


「あはは~バグってるね」

「笑い事じゃない! こんなん動画で出回ったら、またバグ林がトレンド入りしちゃう!」

「ゲギャギャギャ!」


 私を嘲笑うゴブリンが、棍棒を振った。


「あ、こら! 地面の判定無視すんな!」


 ゴブリンは上下逆なまま通常のモーションを行っているので、本来なら棍棒は地面に当たって弾かれるはずだ。だけどもバグで判定が消失しているのか、棍棒は地面を通り過ぎて、私の足下を狙って来る。


「避けづらいし、盾意味ねえ!」


 超下段攻撃とも言うべきそれは、死ぬほど避けづらいし、盾も使えない。なので私はバックステップし冷静をそれを躱すと、ゴブリンの股間に目がけてショートソードを振り下ろした。


「バグは成敗致す!」

「ゲギャアア!」

 

 いくらチュートリアルの敵でも、普通は倒すのに二撃は必要なはずだ。だけどもなぜか私の攻撃はクリティカル扱いになって、一撃でゴブリンを倒してしまった。


 ゴブリンは経験値の光となって消失。私の中へと吸いこまれていく。


「股間にクリティカル判定とかあったんだ……これもバグ?」

「それはバグではないよ?」


 おい、その仕様私知らんぞ。さては誰かが勝手に仕込みやがったな。


「ま、おかげで逆さまゴブリンを一撃で倒せたからいいけど」

「うんうん、その調子だ!」


 私はそれから何度かやってくる天地無用ゴブリンを倒していき、チュートリアルステージの終着点にいる老人の下へと辿り付いた。


「バグの気配がするね!」

「見れば分かる!」


 その老人は主人公に力を与える謎の存在なのだが――こちらに背中を向けて座っているのに、顔が見える。


 つまり、首が百八十度回転した状態で座っているのだ。


「このバグ、野球ゲームでみたことある……リアルにみるとキモすぎる」


 老人の会話判定は前にしかないので、私は前へと回り込み、老人の後頭部に話し掛けるという頭が痛くなる行動をせざるを得ない。


『また漂流者か……お主もまた、導かれたのだな』


 後頭部が喋ったああああああ! ボイスの出る判定はこっちだもんね!!


『さあ、其方の適性と力を決めるがいい』

「後頭部が言ってもピンと来ないだよなあ……」


 と私がため息をつくと、バグ神様が私の顔を覗き込んだ。


「それで、ジョブとステ振りはどうするんだい? やっぱり初心者にお勧めの剣士か戦士? それとも魔術師かな?」

 

 私は肩をすくめてそれにこう返した。


「そんなの決まってる。ジョブは吟遊詩人、ステータスは……

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