第23話:突きつけられた現実


 <燎夏りょうか大祭たいさい>への参加申請をしてから数日後。


 俺は盾野リッタとして、<紫竜ひめの>と共に、<燎夏りょうか大祭たいさい>を主催しているイベント運営会社<デュランド>から呼び出しを受けていた。


「……なんの呼び出しだろう。主催者からって」

「申請に不備があったとは思えないし、仮にそうだったとして、メッセージに済むしね」


 俺達は指定された転移アドレスの先へと向かうと、そこは空中に浮かぶ螺旋状のビルの屋上だった。


 上を見上げると、空には様々な建築物や島が浮いている。VR空間アルタだからこそ作れる風景であり、未だに慣れない。


「やあ、お待たせ」


 そんな声と共に転移してきたのは、ラフな姿をした短い黒髪の三十代半ばほどの男性だった。柔和な笑みを浮かべ優しそうな印象を受けるが、それだけの人ではないような気にさせる、独特の雰囲気を纏っていた。


「<燎夏りょうか大祭たいさい>のイベントディレクターの御堂です。いやあ、生で見ると二人ともとてもいいね。並んでいると映える」

「紫竜ひめのです」

「あ、俺は盾野リッタ……デス」


 <ひめの>が頭を下げて自己紹介したので慌てて俺もそれに続く。


「うんうん、いいね。なんか関係性が見える。もしかして二人はリアルでも知り合いとか?」


 御堂さん、いきなり核心を突くのやめてくれ! 


「違いますよ。でも、仲は良いと思います。ね? りったん」


 俺の動揺を何と勘違いしたのか、<ひめの>が俺の腕に手を回してくる。いや、ちょ、いきなりそういうのは!


「ち、違いますよ! 仲良くさせてもらってますが!」 

「そっかそっか。うんうん、ひめのちゃんは賢いね。リッタちゃんはなんというか動画そのままでいいね」

「恐縮です。それでどういったご用件でしょうか? スタッフではなくイベントディレクターである御堂さんが出てくるということは、それなりの用件だと思っていますけど」


 <ひめの>がスッと手を俺の腕から話すと、その顔から笑顔を消した。


 え? そうなの? イベントディレクターって凄いんだっけ?


「あはは、警戒されちゃってるねえ。まあそりゃあそうか」

「りったん、イベントディレクターってのはね、言わば現場監督みたいなものでイベントを当日に指揮する人なんだよ。他にも企画を行うプロデューサーもいるけど」

「僕はどっちも兼任していてね。なんせうちの会社はこんなビルを建ててはいるが、社員は少なくてさ。一人で何役もこなさないと業務が回らないんだ」

「つまり、凄い偉い人?」


 我ながら頭悪そうな言葉だ。それに、<ひめの>が頷いて答える。


「そうだね。そしてそんな人がわざわざ名指しで呼び出してきたってことは……」


 <ひめの>はそれ以上は何も言われず、複雑な表情のまま御堂さんを見つめた。


 しかし彼は空中から煙草を取り出すと、火を付けた。


「リアルではもう煙草は吸えないからね。全く、嫌な世の中になったもんだ……。さて、君達はさ、当然この夏祭の参加条件は知って、それをクリアしたわけだよね?」


 白煙を吐きながらそう聞いてくる御堂さんに、俺達は首肯する。


「はい。チャンネル登録者数が三千人以上、と。そう参加申請時に書かれてありました」

「うんうん。無所属Vtuberにだけ課せられた条件だね。その理由は分かるかい?」


 話が回りくどいな。俺は口を開きかけたところを、<ひめの>が制した。


「――無所属Vtuberを参加させない為……ですよね? 表向きにやると批判を浴びるから、あえて届かない条件を付けることで、体面上は所属の有無は関係ないようにしている」

「その通り。じゃあ、なぜ無所属を参加させないようにしているでしょうか?」


 そういえば、確かにそうだな。なんで無所属をそんな建前を作ってでも弾こうとしているのだろうか。


「事務所に所属していれば、協力費が取れる。私達のような素人からは取れない。つまり出すだけ損。だと思いますが」


 <ひめの>があっさりそう答えたので、俺は驚いてしまう。


 おいおい、協力費ってなんだよ。


「いやあ、流石だね! もしかしてこの業界の人が身内にいる? まあ要するにさ、この夏祭ってVtuber二大イベントって呼ばれるまでの規模になっちゃってさ。ただ純粋に良いVtuberを出演させて楽しむ……みたいなことはもう出来ないんだよ。政治としがらみがね……色々あるんだ、大人には」

「どういうことだよ、それ」


 俺が話に着いていけずにそう話に割り込む。なんだか大人の事情があるのは分かったが、それが今の俺達と何の関係があるんだ?


