第32話:ドラ吉


『なにこの子』

『きゅう、きゅうう』


 その赤ちゃんドラゴンは怯えたような声を出して、俺達を見つめている。


『そうか……あのドラゴンはお母さんだったんだ。そして彼女は財宝じゃなくて、この子を守っていた』

『そうだね。しかもこの子……見て、翼が……』


 <ひめの>の言うように、その赤ちゃんドラゴンの前脚は歪な形をしており、翼膜もズタズタに引き裂かれていた。良く見れば、身体のあちこちに刺し傷や切り傷がある。


『可哀想に……これじゃあ飛べないだろうね。誰かに襲われたのかな?』

『ああ。とりあえず俺達に危害を加えようという感じじゃないな』

『うん』


 俺は思わずその怯える赤ちゃんドラゴンと目線を合わせる為にしゃがむと、恐る恐る右手をその鼻先へと差し出した。


『大丈夫……?』

『多分』


 <ひめの>が心配そうにそう口にするが、赤ちゃんドラゴンはクンクンと俺の手を何度か嗅ぐと、その鼻先を擦り付けたきた。


『ごめんね、怖がらせて』

『きゅう!』

『可愛い……』


 赤ちゃんドラゴンが不器用に俺の下へと歩いてきて、胸に飛び込んで来る。


『あはは、もう懐かれてる』

『よしよし、今日からお前の名はドラ吉だ!』

『名前付けちゃった!』


 俺は赤ちゃんドラゴン、もといドラ吉の頭を撫で続ける。うーむ、可愛い。


『でも、閉じ込められている現状に変わりはないという』

『そういえばそうだった』


 ドラゴンの赤ちゃんと馴れ合っている場合ではない。


 なんて思っていると――メッセージは浮かび上がった。


『お、来た!』

『なになに……え……嘘』

『……』


 俺は思わず口を閉ざしてしまう。そこにはこう書かれていた。


【パピードラゴンは1000P。討伐することで母が怒り狂い小部屋が崩れ外へ繋がる。すぐヤルべし】


『……今度は信じられそうだね。五十文字使ってるし。これでポイントも手に入って外にも出れるってことなんだろうけど』


 <ひめの>が感情を込めずにそう言った。


『いや……分かってるんだ。ここは仮想現実で、ドラ吉もただのデータの塊だって』

『うん』

『ドラ吉を……殺すのが一番だってことも』

『うん』


 分かってる。分かっている。今すぐ殺してしまえばいい。

 

 俺を不安そうに見上げるドラ吉を、<ひめの>の剣で斬ればいい。


 躊躇っている暇なんてない。


 でも、俺は――


『りったん、


 悩む俺の頭を<ひめの>がポンポンと叩いた。その声には、優しい気持ちが込められているのが分かる。


『……ひめのん』

『データだから、何? それを言ったら私もりったんもデータみたいなもんだよ。だったらそれと同じように考えても不思議じゃない。私は、りったんを殺すのが最適解だと言われたら、拒否する。別にそれが殺人でもなんでもなくてもね』

『……ごめん。ありがとう』

『とりあえず、アイテム交換表を見てみよう』

『うん』


 俺は不覚にもちょっと泣きそうになりながらポイント交換の項目を睨み付けた。


 何か、何かないか!?


『ドラゴンが怒り狂ったら崩れるってことは……少なくとも外に繋がる余地はあるんだよ。だったらドラゴンの攻撃と同じぐらいの衝撃を与えれば……きっと崩れるはず……つまり……』


 <ひめの>がブツブツとつぶやきながら俺と同じように交換表を見ているのだろう。


 とにかく、爆発だ。爆発を起こせる何かを――


***

・ドラ吉……

・いや、どうすんだよこれ

・1000ポイントあったらあれこれ出来るのにいいい

・しゃあねえ

・もったいねえ

・この時間がもったいない

・↑文句言う暇あったら違う方法考えろ

・俺は逆にホッとしたよ。団長は懐いてきたドラゴンをぶっ殺すような奴じゃないって分かってさ

・それな

・りったんもひめのんも優しいなあ

・ひめのんは一人だったら多分やってるよね

・かもな

・おい、このアイテムいけるんじゃね?

・↑うーん、これ団長達も巻き込まれるんじゃねえか?

・盾の効果使う時だろうが!

・ああ、そういえば盾の特殊効果、そろそろ使えるか

・すぐにメッセージ送るぞ!

