第4話:最大手事務所<エステライト>
「へー」
俺がピンと来ずにそう返すと、竜崎さんがちょっとだけむくれたような顔をしていた。
あれ、俺なんか間違えた!?
「むー。想像できていないようだから聞くけど、今、無所属Vtuberでチャンネル登録者数が千人を超えている人は、何人いると思う?」
「へ? まあ十人ぐらい?」
何の根拠もない数字です!
「答えは、
「なんだよそれ……」
「それでも、私は夏までにチャンネル登録を三千人まで増やさないといけない」
「やっぱり、それはあれか。イベントに出れば……<空乃ステラ>に会えるからか?」
俺はそう聞いた。だけども、予想外の答えが返ってきた。
「そうだね。会えるってのもあるけど。それだけじゃない。私はね――<空乃ステラ>を……ううん、なんでもない」
何かを言いかけて止めた竜崎さんに、俺はそれ以上何も聞けなかった。
「……そっか」
「<空乃ステラ>は憧れであり目標であるけども、何よりも超えたい存在だから。今は全然手の届かない、夜空の星かもしれないけど……私は手を伸ばすことはやめない」
そう宣言した彼女の顔には、大人しくて引っ込み思案だった面影は、一欠片もなかった。
どうやら、俺は彼女のことを何も知らなかったらしい。
なんだよ……あれだけ酷いことされて、泣いて、それでも真っ直ぐ前を向いて進むなんて。
めちゃくちゃ格好いいじゃねえか。
「応援するよ。空乃ステラだがなんだが知らんが、<紫竜ひめの>は勝てる」
「うん! トークも歌もダンスも全部磨いて頑張るつもり。でも、正直何から手を付けたらいいか分かんないけどね! 歌うのは好きだからまずは歌かな……」
俺に出来ることはないだろうか。ダンスなら幼い頃からやっていたから、教えることは出来るかもしれないが……。
それを提案しようと口を開けようとした瞬間、竜崎さんが本とタブレットを抱えて立ち上がった。
「私、行くね。そろそろ昼休みも終わりそうだし。それじゃ……またね立野君」
バイバイ、と手を振って去っていく彼女を、俺はいつまでも見つめていた。
「俺に出来ること……いやまずはやっぱりVtuber業界について勉強しないとだな」
俺はあまりにこの業界について無知過ぎる。これではただの一ファンでしかない。
「うっし決めた。<紫竜ひめの>の三千人登録に、俺も全力で協力しよう」
俺は立ち上がると、ズボンからスマホを取り出して電話を掛けた。さっきの竜崎さんの言葉で思い出した、俺の身近にいて、かつVtuberにかなり詳しいとある人物に。
そうして俺はその数日後――<空乃ステラ>が立ち上げたVtuber事務所<エステライト>の自社ビルへとやってきたのだった。
「でけーな……」
都内某所にあるそのビルを見上げて、俺はバカみたいに口をあんぐりと開けた。
ビルの横には――【エステライト株式会社】という名前と、<空乃ステラ>が描かれた看板が掲げてある。
俺はゴクリと唾を飲み込むと、そのビルへと足を踏み入れた。ビルのエントランスは広々としており開放感に溢れているが、良く見れば警備員が何人も控えている。
出入りしているのは様々な人だが、若い人が多いように思える。普通の会社なら、スーツ姿のおっさんがいっぱいいるイメージだが、ここにはそんな雰囲気はない。
「うわ……生搾りジュース屋があるじゃん」
ビルのエントランス脇には、スイーツやジュースなどの飲食店が入っている。流石、と言ったところか。
俺がそうしてキョロキョロしていると――
「ああいた! 約束の時間を忘れたんですか!? さあ、行きますよ! もう、オーディションなんて今時アルタでやればいいのに! 社長のリアル主義には困ったものです!」
誰かにいきなり腕を掴まれると、そのまま引っ張られてしまう。
見れば、若い二十代ぐらいのオシャレな格好をした女性だった。いかにも仕事できそうな雰囲気を出しており、かなりの美人だ。
「え、あ、ちょ!」
「オーディション始まりますよ! 最初はダンス、次は面接です。曲は覚えて来ました!?」
「いや、ちょっと待って! 俺は人違いだって」
「あー、はいはい。引き継ぎの際に聞いてますよ、そうやってすぐに新人マネージャーを騙すんですから」
「いや、だから違うって」
いや、この人、全然話を聞いてくれねえ! 見た目からは想像できないほどの強い力で、俺は引っ張られるままにエレベーターに乗せられた。
「いや、だから俺は!
「叔父?」
その女性が訝しそうな顔をする。社員証を見れば、<
「
「……はいはい、面白い冗談です。いずれにせよ社長とはそこで会えますから」
「いや、だから、社長とかじゃなくて!」
「はい、着きましたよ」
チンというエレベーターの音と共に扉が開き、俺は廊下を本郷さんに引きずられていく。
「ほら、もうダンス審査始まるじゃないですか! このゼッケンを着てください! はい、ゴーゴー!」
そうして俺はもう何がなにやら分からないままに、【49】と書かれたゼッケンを着させられ、広い部屋へと叩き込まれた。
その中は異様な雰囲気なだった。部屋の奥には机が並んでおり、そこには何だかオーラのある人達が座っていた。特に真ん中にいるサングラスを掛けたスーツ姿の中年男性は、一際目立っている。周囲の反応を見るに、この場で一番偉い立場の人だろう。
その前にある、おそらくダンススペースと思わしき場所には、俺と同じように数字の書かれたゼッケンを着た若者が十数人立っていた。殆どが俺と同じぐらいか少し上の男子だが、ちらほら女子も混じっている。
だが俺を除くその全員が、熱意と闘志を剥き出しにしている。
まるで――その場の全員が敵だとばかりに。
ああ、そうか。ここは――
「遅いですよ。それでは、はじめます。まずは課題曲を一分半……この場にいる全員で踊っていただきます」
進行役らしき黒髪の女性がそんな事を言いだした。その女性は俺よりは少し年上だと思うが、なぜか妙にその女性に惹かれてしまう。凄く美人だとか、めちゃくちゃ可愛いとか、そういうことでは決してないのに……なぜかその動きから目が離せない。
「いや、だから、ちょっと待――」
だから俺の抗議がワンテンポ遅れてしまった結果――音楽が鳴り始めた。
「どけ! 俺が踊れねえ!」
「っ!」
隣にいた奴が、ダンスの振り付けに見せかけて、手を振り回してくる。ドレッドヘアーのそいつは大振りな振り付けで俺を後ろへと追いやろうとしているのだ。
「くそっ!」
何が起きているかさっぱりわからんが、とりあえず曲が終わってから全部説明しよう。
だがその前に――
「遅れてきたくせに、満足に踊れねえのかよ! 帰れよ雑魚」
この煽ってくるクソムカつくドレッドヘアーをぶっ殺す。ダンスで勝負を仕掛けられて、逃げる道理は俺にはない。
「喋りながら踊ると噛むぞ――下手くそ」
俺はそいつにそう言い放つと、鳴り響く音楽に身体を合わせた。今、再び流行りつつある<2ステップ>なので、かなり分かりやすいリズムだ。
あとはただ、踊るだけでいい。意識するのは指先、軸、緩急。
こんなオーディションどうだっていいが、この横のクソ野郎だけは――絶対にぶっ倒す。
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