第7話:アバターを作ろう!


 <エステライト>の自社ビルの廊下に女性の声が響く。


「本当にごめんなさい!! てっきり君が東堂とうどう君だと!」


 叔父に、〝とりあえずデビューまでをサポートするマネージャーとしてそいつを使え〟と紹介されたのは、あの人違い勘違いお姉さん――本郷ほんごうさんだった。


 俺が別人だと分かり、彼女は何度もペコペコ謝るので、俺は苦笑しながら気にしないでくださいと伝えた。


「というわけで、改めて、立野たちの律太りつたです。本郷さん、デビューまでよろしくお願いします」

奏惠かなえでいいよ。上の名前で呼ばれるのなんだか堅苦しいし」

「分かりました奏惠さん」

「うんうん。こう見えて私、これまで担当してきた子はみんな人気チューバーになってるから! まあ、人気出ると担当を先輩達に取られちゃうんだけどね……ぐすん」


 急に落ち込む奏惠さんを見て、俺は感情表現が豊かな人だなあと感じた。どうもそそっかしいところはあるが、悪い人ではなさそうだ。


「ほら、俺デビューすると言っても、ここの所属にならないですし。まあ、軽い気持ちでやってください」

「……はい?」

「うん?」


 あれ? なんか話が噛み合ってないぞ。


「いやだから、アバターのデザインとモデリング、それに専用ボイスチェンジャーとかはここで作ってもらいますけど、デビュー自体は無所属でやりますから」

「……はいいいいい!?」


 もう、これでもかと言うぐらいに全身で驚きを表現する奏惠さんを見て、俺はため息をついた。


 おい、話が通ってないじゃないか!


「いやですから、俺をデビューする為の妥協案として、デビューまでの準備はするけども、その代わりに、というのが条件だと。あとはなんやらごにょごにょ叔父……じゃなかった社長が仕込んでるみたいですが、俺は気にしません」

