第22話:悪意(間話)


 Vtuberイベント<燎夏りょうか大祭たいさい>の運営会社――<デュランド>、企画会議室。


「いやあ、今年は特に盛り上がりそうだな! 珍しくエステの<空乃ステラ>も参加表明してますし、ラスネの<戌際ななね>、トランプルの<嵐牙ライル>も出場打診したらオッケーが出ました。それに何とも言っても、この二人でしょ!」


 今回のイベントのメインディレクターである三十代半ばほど、短い黒髪の男――御堂みどうがホログラフィックディスプレイで二人のアバターを表示させた。


 それは<盾野リッタ>と<紫竜ひめの>、二人の姿だった。


「特に盾野リッタはデビュー初日にバズり、更にコラボ動画でバズるという無所属Vtuberとは思えないポテンシャルを秘めていますね! 紫竜ひめのは正統派王道Vtuberとして、きっちり堅実にリスナーを増やしています。きっとイベントでも活躍しますよ!」


 御堂が興奮気味に喋り、会議の参加者達も頷いている。


 しかし一人だけ、それを冷ややかに聞いていた男がいた。


 眼鏡を掛けた五十代ぐらいのその男は、冷めた表情のまま口を開く。


「御堂君。君、?」

「へ? あ、はい。二人ともチャンネル登録者数三千人は超えてますし、申請もしてくれてますから」

「――あの条件は、〝無所属という金にならない素人を、建前上大っぴらに弾くわけにはいかないから、仕方なく設けた条件〟……だったはずだ。弾けていないじゃないか」


 男は、ため息をついて資料が表示されているデバイスをテーブルの上へと投げた。


「確かに、千石せんごくさんの言うことは一理ありますが……」


 御堂が冷や汗を掻きながら、慎重に答えた。


 この目の前の男――千石は、決して怒らせていい人物ではない。


 なんせVtuber業界の基礎とも言うべき――VR空間アルタの運営会社の人間なのだ。アルタ内で行われるあらゆるイベントや行事に彼等は眼を光らせており、そして金の発生するところでは容赦なく運営費を取り立てている。


 元々<燎夏りょうか大祭たいさい>は小さなイベントだったが、今ではVtuber業界の二大イベントと呼ばれるほどの規模になり、動く金の量も莫大だ。


 ゆえにわざわざこんな些末な会議にも、アルタ側の人間が参加しあれこれ指図してくるようになった。


 当然、彼等を怒らせると最悪、イベントは中止にまで追い込まれる。


 それだけはなんとしても避けなければならない。


「一理? 君ね、イベントは遊びじゃないんだよ。好き嫌いでやられると困るんだよ」

「いや、しかし……将来性もありますし……いずれはどこかの事務所に所属しますでしょうし」

「今、所属していないのが問題なんだよ。こいつらからを取る気なら別だが。他の事務所は、ちゃんと払っているが?」


 千石がふんぞり返って、そう言い放った。


「それは……。あまり表沙汰に出来ないことですし、いくらなんでも無所属から取るのは……体裁的にマズイのでは」


 イベント参加費なんてものを実は事務所側から貰っているなんてバレたら大変である。だが、実際はどこの事務所も自分のところの子を売りたいが為にそれなりの金額を積んでくる。


 そういう、ゴリ押し枠を悪だと御堂は思わない。


 だがそれと同じものを無所属の素人に求めるのは、あまりに酷ではないだろうか。


「じゃあ、駄目だ。万が一こいつらが目立って他の事務所のVtuberが食われたら、君、どうする気だ」

「ですが流石に申請を弾いたらクレームが……。彼女達はイベントの参加申請をしたという動画もアップされてますし」

「なら――。そう発表すればいい。一人だけなら、まあ賑やかしとして構わないだろうさ」


 それで話は終わりだとばかりに、千石が立ち上がった。その顔には、もうこの話題には興味がないといった表情が浮かんでいる。


「それはいくらなんでもクレームが出ますって!」

「それを上手くやるのが、君らの仕事だろう。とにかく金もない、金にならない素人に二枠も割くのは許容できない。ラストネイルがもう一枠欲しいと打診してきている。そっちに回せ。話は終わりだ」


 そう言って、千石が会議室から出ていった。


 会議室内に、沈黙が降りる。


「……クソが」


 思わずそう悪態を付いてしまう御堂だったが、その程度で済んだのが奇跡なほど、その腸は煮えくり返っていた。


「なんで、頑張ってる奴が大人の事情で落とされなきゃいけないんだよ!」


 思わずそう叫んで、テーブルを叩いてしまう。


「でも千石さんに逆らったら、イベントが消えますよ」

「消えた方が損失でかいのに」

「見せしめだろうさ。アルタからすりゃ、うちのイベントなんて五万とあるうちの一つしかない。そしてアルタ側の意向に沿わない会社は潰す。そういうことだろ」

「守銭奴が」

「でも、アルタがあっての俺らだからなあ」


 その後も会議室は、アルタに対する愚痴会場になりつつあるが、御堂だけはジッと考え込んでいた。


 誰よりもVtuberという存在、そしてこの業界を愛している男だと自負しているからこそ――今回ばかりは引きたくなかった。


「やっと……この業界の最大の問題である、無所属差別問題にメスを入れられる機会だ。俺は、なんとしてもあの二人を出させてやりたい。あの二人は二人揃ってこそ、輝く気がするんだよ。だが、素人にン百万も出させるなんて絶対に駄目だ」

「じゃあどうする気ですか? アルタ側が折れることは絶対にないですよ」

「ムリだろ。一枠だってあのハゲは言っているんだから、どっちかには諦めてもらうしかないし、そうなると間違いなく、団長……じゃなかった盾野リッタが辞退するでしょう」


 一人のスタッフがそう言うと、数人が頷いた。


「いや、方法は……

「へ?」


 御堂の言葉に、全員が首を傾げた。


「――だが、褒められた手ではないし、こんなことをこちら側の都合で強要させるなんて最悪だ。だけども……これしかない」

「どうするつもりです?」

「千石さんの支持通り、無所属は一枠だけにする。だがそんなことは公表できない。なあ、この枠の定義ってなんだ?」

「へ? そりゃあ条件にもあるようにチャンネルでしょ。あ、なるほど」


 一人のスタッフが納得がいったような表情になるのを見て、御堂が頷いた。


「そういうことだ。とりあえず俺、あの二人に会ってくるよ。どこまで言うかはまだ決めてないが……これは人づてに伝えていい内容ではない」

「御堂さん自らですか!?」

「ああ。それに、会ってこの目で確かめたいって気持ちもある。あの二人は――無所属の星になるかもしれん。そうしたら、この業界、もっと面白くなるぞ!」


 御堂がそう熱く語り、立ち上がった。


「かはは、良いっすねえ! 俺達も協力しますよ!」


 御堂の言葉にスタッフが次々賛同していく。


 結局その場には――生粋のVtuber好きしかいなかったのだった。

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