第3話:水の神性:SSS
「初めまして、ザレスさん。その、けんき? というのは存じ上げませんが、よろしくお願いしますね」
剣をだらりとぶら下げたままのノルンを見て、ザレスは生唾を飲み込んだ。
「一流になると、構えすらいらないってか。はっ、魔王軍如きで最強剣士なんて名乗ってたら笑われちまうな!」
一人盛り上がるザレスをよそに、ノルンがディールへと問うた。
「……ところでディールさん。お手合わせってなんですか?」
「んー? うーん、剣で勝負しようってことかな?」
「ですが私、剣なんて振ったことありませんよ。はっ!? つまりザレスさんはそんな私を見かねて稽古を付けてくれるということでしょうか!? 私が剣を抜いてしまったのを見て、剣士だと勘違いなされたのですよ!」
「なんかズレてる気がするけど……まあ強そうな奴だし、良いんじゃない」
どうあがいても――
「それではザレスさんよろしくお願いします!」
「俺の全身全霊を見せてやる!!」
「はい!」
そこから始まったのは――剣士達の間で〝鏡稽古〟と呼ばれる修業と酷似したものだった。
ザレスが剣を打ち込むのを、ノルンは稽古だと思い込み、
「速いですね! 流石はけんきさんです!」
「嘘だろっ!?」
ザレスが更に剣速を上げ、フェイントを織り交ぜるもその全てをノルンに刹那で見切られ、そして同じ動きをされてしまう。
まるで鏡の中の自分と戦っているようにすら錯覚してまうことから、それは〝鏡稽古〟と呼ばれていた。
当たり前だが、どちらかの力量が大きく上回っていれば出来ない稽古であり、お互いの息が合っていないと大怪我に繋がってしまう。
それはつまり――既にノルンの剣の腕がザレスと同等であることの証拠に他ならなかった。
「なぜだ……魔王軍最強の剣技がなぜ見切られる!?」
「ふふふ……剣という物も中々面白いですね。こんな風に振れるなんて」
「そうやってすぐに順応できるのはノルンぐらいだけどね。神性ってのは恐ろしいねえ」
ディールの言葉に、ノルンが言葉を返す。
「神性……ですか?」
「そう。それは神のみが持つ特性。ノルンは泉の女神だから<水の神性>を持っているんだよ。水は鏡であり、そしてその形は自在。器に入ればその器の形になる……ゆえに君はあらゆる事象を鏡映しに使うことができるし、どんな形にもなれる。剣を見れば、剣を。槍を見れば槍を。魔術を見れば魔術を。君はあらゆる概念を映すことが出来る鏡なのさ」
それはつまり、見ただけであらゆる概念をノルンはまるで我が物のように使うことが出来るという、とんでもない特性だった。
だからこそ、ザレスの剣撃にもついていけたのだ。
「くそ、防御に徹しやがって! ノルン、お前も打ち込んでこい!」
「はい、師匠!」
憔悴しはじめたザレスをよそに、すっかり楽しくなってきたノルンはいつの間にか彼を師匠呼びしていた。
「それでは! いきまーす!」
その気の抜けたかけ声とは裏腹に――彼女の構えはザレスと全く同じであり、そして手に持つ魔剣からは、闇の魔力が迸った。
「てーい!」
振り下ろされた魔剣ダスクの刃から、暴れ狂う闇が巨大な斬撃となって放たれた。
「は?」
そのあまりに規格外な魔力の刃に、ザレスは避ける、防御するという思考すらも出来なかった。
そもそもノルンは肉体も内に宿す魔力も神のそれなので、その動きは常人の比ではない。彼女はひとたび戦闘になれば、相手の動きを鏡のように映し、更にそれを能動的に使えば――人間や魔族を遙かに上回る神の出力で、
「我が生涯に……悔い……無……し」
それが、魔王軍において最強の剣士と謳われた<剣鬼ザレス>の最期だった。
「あらら……?」
「やりすぎだよノルン」
ノルンの目の前には、一本の道ができていた。
森と大地が遙か先まで真っ二つに引き裂かれており、闇の魔力で満ち満ちている。
「あら? 師匠は?」
ザレスの姿がないことに、ノルンが気付いた。
「闇に飲まれた。おそらくだけど、君のその剣に取り込まれたようだね」
「剣に?」
「その魔剣は闇を吸収し溜めるからね。相手を闇に変えたあげく吸収するのさ。まあ、もう少し使い熟せるようになれば、彼を出すことも出来るはず」
「あら……それは悪い事はしましたね。せっかく魔王さんのところまで案内してもらおうと思いましたのに」
そう言いながら、ノルンが魔剣を鞘に仕舞うと再び胸の間に収めた。
「多分、素直に連れて行ってくれなかったと思うよ」
「なら仕方有りません。自力で魔王さんを探しましょう」
「そうだね。まずは森を出て、人のいるところに行こうか」
「はい! 剣はまだまだですが、師匠に教えていただいたことは忘れません!」
「いや、十分だと思うよ……」
こうしてノルン達はあっけなく魔王軍の幹部を撃破すると、出来た一本道の上をゆっくりと歩み始めたのだった。
☆☆☆
〝古き神々の森〟近郊――ケール村。
その小さな村の酒場で、二人の冒険者が酒をあおっていた。
「ふう……暇だな。王都が恋しいぜ」
「平和で良いじゃないですか。まあその気持ちには同意しますけど」
一人は剣士らしき青年で、もう一人は聖衣を纏った少女だった。
二人は<放浪の槍>と呼ばれるCランク冒険者パーティであり、冒険者ギルドよりこの村に派遣されていた。
そんな二人がいる酒場に、慌てた様子で一人の男が駆け込んでくる。
「た、大変だ!」
「どうした? ゴブリンでも出たか?」
「違う! 村長から緊急依頼だ! 村近くの森で、大異変が!」
男の言葉に、二人が臨戦態勢になる。
「大異変?」
「見た奴によれば、闇が迸ったとも、魔神が復活したとも!」
「なんだそれ」
「行きましょう。それが私達冒険者の役目ですから」
かくして二人の冒険者は出会う事になる――のちに最強の冒険者となる、竜を連れた女神に。
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