第11話:ズルいや
翌日、昼休み。
俺は告白に呼び出されたが如く、ガチガチに緊張しながら学校の中庭にある〝えんぴつ広場〟へと向かった。
赤い鉛筆の下。いつものベンチに、竜崎さんはいつものように座っていた。真剣な表情でタブレットを見つめており、その顔色からは何も読み取れない。
「よ、よお!」
俺は噛みそうになりながら片手を上げて、来ましたよアピールをする。
「あ、立野君。ごめんね、昨日は夜遅くにメッセージ送っちゃって」
竜崎さんがタブレットから顔を上げながら、少しはにかみながら小さく俺へと微笑んだ。その微笑みは、<紫竜ひめの>の笑顔とは違うが、より解像度が高いというかなんというか。
つまり――あぁ~竜崎さんは天使なんじゃぁ……。
「隣、いいか?」
「うん」
竜崎さんが少しだけ横にズレてくれて、俺はその横に座った。それだけでQOL爆上がりなんだが、それを顔に出すわけにもいくまい。
俺は冷静に紳士的に、会話を始める。
「昨日の動画も凄く良かったよ。やっぱり竜崎さんは声が凄く良いよね。めちゃくちゃ癒やされる」
「あはは、ありがとう。立野君っていつも褒めてくれるからなんか勘違いしちゃいそう」
いや、勘違いじゃない! ないんだけど、竜崎さんはどうにもその辺りの自信みたいなものががないように見えた。謙虚なだけかもしれないが……。
「そんなことないって。俺さ、他のVtuberも動画いくつか見てきたけど、声にあそこまで惹かれたのは<ひめの>だけだよ」
「嬉しい。立野君もすっかりVtuberにハマってるね」
ちょっとだけ声を弾ませた竜崎さんがキュート過ぎて死にそうですが、ハマっているどころかVtuberデビューしちゃったよ……。
「あはは……まあね。それでさ、どうしたの? いや俺としてはこうして雑談してるだけでも楽しいんだけど」
深夜にメッセージを送ってくるぐらいだ。きっと、何か相談があるに違いない。
そして何度シミュレートしても、謎のクソ無名Vtuberによる風評被害に困っているという相談しか思い当たらない。そしてそれであれば俺は土下座せざるを得ないのだが、そうするとあれが俺だとバレてしまう。
「えっとね、もう立野君知っているかもしれないけど……〝無名の騎士〟について……なんだけど」
で・す・よ・ね!!
あああ……俺の馬鹿! 昨日の俺を抹殺する為に今だけタイムマシーンを使わせてくれ!
「えっと……なんかSNSでバズってるのは知ってる。<ひめの>のなんかファン? だとかなんだとか」
バズってるどころか、絶賛炎上中だよ! 色んな陰謀論が飛び交ってて地味にちょっと面白いのだが、その余波が<紫竜ひめの>にまで及んでいることを考えると平謝りしたくなる。
「うん。なんかね、<ひめの>の事を凄く応援しているらしくてね、こっちの動画のコメント欄にもその動画から来たリスナーらしき人がいきなり増えたの。再生回数も、チャンネル登録者数もね凄く増えて、さっき、五十人突破した」
お? あれ、もしかして……これ俺、いい仕事した?
「なんか最近ずっと、この界隈にいたらいけないのかな? 邪魔なのかな? って思うようになってて、なんでこんなことやってるんだろうって冷静になる時もあって。でもその人のおかげで、私は〝いても良いんだ〟って思えるようになった。無所属だって頑張れる! そういう気が不思議としてくる」
届いてる。俺の声が、俺の想いが届いてる!
でも、少しだけ複雑だ。俺は最初からずっとこうして応援していた。竜崎さんは感謝していたけど、それだけでは足らなかったみたいだ。
でも仕方ない。俺はただのクラスメイトで、友達ですらない。そんな奴の褒め言葉なんて素直に受けとれるわけがないもんな。
多分、昨日の動画を事前撮りした奴で済ませていたら、ここまで竜崎さんの心を動かせなかったかもしれない。バズって炎上してもなお、応援したいという〝無名の騎士〟の行為が、効いたのかもしれない。
でも、実はそんなのはどうだってよくて。竜崎さんが嬉しそうなら、俺はなんでもよかった。
「私、頑張ろうと思った。その人が何者かは分からないし、きっと凄い人なんだろうけど、その応援に応えられるように、もっと上を目指そうって」
「良い奴じゃん、その〝無名の騎士〟。俺も動画見てみるか」
そう言うしかない。それ、俺なんです! なんて口が裂けても言えません!
「……! そ、それは……あの……あんまりオススメしない」
一瞬、顔を赤くした竜崎さんは俯いたままそう声を絞り出した。
「へ? あ、べた褒めされてるのが恥ずかしいとか?」
「うん……それもあるけど……」
竜崎さんの声のトーンが下がる。あれ、なんか嫌な予感が。
「――応援は凄く嬉しい。再生回数もチャンネル登録者も増えた。コメント欄のアンチは減って、肯定的な声も増えたんだよ。でもね……私はこの人のこと――
……あいええええええええ!? なんで!? キライなんで!?
「で、でも、せっかく応援してくれてるのに」
「……なんか下品」
ぷぎゃああああああああああ!! 竜崎さん、下ネタはキライでしたか! いやあれは絶対アウトだわ!
