第2話:おっぱい抜刀術

「なんだか、森の様子が変ですね」


 のんびりと歩くノルンだったが、ようやく、森の中に全く動物の気配がないことに気付き、首を傾げた。


「気付くの遅っ! 僕はすぐに気付いたよ! 明らかに闇の魔力が充満してる!」

「あら……なんででしょうねえ」

「うーん……なんかその剣の魔力っぽいんだけどなあ」

「これのですか?」


 おっぱいの間から覗く剣をノルンが見せ付けた。


「その剣、泉の外で振り回したりしてない?」

「いいえ。あっ、やっぱり覚えがあります」


 そこでノルンは、そういえば手から剣から離そうとして、剣を振り回したことを思い出した。


「それだね……その剣は下手に振るとそれだけで闇をまき散らすから、注意が必要だよ」

「あら……気を付けないと。この剣はこのまま胸の内に封印しておきましょう」

「ちゃんと制御出来れば強いんだけどね」

「武器は使わないに越した事はありませんよ」

「まあねえ」


 なんて会話しながら進んでいると――


「見つけたぞ」


 そんな声と共に、赤い影がノルン達の頭上から振ってきた。


「あら、こんなところに綺麗な石が」


 ひょいと足下に落ちていた石を拾ったノルンの頭上を斬撃が通り過ぎる。


「良く避けたな。流石だ」


 そんなことを言いながら、着地した際に生じた土煙の中から現れたのは、赤髪の魔族――ザレスだった。その顔は狂気に歪んでいる。


「こんにちは。私は泉の女神のノルンです。ところで木から落ちたようですが、お怪我は?」

「怪我? ……まさか、もう攻撃を行ったのか!?」


 ザレスが攻撃を警戒し、バックステップ。


 当然だがノルンは何もしておらず、ザレスに頭上から強襲されたことに気付いていないだけである。なので彼女の中では、ザレスはただただ木から落ちてきたドジな奴扱いだ。


「……あいつ、強いよノルン」


 ディールがノルンの耳元にそう囁いた。


「そうなのですか?」

「ああ。しかも、魔族……つまり魔王の部下だ」

「あら! 丁度良かったですわ。そこの貴方、少しお願いがあるのですけど」


 全く戦闘態勢に入らず、にこやかな態度を崩さないノルンを見て、ザレスが汗ばむ。

 

 ありえない。殺気をこれほど叩き付ければ、人間ならそれだけで気絶し、魔獣ですら恐れおののき地に伏すほどだ。なのに目の前の女は、そよ風とすら感じていないように見える。


 何より、その肩にいる黒い鱗の小さな竜と、どういう意図か不明だが胸の間に収めている剣。この二つから強烈な魔力を感じるのだ。それこそ――あの伝説の竜と同程度に。


「ちっ。まさかこんなところでこんな強敵に出くわすとはな。お前、何者だ! 魔王軍ではないようだが!」

「はい、泉の女神のノルンです。以後、お見知りおきを」


 そう言って、ノルンが丁寧に深々とお辞儀した。


「首を見せるとは、舐めてるのか!?」


 ザレスがその挑発――ノルンはただたんにお辞儀しただけなのだが――に乗ってしまい、渾身の一太刀をノルンの細首へと放とうとしたその瞬間。


「あらら?」


 重力に従って胸から滑り落ちる魔剣にノルンは思わず手を伸ばしてしまう。剣の柄を右手で、鞘を左手で掴んだ結果――


「抜刀術かっ!?」


 ザレスは振り下ろした刃の軌道を修正。ヌルリと抜かれたように見えたノルンの魔剣へと刃を打ち下ろした。


 金属音が鳴り響き、火花が散る。


「馬鹿な!!」


 あの不安定な体勢で、上からあのように打ち付けたら、間違いなく並の剣であれば折れ、そうでなくても握っておられずに手から弾かれてしまう。


 なのに。


「すみません……うっかり抜いてしまいました。これからお辞儀する時は気を付けないとですねディールさん」


 なんて見当違いなことを言いながらも、ノルンの手にはしっかりと剣が握られていた。呪いがあるので、どれだけ力を加えようと何をしようと剣が彼女の手から離れることはないので、弾かれないのは当然である。


 だがそんなことは知らないザレスは改めて、この目の前の女が――凄腕の剣士であると勘違いしていた。


「舐めた態度だと怒りはしたが……なるほど、無礼なのは俺の方だったな。俺の名はザレス。<剣鬼>って呼ぶやつもいるがね。改めて、泉の女神ノルンよ――お手合わせ願いたい」

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