第10話:熱狂する理由


「俺もしかして……やらかした?」


 配信を終え、リアルに戻った俺は最初は興奮気味だったが、だんだんと冷静になっていく。


 ……なんか凄いことを口走った気がする。


 すると、俺のスマートデバイスに着信の通知が表示された。


「げっ! 奏惠さんだ……」


 なぜか分からないが、着信の時点で凄く怒っているのが分かった。


 凄く出たくない。絶対に出たくない。

 

 しかし、出ざるを得ないのは分かっていた。


「もしも――」

『貴方は一体何をやってるんですかあああああああ!!??』


 声デカッ! やっぱりメチャクチャ怒ってた!! 奏惠さん、さては怒ると丁寧口調になるタイプだな!


「あはは……ちょっとやりすぎ?」

『ちょっとどころではありません!! なんで生配信なんですか!! もう大騒ぎですよ!! それに専用ボイスチェンジャーに、NGワード自主規制機能を搭載してたから良かったものの、下手したら一発BANでしたよ!? 社長は爆笑するし、綾瀬さんは満足そうに仕事に戻ったし。ステラちゃんなんかは眉間に血管浮いてたし!!』


 ……ですよねえ! でもステラちゃん、あの<空乃ステラ>か? 俺の動画見てたの? 


『とにかく、すぐに謝罪動画を! それにそもそも名前すら分からないってどんなデビューなんですか!』

「いやあ、まずは<ひめの>の名前を覚えて欲しいからと思って……たはは、まあ忘れてただけなんですけどね」

『馬鹿! まずは自分を知ってもらって、ファンになってもらって、それから一緒に応援しようって訴えるのが筋でしょうが! 初手でいきなりグーパンしてくるVtuberを推す馬鹿がいますか! コメント欄なんてもうめちゃくちゃですよ!』


 うおお、奏惠さんが正論でめっちゃ殴ってくる。


 うん……コメント欄なんてもう怖くて見れらないからソッと閉じたよ……。


『と・に・か・く! すぐに自己紹介含め、デビュー動画を上げ直しなさい! この配信もアーカイブスから消した方がいいわ! ああ……凄い勢いでSNSを通して拡散されてる……』

「あはは……SNSのアカウント、まだ作ってなくて良かった」

「まだ作ってないの!? もう! 私のアドバイス全然聞いてないじゃない! もう知りません!』


 あ、拗ねた。

 奏惠さん、一応俺より年上だけども、妙に子供っぽいというかなんというか。


 何となくだが、下手な子よりも奏惠さんをそのままVtuberにする方がウケそうな気がする。今度幹也叔父さんに進言してみるか。


 なんて考えていると――


『……いやでも待って。再生数がおかしいわ。どんどん、再生されていくし、チャンネル登録者数が……嘘、もう百人を超えた!?』

「へ? 嘘でしょ?」


 俺はチラリとモニターを見ると、確かにチャンネル登録者数のところに『112』という数字が表示されている。そしてそれは瞬きしただけで、数字が増えていく。


『SNSの有名Vtuberブロガーが動画を拡散してる……〝無名の騎士、鮮烈デビュー〟ですって』

「なんか格好いいっすね、無名の騎士って」

『貴方が名乗らないからですよ! でも、もしかしたら……それが良いのかも』


 へ? どういうこと?


『人は……謎を好む。その正体が謎であれば謎であるほどに、。おそらく、律太君のめちゃくちゃな配信を――事務所の仕掛けだと勘違いしてる。名乗らなかったのには理由があるはず。無所属なのも、配信がめちゃくちゃなのも、

「いや、でもそんな理由はないですよ。動画タイトルとチャンネル登録は、良いのが思い浮かばなかったからだけだし、本当は名乗る予定でしたし。無所属でデビューしたのも俺の都合だし」

『そう。だからみんなね――あるはずのない理由を探しているの。そしてそれは時に人を熱狂させる。律太君、君のこの一見するとめちゃくちゃな配信は……正解だったかもしれない』


 そんな馬鹿な。


『……そうか。綾線さんが言っていたのはこういうことね……。とりあえず律太君、次の動画配信をどうするかに対して私はアドバイスする立場ではもうないけど、この謎解きが飽きられる前に名乗った方がいい。それと、しっかりと<紫竜ひめの>のケアをしなさい』

「ケア?」

『あんだけ、〝ひめのひめの〟って連呼してたら、そりゃあ向こうに凸するリスナーもいるでしょ? とにかく、<紫竜ひめの>とは一切無関係の非公式応援Vtuberであるという立ち位置をすぐに出すべきよ。多分、この勢いだとトレンド入りするかもしれないし、そのタイミングでSNSに公式アカウントを作って発表すればいい』


 やばっ! その可能性を忘れていた! 竜崎さんに迷惑掛かってるかもしれないってなんて、俺一ミリも考えてなかった!


「分かりました。それに関してはちゃんと動きます」

『いい? 発言していいことはそれだけよ。それ以外はやぶ蛇になるから』

「はい!」

『それじゃあ……私は報告書作ってくるから……また何かあればいつでも相談して……』


 奏惠さんはそう言って、電話を切った。


「ふう……結果オーライ……なわけねええええええええ!! うわああああああああ!!」


 冷静に動画で話した内容を思い出すとヤバすぎる。しかもそれが凄い勢いで拡散され、再生されていく。


「今日はもう寝よう! よし!」


 と布団に潜り込むも――寝れるわけがない!!


「やばいやばいやばい……明日から竜崎さんにどんな顔して会えばいいんだよおおおおお」


 俺は布団の中で、ダンゴムシのように丸まって頭を抱えたまま、虚無の時間を過ごした。


 そして気付けば俺は眠りこけていたのだが――枕元で充電していたタブレットから、メッセージが届いた時専用の通知音が鳴り、目を覚ました。


 何か予感めいたものを感じる。


「……まさか」


 俺は跳ね起きると、タブレットを確認した。


 そこには――こう表示されていた。


『深夜にごめんなさい。明日のお昼、少し会えないかな?――竜崎真姫』

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