バグ神様の言う通り ~開発したゲームがバグ祭りで炎上したから、ダメ元でデバッグ神社作ったら神様でてきた

虎戸リア

バグその0:ここにデバッグ神社を建てよう

 ゲーム開発会社<アイムソフト>――二階。


 トイレの鏡に映っているのは、ゾンビだった。


 化粧という概念を失ったその顔は青白く、学生時代にアイドルみたいと持てはやされたルックスは見る影もない。


 服はヨレヨレで、全身から負のオーラが漂っている。認めたくない。認めたくないが――これが私、<宮野みやの陽奈ひな>の姿である。


 アラサーに近付きつつある年齢だが、この一週間で三年分ぐらいけた気がするし、アッシュブラウンに染めていた髪のパーマも取れて、ボサボサのモサモサだ。


「ああ……これでもう一週間は家のベッドで寝てない……帰りたい……でも帰れない」


 着替えを取りに行くのと、洗濯を回すことだけの為に家に帰り、すぐに会社へとんぼ返りが続いた七連勤。


「もうやだ……バグ……もうやだああ」


 私の勤め先はゲームの開発を行っている会社であり、尖ったゲーム性と高いレベルデザインがあると評判だった。しかし、元々は社長が一人で始めた会社であり、今も中小企業の域を出ない。


 そんなうちの会社が社命を賭け、五年におよぶ開発期間を経て、先週正式サービスを開始した新規MMOタイトル――<エルザリングオンライン>、通称<エルザ>。


 ダークファンタジーな世界観に、骨太な戦闘難易度。レベルデザインの行き届いたステージやマップ、ダンジョン。豊富なキャラクタークリエイトと自由なビルド。多数の武器や魔法を使い分けることで出てくる様々な攻略法。


 私もこの会社に入ってからはずっと関わっており、まさに我が子と呼ぶに相応しいゲームだった。


 ネットワークテストもβ版も好評。某大手のデバッグチームの力を借りて徹底的にバグを取り、発売前からゲームオブザイヤーを取るのは確実、と各ゲームメディアが絶賛していた。


 そう、まさに<アイムソフト>の集大成であり、間違いなくMMOゲーム史に残る名作になる……

 

 足を引きずってオフィスに戻ると、怨嗟と嘆きの声が響き渡る。


「ああああ!! なんで<朽ち船の番兵>のモーションが<圧壊するルザール>になるんだよ! こんなんクリアできるかハゲ!!」

「ヤバいっす……ミル村の<狼商人>のイベントフラグ、変なところで立つせいでいきなり<源竜シリーズ>が店売りしてます」

「それな、89888999ゴルで売ってるんだけど、<禊ぎ石>をアイテム欄の五番目において、背を向けたまま会話すると、なぜか2ゴルになる」

「コード組んだ奴殺す」

「もう死んでます……さっき叫びながらトイレに走っていきました」


 社員総出でバグ取りや修正を行っているが、作業が終わる気配はない。私は自分の席に座ると、見たくもないが、目の前の画面を死んだ魚のような目で見つめた。


 そこに映っているのは某匿名大型掲示板にあるエルザ専用スレッドだ。他のSNSもそうだが、こういうところのスレッドを見れば最新のバグがすぐに見つかるから、監視、報告をするのも私の業務の一つだ。


***


【バグ林】エルザリングオンライン【ここにバグを植えよう】 Part223


57:名前:名無し@バグでいっぱい

バグ林やべえな。バグの博物館やんけ


58:名前:名無し@バグでいっぱい

あ、壁抜け出来た

竜の谷砦のミミックのとこでやると竜晶神殿にいけるな


59:名前:名無し@バグでいっぱい

>>58

ジャンプ連打?


60:名前:名無し@バグでいっぱい

>>59

ジャンプしつつR1連打。短剣の方がいいかも


61:名前:名無し@バグでいっぱい

>>58

できて草

これRTA走者歓喜だろ

いきなり強化素材掘りまくれる


62:名前:名無し@バグでいっぱい

>>61

クリスタルカイザーが無限湧きしてるから無理ゾ

バランス取れてるね(白目)


63:名前:名無し@バグでいっぱい

つうかアイムソフトめちゃくちゃ炎上してるな

物売るレベルじゃねえ


64:名前:ミルキィ

バグなしバグありバグバグRTA動画今夜やるヨ~☆

みんな見てネ

https:*****


65:名前:名無し@バグでいっぱい

>>64

コテハン史ね


67:名前:バグ神様

デバッグ神社置いときますね

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凸┃┃ (/) ┃┃凸

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( ・∀) (/)(∀` )

