第8話:盾野リッタ


『……えええええ!? 紫竜ひめのって綾瀬さんがモデリングしたんですか!? 道理で素人にしてはアバターの出来が良いと思った! というかうち以外の仕事はしちゃ駄目ですって!!』

『ただの……気紛れだ』


 そう呟いた綾瀬さんの言葉には、これまでになかった何かの感情が見え隠れした。一体どういうことだろうか。


『それに社長の許可もさっき取った』

『さっき! もう……綾瀬さんも社長も好き勝手しすぎです……』


 奏惠さんが特大ため息をついていると、綾線さんが一本の腕を俺へと向けて、くいくいっと手招きした。


 俺が彼に近付くと、俺達の前で瞬きするごとに変化していく、ポリゴンモデルがクルクルと回転していた。


『……R・T。俺はアバター同士に関係性を持たすことを自分で禁じている。だが、紫竜ひめのを守るというお前のコンセプトはあまりに馬鹿馬鹿しくて面白い。だから今回だけ――俺は禁を破る。見ろ、あれが……


 そう言って、綾線さんが指差した瞬間。


 俺の目の前で光が渦巻き、そして止んだ。


『……凄い』


 そこに立っていたのは――俺と全く同じ背と体型の、金髪をショートボブにした美少女だった。


 顔はどこか俺に似ているが、より凜々しい顔立ちで目を惹きつける。モデル体型の身体はスレンダーなので胸の大きさは控えめだ。


 身体にはアニメか漫画で見るような、防御能力のなさそうな露出多めの鎧を纏っている。右手には盾、腰には剣が差してあり、女騎士といった見た目だ。


 何より、盾や鎧に入れられている紋章は祈る乙女と竜をモチーフにしていて、今の俺ならそれが何を現しているか分かる。


 あれは――紫竜ひめのだ。


竜姫ひめのを護る者だ――騎士しかないだろうさ。お前はスタイルが良いから弄らずにそのまま使った。これなら違和感なくリアル通りに動かせるはずだ。それと――目を見ろ』


 そう言って綾瀬さんがキーボードを操作すると、金髪騎士の目が開いた。


『ひめのと……一緒だ』


 その瞳はひめのと同じ紫色だ。だけども、こっちの瞳の中はまるで無限に広がる銀河のようで吸いこまれそうになる。


『あれは……<宙の瞳>。綾瀬さんにしか造れないと言われるやつですよ、律太さん!』


 なぜか奏惠さんがはしゃいでいる。


『あの瞳は気に入った作品にしか使わない。紫の<宙の瞳>を持つのは、これと紫竜ひめのだけだ』

『ひめのにも?』


 だけどもひめのの瞳は色は同じでも、こんな宇宙みたいな感じにはなってなかったはずだ。


 色は同じでも、惹きつけ具合は全然違う。正直俺は、その瞳から目が離せなかった。


 恐ろしいほどの引力が働いているような錯覚。ああ、この感覚は……光岡さんの目を見た時と同じだ。


『ああ。だが、これは特別仕様でな。普段は普通の瞳に戻る』

『はい?』

『条件はあえて言わん。どうすればこの<宙の瞳>に変化するかは、自分達で見つけることだな』

『綾瀬さん……エステライト所属以外に<宙の瞳>を与えるのは駄目ですって……』

『社長の許可は――』

『取ってあるんでしょうね……もう……うちからデビューするなら良いんですけど……』


 奏惠さんが頬に手を当てて今日何度もか分からないため息をついた。


 俺は、目の前の彼女から目を離せなかった。


 これが俺なのか?


