第15話:好きなんて言えない
「この子の体験レッスン――あたしがやっても?」
姉がいきなりそんなことを言いだしたので俺と竜崎さんが驚いていると、坂崎先生はのんびりした声で『いいよ~』とだけ答えた。
「え? え? え?」
混乱する竜崎さん。
「はい、というわけで、早速やろっか。足のサイズいくつ? あたしとそんなに変わらなさそうだし、靴貸したげる」
「あ、いや、俺が教えるって話で……いやそもそも今日は見学だけで」
「本気でダンスやるんでしょ? 他のVtuberなんて全員ぶっ飛ばすぐらいのダンスをするぐらいの気概はある?」
「あ、あります!」
竜崎さんが力強く答えた。
「よろしい。そもそも男女よりも、女同士の方がやりやすいでしょ」
「ぐぬぬ……そりゃあ姉貴に比べたらそうだが……」
姉は、この教室でも半分講師のような形でダンスレッスンを行っていた。だから俺よりは教えるのは上手い。竜崎さんのことを思えば、俺より姉が教える方が遙かに良いのだが……。
竜崎さんと手取り足取りダンスレッスンするという俺の野望があああああ!
そして俺は忘れていた。姉は自分にも他者にも厳しい人間だが、一度認めると死ぬほど甘くなるし、世話をしたがるという性格なのだ。
「ふふふ……あんな風に面と向かって、ケンカ売られたの久しぶりだわ。真姫ちゃんみたいな子、あたし好きよ?」
「別にケンカ売ったつもりはありません」
竜崎さんはそう言いながら、姉に借りた靴をはき始めた。俺はさりげなく手を出して、彼女の上着や荷物を預かっておく。
「そうね、あたしが一方的に喚いていただけだしね。さ、まずは柔軟よ」
「はい!」
俺の出番はなく、姉による個人レッスンが始まったのだった。
「あーあ、綾香ちゃんに気に入られちゃったねえ。本当は律太君が教えたかったんでしょ?」
村田さんが休憩スペースにすごすご退散してきた俺を見て、声を弾ませた。
「まあ、本人の為を思えば、姉に教えてもらうのが一番良いでしょうよ」
「初対面であれだけ、年下でしかも同性の子を気に入るなんて珍しいねえ。個人レッスン始めるんじゃない? あの子、生徒欲しがってたし」
「どうなんでしょうねえ」
姉はプロ志望で、だけども当然それだけでは食っていけないから、必然的にどこかの教室でプロ講師として生徒にダンスを教えることになるだろう。
その練習相手とでも言うべき人を探していたのは事実だ。そして、どうにも竜崎さんをそのターゲットにしたような気配がある。
竜崎さんは無料でプロ同然の姉から指導を受けられるし、姉は生徒を得られるのでどっちにも得がある。
「俺が連れてきたのに~」
「あはは、君が拗ねるなんてこれまた珍しい」
「青春だねえ」
村田さんと侑季先輩がニヤニヤしているのが気に食わないが仕方ない。
こうしてその日は、午後になっても、姉のレッスンが終わることはなかった。
☆☆☆
「じゃあ、真姫ちゃん、また今度ね!」
「はい! 来週もよろしくお願いします!」
すっかり仲良くなった竜崎さんと姉は、連絡先を交換したようで、やはりというか、次のレッスンの約束をしていた。坂崎先生も、『レッスンのない時間なら自由に使っていいよ~』というこれまた緩い感じなので、おそらくこれからも二人はここでレッスンを行うのだろう。
俺は蚊帳の外ですね!
「あいつ、初日から本気出し過ぎだっつの。竜崎さん、疲れたでしょ?」
バテバテになった竜崎さんを連れて、俺は駅へと歩いていく。
「疲れた……でも、楽しかった! 綾香さん、最初は怖かったし、嫌な人だなって思ったけど、良い人だね。立野君のお姉さんなのも納得」
「あいつ好き嫌いがはっきりしてるから、好きになるととことん甘いんだよ……。竜崎さんは珍しくめちゃくちゃ気に入られてたな」
「ありがたいね。教えるの凄い上手だったよ! なんかちょっと自信出てきたかも!」
そう言って眩しい笑顔を俺に向ける竜崎さんは、心なしかその表情が少しだけ<紫竜ひめの>に近付いていた。背筋も伸びてるし、見違えるようだ。
「姉の実力は間違いないからね。きっと続けたら俺以上に上手くなるよ」
「あー!」
竜崎さんがいきなり声を上げたので、俺は飛び上がりそうになった。
「どうした!? 忘れ物!?」
「……立野君のダンス、見たかったなあって」
竜崎さんが嬉しそうにそう言ってくれたので、俺は一安心しつつ、それはちょっと恥ずかしいなあと思った。
「あはは、俺より姉のが上手いからそっちのが参考になるよ」
「上手い下手じゃなくて、立野君のが見たかったの」
「まあ、FREEに通うなら俺と会うこともあるし、その時に見れるよ」
とりあえず校外でも会える場所が出来たし、良かったと思っておこう。
「そっか! 楽しみにしとく。ふふふ、今日の配信のネタいっぱいできたなあ」
「おお~楽しみだな!」
そうして俺はいつまでも辿り付くなと思いつつも――駅に着いてしまった。
「じゃあ、今日は本当にありがとうね、立野君。ほんとうに感謝してる」
「いや、いいんだよ。Vtuber、頑張ってね。応援してるから」
「うん! それじゃ!」
小走りで改札の向こうへと消えた竜崎さんを見て、俺はギュッと手を握った。
「好きって……言えないよなあ」
Vtuberを一生懸命やろうとしている竜崎さんを見てると、デートしたいとかイチャつきたいとかいう俺の願望は些細なことに思える。
「俺も頑張りますか」
俺には、盾野リッタがいる。竜崎さんへの想いは、そこでぶつけよう。駅の構内で俺は大きく伸びをすると、なんだか妙な達成感を味わいながら、帰路についたのだった。
――俺が丁度家に着いた頃に、一見のメッセージが届いた。
竜崎さんかな? と思って確認した俺はその通知を見て、一瞬フリーズしてしまう。
そこにはこう表示されていた。
『少しお話したいことがあります。今夜、エステライトVR事務所で、お会いできませんか――
それは――いつかあのオーディション会場で出会った進行役の女性、光岡さんからのお誘いだった。
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