泉の女神ですが、魔剣が落ちてきました ~うっかり触ったら呪われて剣が手放せなくなった女神様、元凶である魔王を倒す為に冒険者になる。<<神性:SSS>と魔剣の<闇:SSS>の特性が合わさり最強に見える~

虎戸リア

第1話:魔剣が落ちてきました

 

 深い森の中心に、その泉はあった。


 湖と呼ぶには小さいが、池と呼ぶには少し広いその泉の底で、一人の美女が呟いた。


「平和ですねえ」


 水面から差す陽光で、彼女の綺麗な金髪がキラキラと水中で輝いている。グラマラスな身体には白いローブを纏っており、その姿はまさに女神そのものだった。

 その黄金色の瞳は、水面の向こうに広がる青い空を見つめていた。


 彼女の名はノルン――この泉の女神である。


 遠い昔、一人のきこりがこの泉に斧を落としたことから、とある噂が流れた。〝その泉に武器を落とすと、武器を金と銀の物に交換してくれる女神がいる〟


 その女神こそノルンだ。


 人を愛し、平和を愛する彼女はまさに女神と呼ぶに相応しい存在だが、少々、のんびりな性格をしていた。


「きこりさんは元気でしょうか」


 もうあれから数百年経っているので、そのきこりは生きているわけないのだが、世相に疎いノルンはその辺りを良く分かっていなかった。


 そんなある日――水面が揺れた。


「あら?」


 泉の中へと落ちてきたそれを見て、ノルンが首を傾げる。


 落ちてきたそれは――鞘に入った禍々しい雰囲気を放つ、緩く反りの入った黒い片刃剣だった。


「誰か落としたのね……拾ってあげないと。それに金銀の物も用意しないと」


 ノルンはその剣を抜いて、刃に直接触れると目を閉じた。


「あらら?」


 いつも通り金と銀の複製を作ろうとするとも、何も生まれず、代わりに抱えるほどの大きさの黒い卵が現れる。


「何かしら……これ」


 だが、それよりももっと深刻な問題があった。


「あら……あらあら? 剣が……手から離れませんね」


 ノルンが珍しく少し慌てた様子で、その禍々しい剣を手放そうとするも、なぜか握った手を離せなかった。


「なんでしょうかこれ……とりあえず落とした人に聞いてみましょう」


 ノルンは泉の水面へと浮上すると、ザバリと波を立てながら上半身を水上に露わにする。


「誰もいませんね。どういうことでしょうか」


 泉の岸には人影はなく、おびただしい血痕だけが残っていた。


「怪我をしていたのかしら。困りましたね……これ」


 手をブンブンと振り回すも、やはり剣は離れない。本人は気にしていないが、そのたびに闇のオーラがそこら中にまき散らされている。


「うーん。落とした方はもう帰ってしまったのでしょうか」


 数分悩んだ末に、ノルンは泉の中に戻ることにした。


「どうしましょうか……」


 泉の中で、剣を片手に悩むノルンは色々と試してみた。


 どうやら、持ち手を変えることは出来るが、完全に身体から離すことは出来ない。

 手で持たなくても身体と触れてさえいれば、大丈夫らしい。


 これが分かったノルンは、とりあえず剣を差しておく場所もないので、鞘に入れてその大きな胸の谷間の間に挟み込んだ。


「これで両手は空きましたけども……なんなんでしょうか」


 おっぱいの間に剣を挟んでいるという、なんとも珍妙な状態のまま、ノルンはすることもないのであの黒い卵を手で弄びながら数日を過ごした。


 すると、卵にヒビが入り――黒い何かが孵化した。


「あら~」


 それは四十センチほどの小さな竜だった。黒曜石のような鱗に小さな翼。頭部には小さいながらも、角が生えている。


 しかしここは水中である。泉の女神であるノルンはともかく、その竜は決して水中で生きるように出来ていない。


「まあ大変!」


 ノルンが慌ててその子竜を水上へと連れていく。


「ぷはー! 転生早々死ぬかと思った!!」


