第13話:FREE
「じゃあ早速、行こうか」
「うん」
待ち合わせ場所に現れた竜崎さんは俺の予想に反して、白のTシャツの上にネイビー色のマウンテンパーカを羽織り、ショートパンツにスニーカーというスポーティな格好をしていた。
勝手なイメージで、フリフリの多いフェミニンな服を着ているイメージだったが、これはこれで素晴らしい……。
「ダンス教室は駅の裏にあるから、すぐだよ」
俺は竜崎さんを先導するように、駅の構内へと入っていく。土曜日ということもあり、駅はそれなりに混雑している。
「ここの駅、ちゃんと入るの初めてかも」
「竜崎さんの家って、こっちじゃないんだ」
「うん。自転車通学してるから」
「羨ましいなあ。電車通学めんどくさいからね」
今いるこの駅は俺の家の最寄り駅だが、高校は二つ先の駅にある。そこに住んでいる竜崎さんには確かに縁の無い場所かもしれない。
「でも、電車通学って少し憧れるなあ。私、ずっと地元の学校だったから」
「ワクワクするのは最初の一ヶ月だけだったけどね。まあ帰りにぶらぶら出来るのはいいことかな?」
「そっかあ。あ、シュークリーム屋さんがある!」
竜崎さんが駅構内にある、髭の生えたオッサンがトレードマークのシュークリーム屋を見つけてはしゃいだような声を出す。
少し緊張気味だった彼女の表情が和らいだような気がする。もしかしてシュークリーム好きなのかな?
「ふむ。お昼前だけど、ちょっと手土産に買っていくか」
「ダンス教室に?」
「そう。あ、すみません、この十個入りと……あと単品を二つ」
俺が会計をしようとすると、竜崎さんが肩から提げているオレンジ色のポーチから財布を取り出そうとするので、それを制止する。
「ああ、いいよ。俺が出すから」
「でも、私のワガママで行くわけだから」
「大丈夫大丈夫。はい、これ竜崎さんの分」
俺はそう言いながらシュークリームを一つを竜崎さんに差し出した。
「いいの!?」
花が咲いたように笑う竜崎さんが眩しくて失明しそうだ。たかが百五十円でこれなら安いもんだ。
「あはは、いいよ。シュークリーム好き?」
「大好き! この世でいちばん好きかも」
嬉しそうに受け取った竜崎さんが目を輝かせてシュークリームを見つめている。
「大袈裟だな。まだちょっと時間あるし、ここで食べていこうか」
店の横にある飲食スペースに並んで座ろうとすると、竜崎さんが小走りで隣にあった自動販売機へと向かった。
俺が座って待っていると、彼女はミルクティーのペットボトルを二つ買ってきて、一つを俺の前に置いた。
「はい、お返し」
「お~ありがとう! ごめんな気を遣わせて」
「いいの、いいの。じゃあいただきます」
竜崎さんが嬉しそうシュークリームへとパクついた。
「うん、美味しい!」
「俺もここのシュークリーム好きだなあ。値段と味のバランスがいい……らしい。姉の受け売りだが」
「立野君、お姉さんいるんだ。女性慣れしてるもんね」
「小煩いし、母が二人いる気分だよ」
少し歳が離れているせいで、余計にそう感じてしまう。そもそもダンスを始めたのも姉に無理矢理ダンス教室に連れて行かれたせいだ。
ちなみに今日は姉がダンス教室に来ないことは確認済みだ。竜崎さんといるところを見られた日には、災難しか待っていないことが容易に想像出来る。
「私一人っ子だから、羨ましいなあ」
シュークリームを食べ終えた竜崎さんが、唇についたシュークリームを舌で舐め取った。それを見て、俺はすぐに目を逸らす。
なんか妙に色っぽい仕草でドキドキしてしまう。
「美味しかった! 立野君ありがとう。実はちょっと緊張していたけど、ちょっとほぐれてきたかも」
「いえいえ。こっちこそ紅茶ありがとう。じゃあ行きますか」
俺は手早く残ったゴミを片付けると立ち上がった。
そのまま駅構内を抜けて、駅裏へと出る。
そこはちょっとした飲み屋街になっていて夜は大人達で溢れているが、日曜日の昼間ということもあり、人はまばらだ。
興味深そうにキョロキョロする竜崎さんが可愛くていつまでも見ていたいと思うものの、ダンス教室はもうすぐ目の前に来てしまっていた。
「あ、もしかして、あれ? あの〝FREE〟って書かれてる看板」
竜崎さんが目敏く見つけてしまったので、仕方ない。
「そう。あれが俺と姉の通うダンス教室〝FREE〟。小さい教室だけど、先生は元世界大会優勝者だよ」
俺は雑居ビルの二階へと続く階段へと向かった。
微かに漏れてくる音楽に、自然と気分が高揚する。
〝FREE〟とスプレーアートっぽく書かれた黒い扉を開けると、解き放たれたかのように軽快なリズムが俺と竜崎さんへと殺到する。