「……うそん。それ、私の実績に繋がらないん……じゃ……」


 奏惠死す! と言わんばかりに崩れ落ちる彼女を見て、俺は思わず額に手をやってしまう。


 頼むよ、幹也叔父さん……。


「……ま、まあいいわ! きっと何か考えがあってのこと! いずれにせよ全力を尽くすのみ!」


 急に立ち上がった奏惠さんが拳を突き上げた。うーん、熱血。


「というわけで、早速行きますよ!」

「どこに?」

「そりゃあもう、兎にも角にもデザインとモデリングですよ! まずは君の分身を作りましょう!」


 そうして俺が連れていかれたのは、ビルの三階にあった何の変哲もないオフィスだった。


「こんにちは~、綾瀬あやせさんいます?」


 ずかずかと奏惠さんが大声を張り上げながら、そのオフィスに入っていく。


「話は聞いてるが、綾瀬は潜りっぱなしだ。いい加減って伝えてくれ」


 奥のデスクに座っているお偉いさんらしき人が、奏惠さんにそう言葉を返した。


「またですか……困った人ですね……」


 頬に手を当てた奏惠さんがため息をつく。どうもその綾瀬氏は中々の曲者のようだ。


「あの、その綾瀬さん? というのは?」

「会えば分かります。じゃあ、せっかくなので一緒に行きましょうか」

「行く? どこへ?」

「そりゃあ勿論――アルタにですよ!」


☆☆☆


 この会社は専用のVRダイブ機器をいくつも所持しており、それを設置しているVRルームがビルに各階にあった。


 俺は奏惠さんに連れられて三階のVRルームに行くと、中には大掛かりな卵型の椅子のようなVR機器が複数台設置されている。


 その内の一台が既に使われていた。おそらくあれが、例の綾瀬氏だろう。バイザーで顔は見えないが、それなりに若そうだ。


「さ、潜りましょう。綾瀬さんは、リアルは作業効率が悪いって言ってアルタでしか仕事しないんです」

「なるほど……」


 俺は奏惠さんに教えられるままにVR機器に座ると、バイザーが降りてきた。


「では、いきますよ~」


 奏惠さんののんびりした声と共に、身体が加速するような感覚。


「おおおお!!」


 実はダイブするのは初めてだ。しかも全身をダイブさせる〝フルダイブ〟は専用の機器が必要であるからそれなりにハードルは高い。


 そして気付けば、俺は――


『やっほー、エルにゃん!』

『あー、ライブかったりい』

『早くコラボの打ち合わせしましょう』

『ダンスレッスンしんどー』


 そこは、<エステライト>の自社ビルのエントランスだった。


 だけども分かる。ここはリアルじゃない。


『おおおお!! すげえええ!!』


 なぜならエントランスには――Vtuber達が、当然とばかりに歩いていたからだ。


 色とりどりの衣装に、髪色。更に謎のエフェクトで輝いている子もいたりと、とにかく派手で眩しい人達が行き来している。


『ようこそ、<VRエステライト事務所>へ! なんてね』


 そこにはリアルと同じ格好の奏惠さんが立っていた。おそらく俺も同じ姿なのだろう。


『凄いですね……間近で見ると、みんな可愛いな』


 通り過ぎる女の子達は恐ろしいほどに可愛くて、良い匂いがふわりと漂っていた。


 まあ中には馬面のケンタウロスみたいな謎のアバターもいるが、それでもみんなこう、なんか生き生きとしていた。


『みんな基本的にVR事務所の方であれこれやってるからね~。社長がリアル主義だから、重要なオーディションとか会議とかはリアルでやるけども』

『なるほど……』

『綾瀬さんなら、モデリングラボにいますから。じゃ、転移しますね』


 奏惠さんがそう言うと、ひゅんと光となって消えた。そのあとに残る光の球に触れると、脳内に声が響く。


『〝モデリングラボ:綾瀬〟へ転移しますか?』


 俺は脳内でそれに肯定をすると、再び加速する感覚。


 瞬きしたら、俺はこじんまりとした部屋の中に立っていた。


 そこには、奏惠さんがいて、更にその向こうには――


『……なにあれ』


 腕が四本生えた――豆腐みたいな謎のアバターがいた。


 その腕全てがホログラフィックキーボードを叩いており、その向こう側に立つ人形のようなポリゴンモデルがどんどん変化していく。


『彼が、我が社が誇る天才イラストレーター兼モデラーの綾瀬さんです。彼の造ったアバターは――必ず売れると言われるぐらいの凄腕なんですよ』

 あの豆腐が……? なんて思っていると、奏惠さんがその豆腐へと近付いていく。


『綾瀬さん、富田とみた部長がいい加減、リアルに戻ってこいって言ってましたよ』


 奏惠さんがまるでそれが当然みたいに、その多腕豆腐に話し掛けた。


『黙れ女。俺は忙しい』


 豆腐が喋ったああああああ!!


『女じゃないです! 本郷! 本郷奏惠! 例の彼を連れてきましたよ!』

『ほんごう・かなえ……ああ、そそっかしいおっちょこちょいのK・Hか。イニシャルで名乗らんと分からんっていつも言っているだろうが。で、そいつが素体か?』


 豆腐――綾瀬さんがこちらへと向いた。いや、前も後ろものっぺりしており、前後なんて分からないので最初からこっちを向いていたのかもしれないが……。


『あー、えっと。立野律太……R・Tです』

『イラストレーター兼モデラーの綾瀬だ。ふん、お前の方がよっぽど分かっている』


 お前は名前で名乗るんかーい! と思ったが口にはしない。


 なんて思っていると、豆腐……じゃなかった綾瀬さんが一気に加速し、俺に肉薄。いや、その動き怖えよ!


『ななな、何!?』


 綾線さんのそれぞれの手にメジャーやら何やら良く分からない器具を握られており、俺の身体の各部を素早く測っていった。


 いや、VR内なんだから、そんなんしなくても測れるんじゃないの!?


『――ふむ、お前ダンス経験者だな? しかもかなり長くやってるな……良い筋肉の付き方をしている。手足も長いし、背はさほど高くないが、悪くない。なるほど、これなら確かに女の方がいいな』


 一瞬でメジャーを虚空に仕舞うと、再び綾瀬さんは元の位置に戻った。


 だから、その瞬歩みたいな移動法やめーや。心臓に悪い。


『あはは、ちょっと変な人だけど……慣れてね。腕は良いから』


 そんなことを今さら奏惠さんが言ってくるが、もっと早く言ってくれ。


『コンセプトはなんだ、R・T』


 ホログラフィックキーボードを叩きながら綾線さんがそう言葉を投げてきた。


『R・T……あ、俺のことですか。えっと、コンセプト?』

『そうだ。どういうVtuberになるつもりだ。要望を聞く気はないが、コンセプトだけは聞いてやる』


 聞く気ないのかよ……。だが、どういうVtuberになるかは明確だった。


『紫竜ひめのを応援して、アンチのクソ共から守る――それだけだ』

『なるほど、紫竜ひめのか』

『あれ、綾線さん、知っているんですか? 完成したアバターに興味ないとかいつも言うくせに』


 奏惠さんが首を傾げた。


『完成したアバターに興味はないが――

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