第12話:粗相団チャンネル


 その日――SNSに突如現れた〝無名の騎士〟というアカウントが貼ったゲリラ生配信に、すぐに気付けた者はほんの十数人しかいなかった。



***

・きたああああああああ

・告知せーよw

・やっぱりブイッターにある他のアカウント全部偽物で、こいつが本物だな

・本人きたー! はよ!

・何を言い出すか楽しみだぜ

・いい加減、名乗れや

***



 気付いた者が次々と待機所のコメント欄に書き込んでいく。僅かに熱を帯びたそのコメント欄は、期待半分、怖いもの見たさ半分といった感じだろう。


 そして数分後――動画が開始された。


『ま、まことにごめんなさい!』


 そこには土下座した、あの金髪騎士の姿があった。



***

・開幕土下座かよ

・ドゲザ

・ごめんなさいしてて草

・そこは、まことに申し訳ございません、だろw

・↑そういうネタだよ

・今日は、ちゃんと名乗ろうね

・ステ様に怒られたのかな?

・↑ステ様がこんな小物を相手するわけねえだろ

***



『えー……わたくし<盾野リッタ>はこのVtuber界隈を騒がせてしまったことを反省をしております。特に、何の関係もなく、勝手に応援しているだけの<紫竜ひめの>様に対して大変申し訳なく思っております。本当にごめんなさい……』



***

・名前サラッと言ったwww

・しかし盾野リッタか。普通だな

・リッタってことはやはり騎士モチーフなのか

・盾野のくせに、こないだ盾放り投げてて草

・今も装備してねえじゃん!

・デビュー動画の次が謝罪会見とかどんなんやねんw

・<ひめの>たんのチャンネル登録したぜ、団長!

・↑団長いいなw

***



『さらに、仕込みじゃねえかと疑われた各事務所の皆様も、マジですみません。どこも関与を否定されましたが、仰る通り、俺は正真正銘の無所属です。これからもどこかに所属することはございません』



***

・みんな陰謀論好き過ぎ

・ただの一個人の暴走説がやはり当たりだったが。それが逆に凄いがw

・りったんそれより、早くひめのんの動画見返そうぜ

・団長に言われてちゃんと予習してきたぞ

・お前らキモ。こんなんただの売名目的の戦略だろ

・↑それ含めでエンジョイしてるんだって、キッズはお帰り

・本人乙

・は?

***


 にわかにコメント欄荒れ出したが、金髪騎士――盾野リッタは気にせず、顔を上げた。


『というわけで、謝罪終わり! うっし、じゃあ今日も<紫竜ひめの>――最近ついた愛称はひめのん――を愛でていくぞ! お前ら準備はいいか! 俺についてこい!』


 その顔には、満面の笑みが浮かんでいる。



***

・反省してねえ!

・ちゃんと反省して

・やっぱりこいつはこいつだった

・ぜってー、誰かに謝罪しろって言われたからやっただけだろw

・そうこなくっちゃ!

***



『はい、というわけで、まずはデビュー動画から振り返りまーす。当然、ここには流さないので各自で同時視聴しろよ! はあ……初手で可愛いよこんちくしょう……。あ、ちょっとここ聞いて、三分二十二秒の〝それでは皆さんに竜の祝福がありますように〟ってところ! ひめのんの初めて〆台詞で耳が妊娠しちゃうおおおお!!』


 そこから始まったのは、怒濤の<紫竜ひめの>動画のレビューだった。


 秒単位で刻んでは、〝ここの声が最高にチョコレート〟〝仕草が次元を超えてる〟〝表情がエレベスト級〟などの意味不明な言葉を連発していく。



***

・もちつけ

・耳で妊娠するとかエイリアンかよ

・仕草が次元を超えるってなんだよ

・エレベスト級で草

・流石団長だぜ……秒単位で見てやがる

・リッタが団長なら俺らはなんなんだ?

