第5話:オーディション、そして
「なっ、てめえ!」
ダンスには様々な手法があるが、こういう場合のやり方はシンプルだ。
技術だけでも勢いだけでもいけない。必要なのはその二つと、そして異常なまでのエゴだ。
俺を見ろ! 俺だけを見ろ! そういう気持ちをダンスで表現できるものだけが、本当のダンサーだ。
だから、俺の目的もシンプルだ。ダンスで横のこのクソ野郎よりも目立つ。ただそれだけ。
気付けば、音楽は止まっていた。
「ふう……久々にマジで踊ったな……ん?」
なぜか会場が静まり返っていた。周囲で、息を切らしている連中が俺をジッと見つめている。そこに込められた感情は、畏怖、嫉妬、怒り……そんなところか。
それはなんとも、懐かしい感覚だ。
だが誰よりも、俺を強く見つめていたのは――あの進行役の女性だった。その視線は人を殺せそうなほどに鋭い。しかし彼女は首を横に小さく振ると、すぐに元の表情に戻し口を開いた。
「では……結果は後ほど発表しますので、皆さんは待機室に戻ってください」
その言葉と共に、全員が退室する中、俺だけ前へと進み出る。
「なにか?」
進行役の女性が俺を見つけて、そう問いかけた。
「これが何のオーディションか知らないですが、棄権します。ご迷惑お掛けしました」
俺はそう言って頭を下げるとゼッケンを脱いで、その場から去ろうとする。
「くくく……あははは!! ダンスの腕は落ちてないようだな!」
あれ、聞き覚えのある声だ。
見ればあのオーラ漂うグラサン親父が立ち上がっていた。
「なんで、お前がここにいたかは知らんが……このままオーディション続けないか?
そう言ってサングラスを外したその男性は――幹也叔父さんだった。
「社長、知り合いなんですか?」
進行役の女性が少しだけ驚いたような声を上げる。
「社長!? はあ!? なんで叔父さんが社長!?」
いきなり色んな情報が飛び込んで来て、むしろ俺の方が混乱していた。
「ああ、そういや今日、会社来るって話をしてたな! すまん、忘れてた!」
「いや、えっと……はあ!?」
そうして俺は混乱したまま、叔父に社長室へと連れていかれた。
「まあ、くつろげよ」
「いや待って……Vtuber好きが高じてVtuber事務所で仕事してるって話を思い出したから、相談しに来たんだけど、これはどういうことだよ」
俺はフカフカそうなソファに座らず、デスクに座った叔父の前に立ったまま、そうまくし立てた。
そう。こないだ竜崎さんからエステライトという言葉を聞いた時、なぜかそれに聞き覚えがあった。そして俺はそういえば幹也叔父さんがそこに勤めていることを思い出した。
事務所で働いている人間ならこの業界について詳しいだろうと、チャンネル登録者数はどうすれば増やせるかを教えてもらおうと思っていた。何より、相変わらず<紫竜ひめの>の動画のコメント欄で続く、あの無所属叩きをどうすれば止められるかも聞きたかった。
「ん? 何も間違ってないぞ。この会社を立ち上げたの俺だ。まあお前が知っているかどうかは知らんが<空乃ステラ>にどうしてもと言われてな。だから趣味が高じて作った会社で雇われ社長を勤めている」
「……いや、社長なら社長って先に言えよ」
確かに謎の多い叔父ではあった。趣味で本屋をやるようだから、金はそれなりに持っていると思っていた。だけども、まさか……Vtuber業界最大手の事務所の社長をやっているなんて予想が出来るはずもない。
「いやでも……まあいいや。むしろ好都合だ」
「で、何を相談しに来たんだ? Vtuber絡みのことだと思うが、〇〇ちゃんに会わせろとかそういうのは無理だからな」
「そうじゃねえよ。俺が聞きたいことはシンプルだ。どうすればチャンネル登録者数を増やせる? それと、なぜ無所属のVtuberはあんなに叩かれるんだ。なぜ事務所側はそれを放置してるんだ」
俺はこの数日でVtuber界隈について調べた結果、色々と分かった。
この<エステライト>のように、Vtuberをサポートする事務所は大小合わせれば星の数ほどあった。そして殆どのVtuberはそのどれかに所属している。
そういったVtuberがいわゆる<所属チューバー>と呼ばれ、どの事務所にも入っていない者、つまり<紫竜ひめの>のような者達は<無所属>と呼ばれた。
そして<無所属>はVtuberアンチからも、そしてなぜかVtuberファンからも叩かれている。
ゆえにこれをなんとかしないことには、チャンネル登録者を増やしようがなかった。
「はあ……そんな話か。てっきり、Vtuberになりたいとでも言うのかと思ったのに」
「そんな話じゃねえよ!」
俺は思わずデスクに、バンッと手をついてしまう。
「あんなのイジメと一緒だろ! 無所属だからといって叩いていいなんておかしい!」
「その通りだ律太。それで、なんでお前はそんなに怒っているんだ? Vtuberでもないクセに」
叔父が、冷静にそう言って俺を見つめた。
「……俺の大事な人が無所属ってだけで、凄く叩かれているんだ。それに彼女のチャンネル登録者数を増やしたい。その為にはあのコメント欄を何とかしたいんだ」
「そうか。それで?」
「俺はこの業界のこと何も分からないから、詳しいはずの叔父さんに会いに来たんだよ」
「なるほど」
「どうすればいい? 俺に何が出来る」
俺がそう言うと、叔父は顎をさすりはじめた。それは叔父が考え事をするときに良くやる、クセのようなものだ。
「ふむ……。なあ律太。お前が誰を応援したいが知らんがな、面白い事実を教えてやろう。叩き云々以前の話でな、無所属Vtuberの、一年後の生存率を知っているか」
「生存率?」
「要は、一年後に何人残っているかって話だ」
「……50%ぐらいか?」
「いいや――0.1%、
「それは……」
俺は答えられずに口ごもる。
「もちろん、無所属Vtuber叩きはこの業界における解決しなければならない問題の一つだと認識している。しかし、リスナーの気持ちを変えるのは生半可なことではない。うちの子達には、所属の有無で差別するなと厳命しているが……それをリスナーにまで強要できない」
「……じゃあ、どうすれば。夏までに登録社数を三千人にしないといけないのに」
「なるほど……<
「ああ。だからなんとかしないといけないんだ」
リスナーやアンチをどうにかしないと、チャンネル登録者数三千人なんて絶対に無理だ。
だけども、叔父から返ってきた返事は無情だった。
「
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