第9話:無名の騎士


 ――緊張する。

 ――いきなりの生配信動画。


 デビュー動画はVtuberにとって最も大事な動画であると言っても過言ではなかった。もちろん、後から巻き返すことは出来るが、第一印象は中々拭えないものらしい。


 だから奏惠さんからは、必ず事前に動画を撮っておいて何度も確認、編集してから公開するようにと口酸っぱく言われた。


 なのに俺はノープランでしかも生配信で始めようとしていた。勿論、俺だって馬鹿じゃない。やり直しがきく事前撮りの動画を公開した方がいいのは分かっている。


 だけども何度撮り直しても、俺はしっくりくる動画が撮れなかった。


 ――照れもあったと思う。


 どの動画を見返してもそれはなんだか取って付けたようなもので、薄っぺらい内容にしかならなかった。


 こんなもん、見て誰が喜ぶ。竜崎さんは喜ぶか? <ひめの>は喜ぶか?


 否、断じて否だ!


 だから俺は全ての動画を消去して、こうして生配信に臨んでいた。


 上手く喋れないかもしれない。変なことを口走るかもしれない。


 それでも――俺の素直の気持ちを、ぶつけようと思った。


 待機所のコメントを見てみる。


***


・無所属最近多過ぎィ!

・事務所入らないで始める馬鹿を何とかしてくれ

・ほい、いつもの配信スケジュール→https:*********

・有能キター

・また無所属かよ……どうせ失踪するんだから最初からやるなよ

・モデリング叩きの準備は出来てるぞ!

・どうせ無料アプリで作ったやつだろ

・つーか、普通動画タイトルとかチャンネル名に、Vtuber名入れるだろ。何も入ってねえぞ

・<デビュー動画>、<応援チャンネル>ってだけだもんな


***



 ――暇人共が。だがいい、構わない。こうなることは予想済みであり、何のダメージもない。


 そう、俺が戦うべき相手はこいつらだ。こいつらを味方にして、無所属に対する差別やアンチ行為を止めさせることが、きっと<ひめの>の応援に繋がるからだ。


 俺は、セリフを一字一句覚えてしまうほど見直した<ひめの>の動画をもう一度見る。


「ああ! 可愛いなあ!!」


 画面の中で動く<ひめの>がいちいち可愛いのだ。普段の竜崎さんとはまるで違う振る舞いに、心が癒やされていく……。


「ああ……この可愛さを分からんとかこいつら全員節穴かよ……。意味が分からん!! よし、もう始めよう!」


 俺はランナーズハイならぬ、<ひめの>ハイ状態のまま、勢いで動画配信を開始した。


 それはもう、まごうことなき――やけくそだった。



☆☆☆


 真っ暗だった画面に、金髪の女騎士を思わせるアバターが映る。


 背景は古代ギリシャ風の神殿になっており、かなり豪華な見栄えになっていた。


***


・お、キター!

・モデリングクソじゃねえか! ってあれ……

・まさかくっころ枠

・背景すげええ

・これ、マジで無所属?


***


 そんなコメントが流れたと同時に――


『<紫竜ひめの>ばんざああああああああい!!』


 その金髪騎士はいきなり奇声を上げると右手に持っていた盾を放り投げて、万歳を行った。


 端正で可愛らしい顔には狂信者めいた表情が浮かんでいる。


***


・は?

・なんやこいつ(ドン引き

・草

・いや、お前誰やねんwww

・<紫竜ひめの>ってあの叩かれまくってる無所属Vtuberだろ

・デビュー動画で初手、自己紹介じゃないの笑う


***


『良いか、お前ら! 俺の名前なんてどうでもいい。チャンネル登録なんてしなくて結構だ! その代わりに超スーパー最強美少女である<紫竜ひめの>を応援しろ! これは全人類の義務である!』


***


・わけわからんくて草生える

・え? なに、 どういうキャラ付け?

・俺っ子女騎士とはまたニッチな

・無所属Vtuberが何やってんだよ

・応援系Vtuberってこと?

・応援系ってなんだよ


***


『ああ……声を思い出すだけで、脳がとろけるんじゃあ……つーか、俺の動画見てる暇あったら、アーカイブから<紫竜ひめの>の動画見てこいよ、クソ暇人共。あん? 無所属がどうしたって? うるせえ! 俺はあ・え・て、無所属を選んだんだよ!』


***


・お、ケンカかあ?

・顔がイってるw

・リスナー煽り草

・あえて、とか強がり言ってるぜこいつ

・モデリングと背景からして案外そうかもしれんぞ

・これ絶対大手事務所噛んでるだろ

・ぶはwwww何こいつおもろwww

・<紫竜ひめの>って誰だよ……いやその前にお前誰だよ!

