第31話:罠


『りったん、左だって』

『そうだな。今回は短かったけど』


 目の前に浮かぶメッセージを見て俺が思わずそう答えてしまう。これまでは五十文字みっちり使って指示をしてくれていたのに、急にシンプルだ。


『急いでいたのかな? とにかく左に行ってみよう』


 俺は<ひめの>に頷き、そのまま左へと進む。その先は広大な空間になっていて、両側の壁際の地面が大きく崩れている。俺達の前の地面はまるで橋のようにこの空間の、円の形をした中央部に繋がり、その先も橋のようになって空間の反対側にある出口へと続いていた。


『出口はあそこしかないな』


 俺がそう言うも、<ひめの>が動かない。


『どうした?』

『いや……あの中央部分、なって。周囲が崖ってところが、いかにもボスエリアって感じ』

『ボス!? でもボスがいるなら流石にメッセージで事前に言ってくれるはずでしょ』

『でもあのダンスバトルイベントも、メッセージでは言及なかったし』


 <ひめの>の言葉に俺は納得したような表情を浮かべた。


『確かに……まあボスにせよ何にせよ、俺らにとって通らないといけない場所ってことだよ』

『行くしかないか。慎重にいこうね』

『言われなくても! もうスケルトンは嫌だしな』


 <ひめの>が先行し、俺が背後に気を付けながら後を追う。


 横の崖は底まで深いのか、風が昇る音が聞こえてくる。道幅はそれなりにあるが、落ちればタダで済まないだろう。


 そのまま中央部に辿り着くと、ホッと一安心する。これだけ広ければ落ちる心配はない。あとは反対側の壁にある通路へと渡れば……なんて思っていると、風の音が急に強まった。


『……っ! りったん、警戒して!』

『わ、分かった!』


 <ひめの>の鋭い言葉に俺は焦りながら盾を構えた。


『来る……! !』


 <ひめの>の言葉と同時に、俺達が立っている円形部分の周囲の崖から突風が吹き上がった。


 それと同時に崖下から姿を現したのは――


『……ドラゴン!』

『ぎゃあああでけえええええ!』


 それは、バスぐらいデカい胴体を持った赤いドラゴンだった。前脚と翼が一体化しており、まるでコウモリのように羽ばたいて俺達の頭上を羽ばたいている。


 物理法則しっかりして!


『戻ろうりったん! あんなの絶対に相手しちゃ駄目だ!』

『賛成!』


 俺がそれに同意すると同時に、元来た道を走り出そうとするも――


『嘘!?』


 俺達が今しがたやってきたこの空間の入口が、いつの間にか岩によって閉ざされていた。


『閉じ込められた!?』

『りったん、前! 出口は塞がれてない! あの森と一緒だよ! 駆け抜けろってことだと思う!』

『分かった!』


 俺と<ひめの>が前へと走ろうとした瞬間――ドラゴンが吼えた。


『ギャルアアアアアアア!!』


 それは耳が痛くなるほどの大音響で、思わず身体が竦んでしまう。


 ドラゴンが燃え爆ぜる口を開けると――そこから火球をこちらへと放った。


『ひめのん! 俺の後ろに!』


 俺はがむしゃらに盾を、火の尾を引くその火球へと向けた。


 火球が盾に直撃し、俺の視界が赤色に染まる。手が衝撃で痺れる。


『りったん、走ろう!』


 <ひめの>が俺の手を引いて、中央部から反対側の出口へと走りはじめた。


『うおおおおお、マジで怖いってこれえええええ』


 後ろからドラゴンが火球を吐きながら追ってきていた。俺は後ろを振り返りながら、直撃コースの火球を盾で防ぐ。幸い火球はさほどの速度でないので、ギリギリ対応できるが――


『ギャルアアアアアアア!!』


 なぜか怒り狂ったような声を上げるドラゴンが火球を連射してくる。それは俺達が走っている通路いっぱいに広がっており、直撃するのを盾で防いでも、左右で爆発されたら回避は不可能だ。


