第49話 「なんか、エラいことになってきたな」

『──各国首脳全員、準備が整ったようだ。これから対怪物作戦について討議を開始する』


 全世界を席巻せっけんする怪物たちに対して、各国の指導者たちも手をこまねいているわけではなかった。

 それぞれできうる限りの手段で対応していたのだが、怪物たちの勢いを抑えるには至っていない。

 それらの問題と今後の対応について連携するため、初の各国首脳たちによるオンラインでの国際会議が開かれようとしていた。


『まず最初に確認しておきたいことだが、現在の怪物問題に対して、全世界全ての国が一致団結して協力し合うこと。このことに異存はないということでよろしいか』


 議長国を務める某中規模国家の首脳が全員に問いかけた。

 今回の怪物被害について、実は各国に温度差がある。

 一番被害を被っているのは膨大な人口を抱える国、かつ、広大な領土を保有する国である。

 人口が多ければ、その分生み出される怪物の数も増え、領土が広ければ、怪物たちが各地に散らばることで、殲滅するのも防衛線を構築するのも難しくなる。


『もちろんです、現在の世界の状況は地球規模の大災害と認識すべきで、全ての国家の連携が必要な緊急事態です』


 そう力説したのは、世界で一番多い人口を抱えた某国の代表だった。

 一方で、こういう発言もでた。


『正直なところ、我々の国にとって怪物被害は、さほど大きな脅威ではない──』


 それは南太平洋にある小さな島国の首脳の発言である。


『だが、怪物たちの被害により各国の経済及び生産活動が完全にマヒしている。その影響は我らにとって死活問題なのだ』


 この発言を皮切りに、さまざまな声が各国首脳からあがり、議論が始まった。


『──正直に言って軍隊だけでの対応には限界がある、正式に異能者いのうしゃたちの地位を確定して作戦に組み込むことはできないか』


 怪物たちへの対応方法について話が移ると、真っ先に異能者たちへの対応についての議案が提起される。

 続いて喧々囂々けんけんごうごう、様々な意見をぶつけ合う首脳たち。

 もちろん、対怪物作戦において異能者たちの力は不可欠な要素である。

 だが、それは為政者たちにとって諸刃もろはけんでもあった。


『異能者たちの存在はイレギュラーすぎる。そもそも、強制的に軍隊へ組み込むのは能力的にも人道的にも難しすぎる問題だ』


 その発言に対し、日本の代表は沈黙を貫いていた。

 今、強制的に異能者の管理に乗り出しているのは、日本の他は独裁的な政権の国だけで、その他の国は原則として志願制を敷いている。


『そもそも異能者という存在自体が扱いにくい。なぜ、異能に目覚めたのは子供たちだけなのか。何も知らない若造たちに武器だけを持たせるなど危険極まりないというのに』

『しかも、一部のはねっ返りどもが、次々と独立勢力を立ち上げるなどして、それはそれで見過ごすこともできないんだ』

『それに、異能者という存在自体が怪物を引き寄せる──怪物にとって異能者はよだれが出そうなエサだという話もあるんだぞ』


 再び議論が熱を帯びた。

 議長がガベルを打ち鳴らして全員の注目を集める。


『それでだ、諸君。例の議題に入りたい──』


 その発言に、一斉に沈黙する首脳たち。

 提起された議案とは──


『──核ミサイルを用いた対怪物掃討作戦。この議題の扱いを決定するまで、この会議は終わらない。保留や棄権は認めないから、そのつもりで』


 そして、長い長い議論を経て、決断は下された。


『──賛成多数により、核ミサイルを用いた対怪物掃討作戦の実施を承認する!』


 ○


「なんか、エラいことになってきたな」


 日本にはない地平線まで広がる広大な大平原を前にして、装甲車から身を乗り出した光塚みつづかが他人事のような口調でぼやいた。

 今、誓矢せいやたちは東欧からロシアへ入り、怪物たちとの戦線を押し進めるべく進軍を続けている。


 ──核ミサイルを用いた対怪物掃討作戦。


 その名の通り、核ミサイルを使用した怪物掃討計画で、ここ最近、急激に増大をみせる怪物たちの数を大幅に減らし、状況を一気に覆すことを目的とした作戦である。

 一方で、反対の声も一定数あった。たとえ、怪物が相手だとしても核を用いることに対する、一種のアレルギーめいた感情反応が強かった。

 しかし、結局は声の大きい大国の指導者たちによって押し切られる形となったのだ。

 何も有効策を見出せない指導者たちに対する国民たちの批判──そんな彼らにわかりやすい形で実績を作ること。さらには、この状況においても核ミサイル使用による経済効果を期待する軍需産業幹部たちからの圧力、その他、有形無形の力が計画を後押ししていた結果である。


「……大人たちの考えることはよくわからないな」

「だな」


 装甲車の中から誓矢が声をかけると、光塚が小さく返事をした。

 誓矢は装甲車の中で毛布にくるまっている仲間たちに視線を向けて小さくため息をつく。


「その何を考えているかよくわからない大人たちの言うがままに僕たちは戦わされているんだよね」


 何かを乗り越えたのか装甲車がガタンと揺れた。

 慌てて近くの手すりを掴む誓矢。その頭の上から光塚が声をかけてくる。


「俺たちも本当はいろいろ考えないといけないんだろうな。なんつーか、そう、大人の階段を上る的な?」

「なにそれ」


 誓矢は思わず吹きだしてしまった。

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