・下っ端騎士だろ

・団員で良いんじゃね

・どんな騎士団だよ……

***



『なるほど……騎士団か。それ、採用! <(S)世界の至宝(S)紫竜ひめのを(O)大いに盛り上げる騎士団>略してSSO団だ! 俺が団長の盾野リッタだ! みんな続け~』


 画面内で力強く拳を突き上げるリッタを見て、コメント欄が加速する。



***

・それは怒られる

・むしろ怒られろ

・なるほど、粗相そそう団ですな

・↑粗相は草

・粗相団ワロタ

・あ、チャンネル名が変わったwww

・<粗相団チャンネル>になってるw

・コメント反映がはええよホセ

***



『いやまあ、実際やらかしてるしね……。とりあえず下ネタは封印します! バキュンしません宣言! あとチャンネル登録者数、今見たら千人超えてるけど、ひめのんの方もちゃんと登録しろよ! このチャンネルだけしてるとかいうやつは入団資格ねえからな!』



***

・横暴で草

・バキュンしません宣言、録音しといた

・ワイはリッタちゃんが好きなんや~

・↑ゲテモノ好きかな?

・お前も同類だろ

***



『俺にはね、目標があるんだ。それはひめのんと共に、<燎夏りょうか大祭たいさい>に出ること! その為にも、ひめのんを死ぬほど、いや死んでも応援してなんとかチャンネル登録者数三千人を超えさせてあげたい……っ!』


 そう訴えるリッタの目には、本気の光が宿っている。



***

・団長の気持ちは分かるけどさ、実際問題本人次第だと思うが

・夏祭に団長出たら事故だろw

・ひめのんは王道だからなあ……そういうVtuberごまんといるし

・可愛いし、声もいいけど、パッとしないというかなんというか

・向こうが線香花火なら、団長は核地雷だな

・戦略兵器で草

***



『やっぱりね、声がいいから、そっち方面で活躍して欲しいのよね俺的には。寝る前に動画見たらマジで寝付きが良くなったし、睡眠の質も爆上がり。これ、学会で発表できるんじゃね?』



***

・できねえよw

・学会エアプ

・実際問題、ASMRは効果あるらしいぞ

***


『……ASMR? なんかロボットアニメに出てくるヤバい兵器?』


 首を傾げるリッタの頭上にハテナマークが浮かぶ。



***

・確かにありそうだが、違うw

・グ〇れカス

・Autonomous Sensory Meridian Response――は、人が聴覚や視覚への刺激によって感じる、心地良い、脳がゾワゾワするといった反応・感覚のことや。直訳すると自律感覚絶頂反応(じりつかんかくぜっちょうはんのう)になるんやな。読み方は「エー・エス・エム・アール」だが、「アスマー(エイスマー)」や「アズマー(エイズマー)」と呼ぶ傾向もあるやで

・wikiこぴぺ乙

***


『ぜ、絶頂反応!? なんかエッチな響きだ!』


***

・お前だけだよw

・中学生かw

・下ネタ封印どこいった

・まあほら、バキュンはしてないから……

***



『ああ、理解。これ、めっちゃ良いじゃん! 絶対やるべきだよ! もしひめのんのASMRあったら俺イヤフォン耳に埋め込んでずっと聞いてたい!』


 その後もコメント欄と共に、〝いかに<紫竜ひめの>のチャンネル登録者数を増やすか〟で動画は大いに盛り上がり、その日の配信は無事に終わった。


 それと同時に、Vtuber達がメインで使っているSNS、ブイッターのアカウント名が無名の騎士から<盾野リッタ>へと名前が代わり、フォロワー数はあっという間に五千人を超えた。


 こうして盾野リッタの粗相団チャンネルは、二日目にして早くもVtuber界隈で話題となり、そして同時に無所属差別についての議論が巻き起こり始めたのだった。


☆☆☆


 翌日の土曜日。


「竜崎さんからメッセージきた……読むの怖い……」


 昨日の配信、思い返せばかなりキモかった。もはやリッタは嫌われてしまったかもしれないと思って、恐る恐るメッセージを開くと――


『立野君へ。ちょっと相談があります。ASMRってのに挑戦しようと思うけど、どう思う? あとダンス教室にも興味があります。ご迷惑でなければ、一度見学に連れていってくれませんか?』


 こ、これはまさか……


「で、デートのお誘いでは!? しかもASMRってもしかして偶然!? それとも動画見てくれた!?」


 俺は光の速さで、返信した。多分、俺史上最速のタイピングだったと思う。


 その結果――その次の日である日曜日。


「おはよう立野君。ごめんね、日曜日なのに」


 待ち合わせ場所に指定した駅前に現れたのは、私服姿の竜崎さんだ。


「いや全然! 俺こそ、いきなり今日指定してごめん!」

「大丈夫。じゃあ、いこっか」


 そう、今日は――竜崎さんとのデートである!

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