 その子竜は水を吐き出すと、小さな翼をパタパタとはためかせ、ノルンの前を飛び回った。


「あらあら、いきなり喋りましたね」

「喋るよそりゃ! なんてったって僕は<闇竜ディール>だからね! いやあ、あのクソボケアホ魔王に死ぬかと思ったけど、助かったよ!」


 なぜかドヤ顔する子竜――ディールを見て、ノルンが微笑んだ。


「凄いドラゴンさんなんですね。私はノルン、一応女神です」

「うん、大体のことは卵の中で聞いてたから把握してるよ」

「ディールさんは賢い子ですね」

「まあね! ノルンのおかげで転生できたから感謝してるよ」

「それは良かったです」


 嬉しそうに微笑むノルンを見て、ディールが頷いた。


「じゃあ、お礼に色々教えてあげるよ。その胸の間に挟まれてる黒い剣について」

「ご存知なんですか?」

「そりゃあもう。それは元々、僕だからね!」

「そうなのですか?」

「うん。それはね、クソボケハゲ魔王が僕の身体と魂を使って造り上げた、最強の魔剣<竜の宵闇ダスク>なんだ。とんでもない闇の力を秘めているけど、その代わりに一度触ると――


 そのディールの言葉を聞いて、ノルンが笑顔で手を合わせた。


「道理で、手放せないと思ってました。呪いの武器なのですね」

「その通り。そしてその呪いを解くには、魔王を倒すしかない」

「まあ……それは大変」

「なんか調子狂うなあ……」


 思ったよりものほほんとしているノルンを見て、ディールがため息をついた。


「では……

「へ?」


 ノルンが泉の岸へと上がり、スタスタと森の方に歩いて行く。


「待った待った! どこ行くの!?」


 慌てたディールがノルンの後についていく。


「もちろん……魔王さんを倒しに、ですよ。そのあとになりますが、この剣を落とした方に。それが……泉の女神の仕事ですから」


 そう。

 ノルンは泉の女神であり、そこに何かを落とされたら――必ず、その落とし主に〝金銀の問い〟を行わければいけなかった。


 ゆえにノルンは泉を離れることも、魔王を倒すことも、厭わない。女神の仕事を全うする為なら、あらゆる手段を使う。


 それが、彼女が神である由縁だった。


「……あはは、良いね! よし、じゃあ僕もついていくよ! こう見えて結構、旅の知識はあるんだよ!」

「それは頼もしいですね。では、よろしくお願いしますねディールさん」


 ぺこりと頭を下げたノルンの肩に、ディールが座ると嬉しそうに声を上げた。


「さあ、魔王討伐の旅に出発! って、あれ?」


 そこで、ディールは初めて気付いたのだった。


 この泉を囲む深い森が――異常なほどの闇の魔力で覆われていることに。


☆☆☆


 〝古き神々の森〟――外縁部。


「……? 妙な気配がする。これは勇者の気配じゃないな」


 ノルンの泉から十数キロ離れたその森の中に、一人の男が立っていた。竜を討伐した証である、竜鱗の鎧を纏い、腰の左右には良く使い込まれた剣が差してある。


 燃えるような赤い髪、額から生えた金属質の一本角。それだけで、男が人間でない事が分かる。


「そうか。こいつがここ数日、この森で闇の魔力をまき散らした奴だな? ふん、面白い、その正体を暴いてやろう。勇者は逃したが……良い手土産になるだろうさ」


 男の瞳が妖しく光りはじめた。


「魔王軍<位階第六位>……この<剣鬼のザレス>がこの刃で見定めてやろう! 我ら魔族に負けぬその闇の力をな!」


 こうして、魔王軍において最強剣士と名高い男――ザレスがノルン達へと向かって疾走を開始した。


 まさか剣の素人に、完膚なきに負けるだけではなく、その剣技を全て奪われてしまうことになるとは――この時点では知る由もなかった。


***


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