『出口に飛び込んで盾で防ぐしかない!』

『うわあああああ!!』


 俺と<ひめの>はなりふり構わず突っ走り、出口の穴へと飛び込んだと同時に、俺は盾を後ろへと向けた。


 刹那、盾に直撃と爆音。


 そのあまりの衝撃に、盾が手から吹っ飛んでしまう。


『しまった……!』


 更なる追撃の火球がこちらへと迫っており、盾を構え直す暇はない。


『マズイ!』

『りったん!』


 万事休す。


 そう思った瞬間――


 通路を揺らすほど揺れと轟音と共に――俺達とあのドラゴンのいた空間を繋げていた出口が岩によって塞がれた。


『あっぶねええええ!!』

『ギリギリだった!』


 一秒でも遅かったら、直撃を受けていた可能性がある。


『盾あって良かった……』

『いや、これ盾あっても運が悪ければ二人とも消し炭だよ……』

『そうだな。団員達よ、頼むからもっと優しいルートを選んでくれ……これじゃあゴ―ルまで身が持たないぞ』


 俺はカメラに向かって、そう懇願した。


 無事だったから良かったが……これが続くとなると辛すぎる。



***

・せーーーーーーーーふ!!

・マジで危なかった

・りったんが上手く盾使ってなかったら無理ゲーだったろ

・いや、ひめのんの判断が速かったおかげだろ

・誰だよこのルート選んだの!? 明らかにこっちは罠だろうが!

・俺は右って送ったぞ!

・メッセージチームは全員右って送ったはずだ

・じゃあなんで

・あああ! あのクソ野郎共!

・↑?

・ガラビットのリスナーの待機所みてこい。あいつら大爆笑してるぞ

・まさか……

・誰にでもメッセージを送れるからな。あいつらわざとりったん達に嘘情報やゴミ情報を送って、少しでも正解メッセージが表示される可能性を下げやがったんだ。

・はああ!? 妨害ありかよ!

・ルールに反してはいないな。逆に俺らもガラビットに嘘情報を送れる

・送っても無駄だぞ。あいつ、メッセージガン無視してるし

・ああ、くそ、ルート組み直しじゃねえか!

・おい、あの〝飛竜の巣〟って奥はどうなっているんだ?

・おそらく……

・へ?

・詰んだかもしれん

・ちょ、ちょ、マズイって! どうするんだよ!

・わからん……ちょっとマジでどうしたらいいか分からん

・なんか方法があるだろ! ちょっともっかい見てくる!

・\(^o^)/

***



『メッセージ来ないね』

『とりあえず何もなさそうだし、先行ってみよう。何となくだけど……メッセージを信じるのは危うい気がしてきた』


 俺は確信はないがそう感じたので口にした。団員達を信じていないわけじゃない。だけども、こんなルートをあいつらが勧めるとはどうしても思えなかった。


『……確かに。うん、ごめん、私どこかでメッセージに頼りっぱなしになってたかも』

『あくまでヒントだからな。現地判断を優先した方がいい気がする』

『うん! りったん、頼りになるね!』

『そうか?』

『うん!』


 こんな状況だが、<ひめの>と一緒であれば何の問題もない。


 俺達が気を取り直して先へと進むと――そこは……


『うわあ綺麗』

『宝石?』

『だね。それに金貨や水晶も!』


 そこはちょっとした空間になっていて、金銀財宝が積み上がっていた。


『ドラゴンが守っていた財宝かも!』

『だからここに近付くのを怒っていたのか』

『でも……それ以外に何もないよ』


 <ひめの>の言う通り、そこは行き止まりだった。


『まさか、詰んだ?』

『……出口ないか探そう』


 俺達が出口を探すも――その空間からどこかに繋がっているような場所は見つからない。


『どうしよう……ここで終わりなんて嫌だよ』

『俺だってそうだけど……でも』


 そうやって俺と<ひめの>が困り果てていると――突如金銀財宝の山が崩れた。


『な、なに!?』

『何かいるよりったん。気を付けて!』


 金銀財宝の山から、何かがもぞもぞと出てくる。


 <ひめの>が剣を振りあげて、いつでも攻撃できるように構えている。


 そしてソレがついに金銀財宝の山から顔を出した瞬間、彼女は剣を思いっきり振りおろした。


『ひめのん! 駄目だ!』

『っ!!』


 俺の声を聞いて咄嗟に<ひめの>が軌道を変え、その剣が地面へとぶつかり火花を上げた。


 そのすぐ横には、怯えたような顔をしてか細い鳴き声を出す、


『……きゅう』


 子犬ほどの大きさの――ドラゴンの赤ちゃんがいたのだった。

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