『これがお前だ。だからさっさとこのアバターに乗り換えろ』


 俺は彼女へと手を伸ばした。


 その身体に、俺の手が触れた瞬間――目映い光に包まれた。


 そして俺は――その金髪騎士と一体化した。


『おめでとう、R・T。お前のアバターの完成だ』


 俺の目の前に、鏡が現れた。


 そこには――あの金髪騎士が映っていて、俺の思い通りに動いた。そのしなやかな動き、表情。全てがリアルだ。


 既に瞳は元に戻っているが、それでも十分魅力的な姿だ。


『素敵……これ絶対に売れる……ねえ、律太君、やっぱりうちからデビューしない?』


 奏惠さんが真剣な表情で俺を見つめた。だけども俺は首を横に降った。


『約束ですから。それにひめのが無所属で頑張るなら、俺もそうすべきなんです』


 そう言ったものの、声に違和感を感じる。低めだが、女子っぽい声になっていた。


『専用ボイスチェンジャーを搭載している。まず、男だとバレないだろう』

『すげえなこれ……マジで女にしか見えない』

『その口調と一人称は変えないとね……すぐにバレるよ』


 奏惠さんがそう言うが、綾瀬さんが鬱陶しそうに手を払った。


『くだらんな。R・T、好きに喋り好きに動くがいい。無理に女に寄せるよりも、自然さを大事にしろ』

『むー……、というか綾瀬さん、肩入れしすぎです。他の子にもそれぐらいやってください』

『だったら自由にやらせろ』

『それは……うーん』


 そんな会話を二人がしているが、俺は無視して、身体を動かしてみた。


 うむ、違和感なく動く。少し胸が邪魔だが、許容範囲だろう。


『綾瀬さん――ありがとう。最高のアバターです』

『俺が作ったからな。好きに使え』

『はい!』

『ああ、そうだ。名前はあるのか?』

『へ? 名前?』


 あ、そういえば全然考えてなかった。


『――<盾野たてのリッタ>。そう俺は呼んでいた』

『じゃあ、それにします。覚えやすいし』


 盾野リッタ……良いじゃないか。


『さあ、帰れ。俺にはやらねばならん仕事が山ほどある』


 シッシッと手を払う綾瀬さんに俺はもう一度お辞儀をすると、奏惠さんと共にリアルへと戻るべくログアウトした。

 こうして俺はついに、Vtuberのアバターを手に入れたのだった。


 その後、あれこれ機材の手配やら、なんやらあり――二週間後。


 ついに――<盾野リッタ>としてVtuberデビューする日がやってきた。 



☆☆☆



 VR空間アルタ内――<VRエステライト事務所>、Dチューブ専用視聴ルーム。


『ちょっとちょっと……どうなってんの?』


 この事務所に所属する一人のVtuberがその部屋の中を見て、隣にいた同期に囁くように声を掛けた。


『……社長に、綾瀬さん……。なんかあんの?』


 その視聴ルームの奥には、オーラをこれでもかと漂わせる三人のアバターが座っていた。


 一人は、リアルと同じ姿である、この<エステライト>の社長、深山幹也。

 一人は、多腕に胴体は豆腐という珍妙な姿の、天才イラストレーター兼モデラー、綾瀬。

 そして最後は、空色の髪に学校の制服のような衣装を纏った美少女で、この<エステライト>の看板とも言うべき、No.1Vtuber――空乃ステラ。


『新人デビューとか? でもうちからデビューする子なんて今日いたっけ?』

『聞いてないけどね。でも、あの三人が揃って見るなんて……よっぽどじゃない? 私達も見ていこうよ』

『あ、じゃあ他の同期も呼んでこよっと』


 そんな騒ぎになっているとはつゆ知らず、足を組んだまま座っている幹也が、綾瀬を見て口角を歪めた。


『綾瀬がこんなところに来るなんて、どういう風の吹き回しだ?』

『ここが一番、見やすい。それだけだ』

『それに、ステラまで。くくく、やっぱりアイツが気になるのか?』


 幹也がステラへと悪戯っぽい視線を送る。しかし、彼女は一瞥すらもせずに答えた。


『別に。社長達の気紛れで他の子達が動揺したら困るので、こうして監視しているだけです。綾線さんまで巻き込んで、無所属でデビューさせるなんて……横暴が過ぎます』

『かはは、そりゃあ悪かった』

『お前ら、喋るならよそでやれ。ほら――始まるぞ』


 綾瀬の言葉と共に、モニターには荒れに荒れたコメント欄が映し出されていたが――ついに配信が開始された。


 <盾野リッタ>の――伝説が始まる。


***


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