第6話:あたしは認めない
叔父のその言葉は――ぐうの音も出ない反論だった。
俺はただ竜崎さんを助けたいと思っただけだ。でもどこかで、彼女のヒーローになりたいという自分勝手な欲望が沸いていた。
「何者でもなく、顔もない、いちリスナーでしかないお前に、その子を救う術なんてない」
「……そうかよ。分かったよ」
話はこれで終わりだ。
終わりのはず――だった。
俺は叔父に背を向けて部屋から出ようとしたその時、背後から声が掛かる。
「それでも、お前が自分勝手にその子を救いたいと言うのなら――
叔父がその言葉で振り返った俺を見て、にやりと笑った。
「方法……あるのか?」
「だから、最初に言っただろ?
その言葉に対して、俺はこう返すしかなかった。
「……はああああああ!?」
☆☆☆
「では、【49】番、前へ」
ダンスオーディションの次は、一対一の面接だった。
一回りほど小さな部屋の奥には、ニヤニヤと笑う叔父と、ダンスオーディションの時にいた審査員達が座っていた。
「ああ、すまない、彼についての資料はこちらを見てくれ」
叔父がそんなことを言って、例の進行役の女性に資料を配らせた。
「……? 名前が変わっていますが」
叔父の隣にいた女性審査員が訝しげに、前の資料と俺を見比べた。
「本郷が間違えたんだよ」
「ああ。あの子そういうとこありますからね……そそっかしいというか。まあでも、彼については面接する必要性はないのでは?」
その女性がそう言って、資料をデスクへと置いた。
「ここにいた全員が、ダンスオーディションで彼のパフォーマンスを見ていたはずです。あれは紛れもなく――光」
へ? 何の話?
「くくく……本人が一番分かってないみたいだぞ」
叔父がおかしそうに笑うので、俺はますますハテナマークを浮かべる羽目になった。
どうも、俺のさっきのダンスが褒められているようだ。
そりゃあ確かに物心つく前から母と姉によってダンス教室に叩き込まれたので、それなりにダンスには自信がある。だけども最近はあんまり本気で踊ってなかった……いやそうか、そういえばさっきは珍しくムキになって踊ってしまったな……。
「はっきり言いましょう。今回のオーディションは貴方以外、全員不合格です」
「へ? 俺だけ?」
「太陽の横にいくら豆電球を並べたところで、飲まれるだけですから。彼らはどうしようもなく、運が悪かった」
「どういう意味ですか?」
「お前のダンスはな、
叔父の言葉に、俺はすぐに答えられない。
右足が疼く。
「なりたくないからです」
「なら仕方ないな。というわけで、満場一致で合格と言いたいところだが……どうだ
そう叔父が振った先にいたのは――あの進行役の女性だった。
すると、その女性――光岡さんの纏う雰囲気が急に変わった。いやあれはそう、さっきダンスが終わったあとに俺を見つめていた時の表情だ。
「――なぜ貴方はVtuberになりたい」
そう、彼女は聞いてきた。
俺は、強烈に俺の心を惹きつけるその声と仕草、何よりその目力に抗いながら答えた。
「無所属Vtuber<紫竜ひめの>を……
俺がそう宣言した瞬間に、審査員席がザワつく。
「社長、どういうことですか!? 今回のオーディションは<空乃ステラ>と対になる男性Vtuberを発掘する名目のはずでは!?」
「いやあ、そうなんだがな……こういうのも面白いと思わないか?」
「面白いで、話を進めないでくださいよ」
「そのオーディションはまたやればいい。今回は不作過ぎた」
「それはまあ、そうですが」
審査員達が何やら議論を始める中、光岡さんは変わらず俺をジッと見つめていた。
ブラックホールみたいな瞳だ。見ていたら、無限に落ちていきそうなほどの漆黒。黒髪といい、一見地味そうな見た目だが、とんでもない。この人はきっと中にとんでもない光を抱えている。
触れたらきっと……一瞬で恋に落ちてしまうほどの、光。
俺はその光をどこかで見た気がする。
「あんたバカじゃないの。あんなエゴ丸出しのダンスをするクセに、Vtuberになってやりたいことが、名前も聞いたこともないVtuberの応援? 頭おかしいとしか思えない」
光岡さんの視線と声には、侮蔑が込められていた。だけど、もう決意してしまった俺には響かない。
「名前はあるぞ。<紫竜ひめの>だ。検索して動画見てみ? めちゃくそ可愛いぞ? あんたも相当魅力的だが……彼女には叶わない」
「……はああああ!? あんた誰に物言ってんのよ!」
「雑用係の光岡さん?」
「ざ、雑用じゃない!」
俺達がそうやっていがみ合っていると――
「くくく……なんだよ、案外元のオーディションの目的は果たせるんじゃねえか? だがまあ、男性Vtuberにするのは無しだが」
「社長……反対しましたからね」
「妥協案はさっき示した通りだ。これは無所属問題の解決に繋がる可能性がある」
「うちの関与がバレたら問題では?」
「その時は、社長が職権を乱用して甥っ子を可愛がっただけ、ということにすればいい」
「はあ……まあ良いでしょう」
俺の知らないうちに、何やら色々決まってしまっていた。
「光岡、文句はないな」
「最初からありません。ですが、あたしは――
そう言って、光岡さんは他の審査員と共に去っていった。
部屋に残ったのは、俺と叔父だけだった。
叔父がバシンと俺の背中を叩く。
「さあ律太、忙しくなるぞ。エステライト総出で……お前のその馬鹿げた願望を持ったVtuber、作ってやるよ」
こうして俺は――Vtuberデビューすることになる。
ああ、そうだとも。
例え馬鹿だと、認めないと、そう言われようとも――俺は竜崎さんを、<紫竜ひめの>を、応援する為なら、Vtuberになることを厭わない。
だけども叔父さん――
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