(つ つミ从(⊃⊂ )

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|  奉  納  |



***


「ああああああ!! またなんか違うバグ見付かってるううう」


 思わずそう叫んでしまい、私は机に突っ伏した。もうだめだ、限界だ。


「やっぱりサーバー落としてメンテするしかないですってえ。プレイヤー入れたままバグ取りとか無理ゲー」


 私がそう呟くと、隣の席のみなみ先輩が疲れたような声を出した。


「仕方ねえだろ……なぜかサーバー落とすと

 

 元剣道部で体育会系である南先輩の大きな身体が、今は小さく見える。


「どういう理屈なんですかそれ……」

「知るかよ。とにかく一昨日やったみたいにメンテして明けてバグ祭りになったら、今度は炎上ですまない」

「ううう……助けて神様~」

「電子の世界に神がいるかよ」

「分かってますけどお……」


 もはや正常な思考などできない。神でも悪魔でもいい、誰かなんとかしてくれ。そう思っていると、先ほどの掲示板で見た言葉が頭の中に浮かんできた。


「デバッグ神社……そうだ、デバッグ神社をここに建てよう」

「はあ? おい、壊れるのは良いが、見えないところで壊れてくれ」

「ふふふ……ハボ〇ク神がいるぐらいだからデバッグ神だっていますよ」


 私はもはや自分でも何を言っているかも分からない状態で、足下に放り投げていた箱の中を漁る。丁度そこには、栄養ドリンクやら携帯食やらを通販で頼んだ時に入っていた、棒状の緩衝材があった。


 私は無心でそれを瞬間接着剤を使って組み合わせ、鳥居のような何かを作った。


 マジックペンで<デバッグ神社>と書き込み、それをモニターの上に置いて、拝む。


「デバッグ神……デバッグ神……どうか我らを救いたまへ~」

「何教なんだよそれ。宮野、お前もう、一回帰って寝ろ」

「ううう……デバッグ神よ! 我の前に降臨したま――」


 そう私が言った瞬間――世界が止まった。


「え? え?」


 ついに、私は壊れてしまったか。人とはこんなにあっさり壊れるんだね……とか思っていると、


「やあ! 呼んだかい?」


 私の目の前に、謎の白黒の生物が現れた。しかも少年っぽい声で喋っている。


 大きさは四十センチほどだろうか? 見た目で言えば、バクに似ているがもっとこうモフモフ可愛くしたような感じだ。


「え、いや、誰、というか何」

「酷いなあ……君が僕を呼んだのだろ?」

「呼んだ?」

「この神社、造ったのは君で、呼んだのも君だ」


 そう言って、器用にそのバクもどきは宙で一回転すると、デスクの上に後ろ脚で立って、私を見つめた。


 その後ろにあるモニターの上には――私が作ったデバッグ神社がある。


「まさか……嘘」

「あはは、まあ厳密に言えばデバッグ神ではなく、バグがみだけどね」

「ばく神?」

「ば・ぐ・が・み」

「バグ!? バグの神様ってこと!?」

「その通り。そして困っている君に手を貸そうと思ったのさ。まあ、習うより慣れろって言うし――


 そう言って、そのバクもどき――バグ神様が組んでいた前脚を解いてパンッと合わせた瞬間、暗転。


「ぎゃああああああ!? なに!?」


 私が叫びながら、突如襲ってきた浮遊感に絶叫する。


「さあ着いたよ」


 そんなバグ神様の声と共に私が目を開けるとそこは――日が差さない暗い、深い谷間の底だった。


 周囲には朽ちた船がいくつもあり、崖際には腕の欠けた女神像が傾いて建っている。


 それは初めて見る景色のはずなのに、なぜか強烈な既視感があった。とても気持ち悪い感覚で、デジャヴのもっと酷いようなやつだ。


 初めての場所なのに何がどこにあるのか分かる違和感。


 木の腐った臭い、乾いた風の音、足下の感覚。

 全てがリアルであり、それがゆえに、そこがどこであるか気付くのに少しだけ時間が掛かった。


「ああ……まさかここは」


 既視感があるのは当然だ。


 だって何回も何回も何回も何回も……ここに来た事がある。


 そう、ここは――


「<エルザリングオンライン>のだ……」

 

 呆気にとられる私を見て、バグ神はゆっくりと私の顔に前にやってくると、前脚を私へと差し出した。


「さあ、始めようか――<バグ魔>狩りを」


***


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