***



『ねえ、この〝竜の爆樽〟が100ポイントで交換できるけど、使えないかな?』

『名前からして、爆発しそうだな』

『うん』


 この交換表、困ったことに便利アイテムの詳細が何も書かれていない。


 それがどういう物なのか、どう使うなどは、使ってみるまで分からない。


 なんて思っていると、まるで読んでいたかのようにメッセージが浮かび上がってくる。


【〝竜の爆樽〟を起爆。盾の特殊効果を使えば無傷でいける。特殊効果は〝聖域展開〟と叫べばいい】


『盾の特殊効果……?』

『多分だけど名前的に、バリアを張れるのかな? あ、良く見れば盾の表面の玉が光ってるよ!』

『ん? あ、本当だ。いつの間に』

『条件は分からないけど……攻撃を一定回数盾で防いだとか?』

『有り得そうだな。うっし、時間がもったいない! 早速やろう』

『きゅう!』


 なぜかドラ吉まで嬉しそうに声を上げた。


 俺は早速〝竜の爆樽〟を交換すると、そのデカい樽を壁際にソッと設置した。


『起爆はどうするんだ』

『大体は衝撃とかじゃない?』

『じゃあ、落ちてるこの金の延べ棒を投げるか』

『そうだね。ほら、ドラ吉もりったんの後ろに下がって』

『きゅうう!』


 俺が盾を構えていると、ドラ吉がもぞもぞと俺の背中にしがみついてきたが、全く重くないので問題ない。後ろに<ひめの>が来たのを見て、俺は樽に向けて思いっきり金の延べ棒を投げつけた。


 金の延べ棒が樽に当たった瞬間――俺は風を感じた。


『っ!! 聖域展開ッ!!』


 俺の言葉と共に魔法陣が俺達の足下に展開され、青い光の壁がそこから立ち登った。


 そうして――轟音と共に爆炎が俺達を包んだのだった。



☆☆☆



 双子山の山頂付近。その山道からもう少し登れば、転移装置がある神殿が頂上にそびえる双子山のもう片方の山頂へと続く橋が架かっている。


 そんな山道に、少女の声が響く。


『離しなさいよ、このクズ鉄!』

『離せと言われて、離すかよ』


 それはガラビットと、彼に後ろから掴まれている<ななね>だった。<ななね>の喉元に、あのダガーが突きつけられていた。


『おい、ななねちゃんを離せよ!』

『そうだそうだ!』

『ふざけんなよガラビット!』


 そう騒いでいるのは、そんな二人から少し離れた場所に立っている参加者達だ。


『うるせえ、三流! さっきから言っているだろ!? お前ら全員が、ななねを解放してやるって』

『みんな私を無視して先に行って! こいつを勝たせたら一番駄目だから!』


 <ななね>が必死にそう訴えるが、


『いやでも……流石にキャラ的にそれはなあ……』

『それしたらリスナーに嫌われそう』

『動きづれえ』


 なんて参加者が動けずにいると――


『ねえ、どいてくれる? 邪魔なんだけど』

『す、ステラ様だ!』


 後方から、ゆっくりと登ってくる一人の少女――<ステラ>の為に道を空けるように、参加者達が左右に分かれていく。


 彼女は<ガラビット>も<ななね>も眼中にないとばかりにまっすぐ進み、そして動けずにいたガラビット達の横を通っていく。

 

 それはまさに、王者の行進と呼ぶに相応しい堂々とした歩みだ。


『茶番ご苦労様』


 それだけをすれ違い様に囁くと、ステラが通り過ぎて去っていく。


『ちっ……アレは相手しても無駄だ。さあ、お前らさっさと崖から飛び降りろ! じゃねえと……可愛い可愛いななねちゃんのフィナーレが見れねえぜ?』

『……えー、それは困るなあ』

『どうするよこれ』

『画的にこれ、くそつまらんね』

『だよなあ、あ、リスナーから無視して進めってメッセージ来た』

『でも、ななねのリスナーを敵に回すのはなあ』


 やはり動かない参加者達に、ついにガラビットが痺れを切らした。


『ああ、もうめんどくせ! こいつも殺してお前ら全員後を追わせてやる!』

『や、やめ――』


 <ガラビット>がダガーを<ななね>へと突き立てようとした瞬間――轟音。


『ぐわあああ』

『きゃあああ』


 山に衝撃が走り、山側に立っていた参加者達が……


 そしてその揺れで<ガラビット>の拘束が外れた隙に<ななね>が身体を翻し、山頂へと駆けていく。


『くそ! 待て!』


 <ガラビット>が<ななね>の追うように山道を進んでいく。


 そしてチラリと振り返ると――崩れた山肌から人影が出てきているのが見えた。


 それは――ガラビットが良く知る姿の参加者だった。


『盾野リッタ! やっぱり来やがったか!』


 ガラビットの咆吼が山に響き渡った。

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