「でもまあ、そこじゃなくてね。その人のチャンネル登録者数と動画再生回数見た?」
「あ、いや」
怖くて見てません……。幹也叔父さんからの、〝お前やっぱり才能あるわ〟とだけ書かれて送られてきたメッセージを見て、余計に怖くて見れない。
「チャンネル登録者数、千人を超えたんだよ。昨日の夜にデビューして、まだ一日も経ってないのに。動画の再生数回数だって、私の全動画を合わせても敵わない。しかも色々噂されてるけど、どこの事務所も関与を否定していて、無所属なんだって」
竜崎さんが空を見上げた。その透明な瞳は、少しだけ濡れているように見えた。
「――ズルいや」
そうポツリと漏らした竜崎さんの頬に一筋の涙が流れた。
胸が、苦しい。
俺は、何をやってしまった。
俺は、俺は、俺は……。
「私だってそうなりたかった。でもあんなこと、思い付かないし、思い付いたとしても実行できない。なのに〝無名の騎士〟は堂々とそれをやって、結果も数字も出した。きっとすぐにチャンネル登録者数も三千人を超えると思うよ。<
ああ、そうか。
竜崎さんは……嫉妬してるんだ。応援された嬉しさよりも、同じ無所属デビューでありながら、あっさりと自分を飛び越えた事に対する嫉妬が強くなってしまった。
そりゃあそうだよな。
「でもね、私は……
その言葉を聞いて、俺は竜崎さんへと顔を向けた。
その声には、これまで以上の感情が込められていて、嫌でも俺の心の響く。
ああ、そうか、竜崎さんは――
「負けたくない相手が増えた。前、言いかけて止めたけどね。私ね、Vtuber始めた理由って最初はただの憧れだったの。<空乃ステラ>みたいになりたいって。でもね、今は違う。今は、
竜崎さんは――生粋の負けず嫌いなんだ。
だから悔しかったんだ。いきなりデビューした奴に、数字上では自分を易々と超えていったことを。
「凄いことは出来ないかもしれない。それでも私は私の武器を探して、戦い続けるよ。〝無名の騎士〟だって利用してやる。だから……だから……。だからなんだろ……? あはは、立野君ごめんね、いきなり泣いたり変なこと言ったりして」
ああ、良かった。安心した。
いや、少しでも、もう竜崎さんはVtuberを辞めてしまうんじゃないかと思ってしまった自分をぶん殴りたい。
だから俺は自分の頬を――思いっきりはたいた。
「っ!? どどどど、どうしたの!?」
「いや、ほっぺに蚊がいたから」
めちゃくちゃ手と頬が痛いが、俺は無理矢理微笑んだ。
「まだ、春だよ?」
「気の早い奴がいたもんだ」
「ふふふ……立野君、ほっぺに手の平の跡ついてる」
小さく笑った竜崎さんを見て、俺は決心した。
大丈夫だ。俺は、間違ってない。
「めちゃくちゃね、私燃えてるんだ。負けられない相手が増えた」
「大丈夫。俺は信じてるよ。竜崎さんのことも<ひめの>のことも」
「ありがとう。立野君、嫌じゃなければだけど……またこうやって愚痴聞いてくれない? なんかこうやって話すと、やる気が出るというかなんというか」
竜崎さんの言葉に、俺は冷静さを装いながら自然と答えた。
「もももも、もちろんだとも! 全然迷惑じゃない! むしろ、俺に何か出来ることがあったら、なんでも言ってくれ!」
「ありがとう。そろそろ昼休み終わりそうだし、教室戻ろっか」
そうして俺達は立ち上がった。
空は気持ちいいぐらいに晴れていて、なんだか希望めいた気分が湧き上がってくる。
「竜崎さん、竜崎さんの武器は絶対に声だよ。それだけは覚えておいて欲しい」
「声か……うん。私ね、歌ったりするの好きでね。そういうのもゆくゆくはやりたいなあって」
「良いじゃん! オリジナル曲とかさ! 作っちゃおうぜ!」
「そうだね。作詞と作曲、勉強してみようかな」
「絶対にいいよ! あと、ダンスとかは!? 俺、ダンスはそれなりに出来るからアドバイスできるよ!」
うおおおお、ここが押しポイントだ! 竜崎さんと学校の外で会いたい! デートとかしたい!
「本当に? ダンス教室とか、知ってる?」
「ガキの頃から世話になってるところあるから、良かったら紹介するよ」
「でも、まずは曲が先かな。事務所に所属してれば、そういうのもサポートしてくれるんだけどね。無所属の意地、見せなくちゃ」
やる気を出す竜崎さんを見て、俺は頷いた。
「頑張ろうぜ。〝無名の騎士〟なんてしょせんは一発屋の道化だよ。王道を行く<ひめの>の方が評価されるよ」
「それはどうかな? でも頑張る! じゃあ、またね」
「おう!」
一緒に教室に入るのが恥ずかしいらしく、タタタッっと廊下を駆けていく竜崎さんの小さな背中を見ながら俺は、今夜の配信内容について考えていた。
「よし、今夜も生配信だ」
この〝竜崎さんハイ〟はそうでもしないと収まりそうにないからな!
俺はドキドキしながら――騒がしい教室へと戻った。
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