・ここまで見て、まだ名前すらも分からんw


***


『特にオススメはだな! 一昨日公開された【<紫竜ひめの>のおやすみなさい】だ! これマジで、寝る前に聞いてみ? トブぞ』


***


・とwwwぶwwwぞww

・だんだんそのVtuber気になってきた

・なにこの動画しょうもな

・はい、クソ

・クソすぎる

・配信やめろ

・Vtuberの恥さらし


***


『お、きたきた! アンチ乙でーす! だけど、そんな奴等に構ってる暇はない! 良いか、<紫竜ひめの>はなあ、声が良いのよ、声が! マジで騙されたと思って聞いてみて! あとアバターもすげー可愛い!』


***


・つまんね

・はい、即切り~

・↑いいからさっさと退室しろよww構ってちゃんかよw

・アンチが害悪ってのは同意する

・お前らチョロすぎだろ。こいつ無所属だぞ


***


 そこまで興奮気味だった金髪騎士が、少し落ち着いた様子になり、スッと息を吸った。


 その紫の瞳は真っ直ぐに、画面の向こう側にいるだろう不特定多数へと向けられている。


 少しだけ――その瞳の中に光が瞬いた。


『ほんとさ、無所属だからって脊髄反射で批判してる奴はさ、Vtuberってものを何も分かってないんだ。俺は、<紫竜ひめの>におかげでVtuberって存在を初めて知ったんだけど、すげー感動したんだよ。これほど自由な存在はいない! ってな。 オッサンだって美少女になれる。女の子だってイケメンになれる。誰が何になっても良いんだよ。なのに、事務所だのなんだのつまらない枠組みでしか考えられないのって、なんか悲しくないか? 面白い、面白くない、好き、嫌いはそれぞれだけども、事務所に所属してるか否かなんて関係ないだろ』


***


・急に真面目に語り始めた

・温度差で風邪引きそう

・でも、そうだよなあ……Vtuberってそうであるべきだよな

・最近の事務所の新人Vtuberってマンネリ気味だしな

・これぐらいぶっ飛んでる奴の方が面白いのは確か

・お前ら、流されやすいなw


***


『だからさ……一緒に、<紫竜ひめの>をキメよ? <紫竜ひめの>は、まだ病気には効かないが、そのうち効くようになる。言わば聞くドラッグだ!』


***


・キメる言うなw

・やっぱりあたおかだろこいつ

・ここまで来て、未だにVtuber名が謎w

・<紫竜ひめの>見てきた。あっちは正統派だな

・<紫竜ひめの>もモデリング良いな。なにもんだよこいつら


***


『というわけで、お前ら<紫竜ひめの>の動画を見ろ、チャンネル登録しろ。いいか、全国民は一日三回の視聴が義務づけられている。朝起きて一発、昼食後に一発、そして寝る前に一発だ! しこしこ(バキュン)*(バキュン)(バキュン)*(バキュン)してる暇あるなら<紫竜ひめの>を見ろ!!』


***


・セルフ自主規制www

・バキュンやめーやw

・しこしこ……しこしこ……ふう

・賢者乙

・オ〇ニーwww

・動画視聴を一発って表現すんの初めてみたわ

・こいつぜってー馬鹿だw


***


『――ぬおおおおおお!! なんか言い過ぎた気がするけど、今日はこれで終わる! 次は紫竜ひめのの動画を振り返りつつ語りまくるので、お前らそれまでにアーカイブ全チェックしとけよ!! じゃあな!』


 その言葉と共に――生配信が終了した。


 しかし、コメント欄の流れは止まらない。


***


・終わったwwww

・おいwww

・最後まで名乗らなかったwww

・ガチでアホだw

・久々にやべえ奴を見たwww

・伝説の幕開けだぜ……

・いや、マジで誰だよこいつ……

・SNSすぐにチェックすっぞお前ら!

・大草原すぎる


***


 ――その日。

 

 謎のVtuber、生配信で暴走するというネットニュースが即座に流された。


『デビュー動画なのに、Vtuber名が最後まで分からない』

『無所属Vtuberを応援したいという目的しか不明瞭』

『無名の騎士』

『大手事務所の関与あり?』

『あたまおかしい系Vtuber』

『別のVtuberをドラッグ扱い』

『<空乃ステラ>、〝馬鹿馬鹿しい〟とコメント』


 SNSでは、その謎Vtuberの名前や所属などに関する様々な憶測が流れ、それに伴い、とある大物Vtuberがそれに対しコメントをしたことによって、ついに<無名の騎士>というワードがトレンド入りを果たしたのだった。


 結果、その無名Vtuberのデビュー動画の再生数はみるみるうちに増えていき――


 チャンネル登録者数は、あっという間に千人を超えたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る