第14話:蛇VS蛙


「げっ……ななななんでいんだよ! 今日はイケメンとデートとか言ってただろ!?」


 俺は動揺を隠しきれずに、竜崎さんの存在を忘れて目の前にいる、姉――立野たちの綾香あやかへと食って掛かる。


「大会近いの思い出してさ。それによくよく考えてみれば、さしてイケメンでもないしいいやと思ってドタキャンして、練習に来たんだけど……ははーん」


 姉が俺の慌てた様子と、隣でどうしたらいいか分からず立ち尽くす竜崎さんを見て、にやりと意地の悪そうな笑みを浮かべた。


「だからあんた昨日、珍しく私の予定なんて聞いてきたわけだ。ふーん、へー」


 ダンサーにありがちな強烈な目力で見つめてくる姉に、竜崎さんはまさに〝蛇に睨まれた蛙〟状態になっていた。


「で、その子誰?」

「俺のクラスメイトだよ。ダンスに興味あるから連れてきただけ」

「連れてきた……? そうは見えないけども」


 姉がスッと目を細めた。


 この姉は、弟であるというひいき目を抜きにしても、美人だと思う。スタイルもいいし、ムカつくことに頭までいい。このダンス教室の中でも飛び抜けて上手で、大きなダンス大会の優勝を何度も経験しているほどの実力者だ。


 来年大学卒業を控えているが、おそらくプロダンサーになるのだろうと勝手に思っている。


 特別仲が良くも悪くもないが、、俺は絶対に姉を竜崎さんに会わせたくなかった。


「りゅ、竜崎真姫です! 今日は無理言って立野君に連れてきていただきました」


 竜崎さんが頭を下げたのを見ても、姉は表情を変えない。


「ふーん。まあ、生徒が増えるのは大歓迎よ。それで……竜崎さんはなんでダンスを? こいつに何をそそのかされたの?」

「ま、まあ理由はなんだっていいじゃないか! ほら、さっさと練習してこいって!」


 俺は嫌な予感がして慌てて間に入る。


 しかしぎろりと姉が睨んできて、一言。


「あんたには聞いてない」


 あう。


「――別に隠すことでもないよ立野君。私はVtuberをやっています。ダンスは今後の活動で必須なので、習いたいと思ってきました」


 さっきまで怯え気味だった竜崎さんが姉の目をまっすぐ見て、そう堂々と言ったのだった。でも俺には見えた。その手が微かに震えているのが。


「……ならうちは止めた方がいいよ。、もっといい教室あるし。なんならあたしが紹介してあげるけど? 律太はここしか知らないし」


 姉の氷のような言葉が竜崎さんに突き刺さる。


 そう。この姉は――Vtuberが大嫌いなのだ。


 だからこそ会わせたくなかったし、関わらせるつもりもなかった。


 完全に……俺の目算が甘かった。


 あんな言葉を浴びせられて、平気なはずがない。俺はせめて姉の言い方に抗議しようと、竜崎さんの前に出ようとする。


「おい、その言い方はないだ――」


 しかし俺が全てを言い切る前に――竜崎さんが一歩前へと出た。


 そして、こう言い放ったのだった。


「なにを?」

「Vtuberのことを、お遊戯と言ったことです。そういう感覚の人がいることは否定しません。ですが本気で、人生賭けてやっている人だっています。それを小馬鹿にしたような言い方は、良くないと思います」


 俺にはもう、竜崎さんが蛙には見えなかった。その手の震えはもう止まっていた。


「仮面被って、馬鹿なオタクを騙して金巻き上げて……やってることは全部素人芸。これがお遊戯じゃなくてなんなの? せめて素顔でやりなさいよ、アイドルみたいに」

「素顔でやる勇気の無い人や、容姿にコンプレックスを抱えて生きている人だっているんです。そういう人が、もう一人の自分を創造して、表現する場があっても私は良いと思います。素人芸と仰るなら、やってみたら如何ですか?」


 おお……あの大魔王のような姉に同性で立ち向かう人、初めて見た……。竜崎さんのVtuberにかける想いの熱さに、俺は感動していた。


 いや、感動している場合じゃない。


「姉貴。Vtuberが嫌いだってのを否定するつもりはねえけど、どんな理由であれ、竜崎さんは本気でダンスやろうとしてんだから水を差すなよ。そもそも、お前何様だよ。よその教室に行けって言っていいのは坂崎先生だけだろ、偉そうにすんな」

「言うねえ。ま、でも確かにその通りかも。ごめんね真姫ちゃん、あたし言い過ぎた。お遊戯という言葉は撤回するわ」


 姉が表情を崩してにこりと笑いかけた。しかし、竜崎さんは表情を変えない。


「……ありがとうございます」

「真姫ちゃんが本気なのは良く分かったよ。うーん、でも君可愛いし、Vtuberやる必要なくない? おっぱいも大きいし」

「ふえ……? ひゃっ! なななな、何するんですか!?」


 いきなりおっぱいを掴んできた姉に、竜崎さんは顔を真っ赤にして叫んだ。


「なるほど、律太はこういうのが好みか……ふむ……面白い」

「ば、馬鹿、何やってんだいきなり!」


 これ絶対に、竜崎さんのことが好きだってバレてる! マズイ、この姉はそういうこと容赦なく言うタイプだ!


 だが、姉はそれよりも、もっと驚くような発言をしたのだった。


「まあいいや。坂崎先生! この子の体験レッスン――?」

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