「ちわーっす!」
「こ、こんにちは……」
俺は大声で挨拶しながら、中へと入る。竜崎さんの声は小さすぎて、中で鳴る音楽に掻き消されてしまった。
土足厳禁なので、靴箱に自分と竜崎さんの分のスニーカーを仕舞う。
「凄い……」
鏡張りのダンスフロアでは、ここのオーナー兼講師である
俺にとっては見慣れた雰囲気だが、竜崎さんは立ち尽くしてその光景を食い入るように見つめていた。
あえて俺は何も言わず、休憩スペースに買ってきたシュークリームの箱を置いて、テーブルに端に置いてあるメモに〝ご自由にどうぞ〟と書いて箱の下に挟んだ。
数分後、ダンスが終わり音楽が止む。
「はい、じゃあ今日はここまで」
「ありがとうございました~」
時計を見ると、丁度午前十一時だった。確か土曜日はこれから社会人クラスがあるはず。
「お、来たね、律太君」
坂崎先生が汗を拭きながら、俺へと手を挙げた。
「立野君、珍しいね日曜日に」
「おや、そっちの子は?」
上級者クラスの
幼い頃からいるせいで、この教室の生徒とはほぼ全員が顔馴染みだ。
「どうもっす。今日は、ちと見学で」
「こ、こんにちは……」
竜崎さんが俺の横で、挨拶して顔を下げた。
「あれあれ……もしかしてその子、カノ……いや止めとく。あぶな、おばさんみたいなセリフ吐きそうになった」
「あたしらもうアラサーだし、彼等からしたらもうおばさんだって」
「侑季、あとでしばく!」
仲良しの村田さんと侑季先輩がいちゃつきながら、休憩スペースへと座って、スポーツドリンクをがぶ飲みする。
「お、シュークリーム! もらっていいの?」
「どうぞ。でも村田さん、一応言っておきますけど、一人一個ですからね」
「分かってるって。いやみな奴だなあ。前にちょっと独り占めしただけなのに」
村田さんが愚痴りながら、シュークリームにかぶりついた。
そうしてるうちに、坂崎先生がやってくる。明るい茶に赤のワンポイントが入った派手めの髪に、黒と赤のダンスウェアを纏う引き締まった身体。まさに女性ダンサーって感じの見た目だ。
「こんにちは、初めまして。このダンス教室〝FREE〟のオーナー兼講師の坂崎です」
「こ、こんにちは! 今日は見学に来ました、竜崎真姫です」
竜崎さんがぺこりと頭を下げた。
「俺のクラスメイトで、ダンスに興味があるからって連れてきたんだよ」
「ふむふむ。なるほどぉ……ふーん。ちょっとごめんね」
「へ? ふえっ! ななな、なに!?」
坂崎先生がいきなりしゃがむと、竜崎さんの足やらお尻やらを触り始めた。羨ま……けしからん!
「ふむふむ。うーん、なんか運動やってた? 短距離走とか」
パッと離れた坂崎先生が、少し涙目になっている竜崎さんにそう聞いた。
「あ、はい……。中学の時に短距離走やってました。高校に入ってからは帰宅部だけども、走り込みは時々やってます」
竜崎さん、陸上部だったんだ……なんか以外だ。なるほど、それならこのスポーティな格好も納得できる。
「うんうん、足の筋肉の付き方がほどよく良い感じだね! あんまりガチガチ過ぎるのもあれだけど。じゃあ、まあとりあえず、今から社会人クラスがあるから、自由に見学しててね。律太君、解説とコーチよろしく~」
そう言って坂崎先生は手をヒラヒラさせると、再びフロアに戻っていった。良くも悪くもてきとうな人なので、色々とあっさりしている。
「なんか凄いオーラ……いいなあ」
羨ましそうに坂崎先生を見つめる竜崎さんを見て、俺がドヤ顔で言葉を返す。
「良いダンサーってのはそういうもんだよ」
「そうなんだ……それより、律太君、コーチとか出来るの?」
「あ、いや、ほら、ボランティアで、子供に教えたりしてるだけだって!」
子供連れで来る生徒さんは案外多く、そういう子は自然とダンスをしたがる。だけどもここの教室は小さく、講師も坂崎先生ともう一人しかいないので、キッズクラスまでは出来ないそうだ。
だから俺や姉や他の生徒がボランティアでそういう子達にダンスを教えたりしている。
大体の子がそのまま生徒として入ってくるので、まあ営業みたいなものだ。
「律太君は凄いね」
「そうか……?」
「うん。踊ってるとこもみたいな」
「それはちょっと……恥ずかしいなあ」
なんて会話していると――後ろで扉が開く音がした。
社会人クラスの人が来たかな? そう思って振り向いたら、そこには――
「あれ? なんであんたがいんのよ」
――姉の
それは、今一番会いたくない人物……ナンバーワンであった。
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