「夏祭に出られるVtuberの枠の数は決まっている。そして当然、どこの事務所も、少しでも多く自分達の子をそこにねじ込みたい。じゃあ、どうするかというと、このイベントのスポンサーである、アルタ運営にお願いするんだよ。協力費と共にね」

「つまりね、りったん。お金を沢山払えば、それだけ多く、自分の事務所所属のVtuberを夏祭に参加させられる。これから売り出したい子、間違いなく露出が増えればそれだけリターンが見込める子……色々思惑はある。だからどこの事務所も協力費という形でお伺い立てているってこと。これだけ払うから、もう一枠、うちにください……ってね」


 なんとなく、それの意味は分かる。俺だって、もうガキじゃない。華やかな業界ほど、裏ではそういう政治やら金やらの力が蠢いているのは理解している。


 だけども、それをリアルにこうして直面すると、どう反応したらいいか困る。


「なので、毎年、この枠の調整をするのが大変なんだ。スポンサーは、金貰ったからこいつらを出せという。でも、こっちだってイベントを盛り上げる為に入れたいVtuberがいる。枠は無限じゃないからね。枠を増やすほど、一人一人の活躍が減ってしまう。それじゃあ本末転倒だ――だから、そういう政治とか金とかとは無援の無所属Vtuberに枠を割くわけにはいかないんだ」


 御堂さんはさっきからこっちとは目を合わせず、煙草を吸いながら遠くを見つめている。


「でも、当然それを表沙汰にはできないから、あの条件を付けた」


 <ひめの>の言葉が、俺に重く響く。あの無理そうな条件にはそんな事情が隠されていたのか。そして竜崎さんは……それを知った上で挑んだというのか。


「その通り! 実際問題ね、無所属Vtuberでチャンネル登録者数三千人を超えるのは相当に難しいことだし、出来た時点でその子はイベントを盛り上げる要素を持ちあわせていると判断できるラインではあるんだ。だけども……まさか、二人もその条件をクリアして同じ年に参加申請するとは、僕も思わなかった」

「りったんのおかげです。ですが、条件をクリアした以上は……文句はないはずですよ」


 そう。その通りなんだ。


 じゃあ、なぜ俺達を呼んだ。

 なぜ、わざわざそんな裏事情を俺達に話した。


 なんだか嫌な予感がする。


「回りくどいと思われるかもしれないが、ここまで説明しないと君達は納得しないと思ってね。いや聞いたところで到底納得するとは思えないが……結論を言うと――Vtuber、ということだ。これはスポンサー様の意向であり、俺達にそれを覆す力はない。つまりこれは君達が泣こうが喚こうが世間に訴えようが……


 御堂さんはそこまで一気に言い切ると、短くなった煙草を捨てた。


 落ちた煙草がポリゴンとなって消えていく。


「それはあまりにひどすぎます。私もりったんも努力してやっと三千人を超えたのに……一人しか出さないなんて」

「そうだね。僕もそう思うよ」

「ふざけんなよ。そんな後出しされて、はいそうですか、なんて言う訳ないだろうが」


 俺は一歩前に出て、御堂さんを睨み付けた。


 分かってる。この人が悪い訳では無い。


 それでも、ふつふつと沸き上がってくる怒りを俺は抑えることが出来なかった。


「もっかい言うけどね。君達がどう思うが、これはどうにもならない。今のままでは、君達のどちらかに辞退してもらうことになる。でなければ……二人とも参加できないし、来年以降もずっと出場禁止になるかもしれない」

「脅しかよ」

「事実だよ」


 交渉の余地なしだ。


 多分、この人にはどうしようもない事実なのだろう。であれば、俺の言うべきことは一つしかない。


「だったら、俺が辞――」

「私が辞退します」


 俺が言い終わる前に、黙っていた<ひめの>が言葉を被せてきた。


「な、なんでだよ! 俺だけ出たって意味ないよ! 俺はひめのんをこのイベントに出せさせる為にVtuber活動始めたのに、それじゃあそれこそ本末転倒だ!」

「でも、私があの条件をクリアできたのは、りったんのおかげだよ? 出るべきはりったんの方。私には出る資格なんてない」


 <ひめの>が右手をギュッと握り、俺をまっすぐに見つめ、そう静かに言い放った。


 その目が――俺には輝いて見えた。あの、綾瀬さんの仕事場で見た、〝宙の瞳〟。


 宇宙のような輝きが、その瞳の中で渦巻いている。


 ああ、なんて綺麗な目なんだろうか。


 俺はその光を、食い入るように見つめ続けた。


 ――確かに、俺のおかげ……だったかもしれない。だが俺がVtuberになろうとしたきっかけを作ったのは間違いなく<紫竜ひめの>だ。だから、やっぱり出るべきは――


「――うん。僕はね、二人とも出るべきだと思うんだ」


 突然、御堂さんがそんな事を言いだして、俺と<ひめの>が同時に彼の方へと目を向けた。


「もし君達のどちらかが辞退を表明しなかったら、提案するつもりはなかったんだけどね。君達の目を見ていたら……大丈夫そうだと確信したよ。」

「へ? 目?」


 俺が首を傾げていると、<ひめの>が小さく笑っていた。


「りったん、瞳が凄いことになってるよ。

「え? 俺の目が? というかそれを言ったらひめのんの目もそうだよ」

「本当に?」


 俺達がそんな事を言い合っていると、御堂さんが愉快そうに笑った。


「やっぱり――綾瀬さんのお気に入りを無下にするわけにはいかないな。だから、僕から提案がある」


 そう言うと、御堂さんが一歩前へと出た。


「一枠しか設けられない事実は変わらない。だが、枠の定義については……指定はされていなくてね」

「枠の定義?」


 一枠なら、やっぱりどっちかしか出られないんじゃないのか?


「さっきの条件、思い出してみなよ。条件は――者数三千人以上。つまりだ、一枠ってのはつまり、一つのチャンネルってことで、一人というわけではない」

「あ、分かりました。それってつまり――」


 <ひめの>が目を見開いた。既に瞳は元に戻っていた。


 あれは、何だったんだろうか。


 そうして御堂さんは――俺達の未来を徹底的に変える、言葉を放ったのだった。


「つまり――君達が合同チャンネルを作り、それを一枠にねじ込めば……あら不思議、。これで君達の要望も、スポンサー様の希望も叶えられる」

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