第5章 神々のゲーム

第36話 「ユーリ……?」

 霧郷きりさと嶺山多みねやまだ怪物化事件は、結果として青楓学院せいふうがくいんを中心とするガーディアンズ崩壊のトリガーとなり、ガーディアン──能力に目覚めた学生や若者たちは、あらためて『異能者いのうしゃ』と定義された。

 あわせて政府の決定により、異能者全員が自衛隊の管理下に置かれることも決定された。

 当初はガーディアンたちの組織だった抵抗が予想されたが、絶対的指導者だった霧郷を失ってしまったことから、どうしたらよいのか混乱の中に叩き落とされてしまった学生たちが大半で、そんな彼らはさしたる抵抗をみせずに自衛隊管理下にあっさりと組み込まれてしまう。

 一方で、それを良しとしない一部の異能者もいて、主に地方を拠点にして彼らは独自の行動を起こすようになる──


「それでも、結構な数の抵抗組織ができてるらしいぞ」


 教室の掃除をしながら光塚みつづか誓矢せいやへと声を潜めて話しかける。

 そこへ、掃除に飽きた様子の厳原いずはらも会話に加わってきた。


「でもさ、抵抗組織が潰されていくのも時間の問題って話だぜ」


 厳原の話によると、すでにネットや通信、電気・水道・ガス、さらには食糧などの物資──生活や活動に必要なインフラを政府側が抑えてしまっており、抵抗組織たちは活動どころか生活すら成り立たなくなる状況に追い込まれている。


「っていうか、男子! 掃除さぼらない! そもそもこの教室は君たち男子グループが使うんでしょ」


 絹柳きぬやなの鋭い声が誓矢たち三人に突き刺さる。

 引きつった笑みで謝りながら、掃除を再開する誓矢たち。

 この教室は、絹柳の言うとおり、これから誓矢たちガーディアンズの生活の場となるのだ。

 政府はガーディアンズを自衛隊管理下に置くにあたって、様々な手を打ってきた。


予備自衛官補よびじえいかんほ──かぁ」


 誓矢が深く深くため息をつくと、光塚が意地の悪い笑みを浮かべる。


「良かったな、就職が決まってよ。しかも、超安定の国家公務員、これで受験戦争や就職活動からも解放されるんだぞ」

「良いわけないだろ」


 そう厳原が光塚の後頭部を叩く。

 予備自衛官補というのは建前にしか過ぎない。政府は異能者たち全員を監視下に置き、無用なトラブルを起こさせないようにするつもりなのだ。


「でもって、都合の良いようにこき使うってことだろ」


 光塚の言うことは正しい。異能者たちを学校等の施設で生活させることで管理を徹底し、対怪物作戦において、いつでも必要なタイミングで出動できるよう徹底的に管理するつもりなのだ。

 さらに、政府は異能者たちに対して、特別な措置を行った──いわゆるである。


 ○


 その数日後、正式に『青楓学院異能者大隊』が発足した。

 もともとの青楓学院生徒だけではなく、異能に目覚めた近隣の学校の学生や若者たちも統合された組織である。

 もちろん、誓矢や光塚たちも、この大隊に組み込まれている。


「貴様等はこの国を守るための尖兵せんぺいとなるのだ、その誇りを胸に刻み、励むように!」


 それは青楓学院の体育館で行われた発足式ほっそくしきでのできごとだった。

 体育館に集められた少年少女──異能者たちの前で訓示を行う駐屯地司令ちゅうとんちしれい

 ステージ上には政府から派遣された大臣や政務官、官僚などもズラッと並んでいる。

 そんな厳粛な式典の中、一人の少年が大声を上げて進行を中断させた。


「なんで、俺たちが命令されなきゃならないんだ! しかも、こんな軍隊みたいな生活、受け入れるわけないだろ!」


 そう叫ぶと同時に武器を発動させ、その場から逃れようとする。


「動くな、止まれ!」


 会場を警護していた自衛隊員が少年を制圧しようと包囲するが、少年はそれを追い払おうとするかのように手にした武器を振り回した。

 騒然となる会場。

 着席していた異能者たちは、自衛隊員と対峙する少年を遠巻きにするように、その場から離れる。

 そんな一触即発の雰囲気の中、基地指令が自衛隊士官たちの列に向かって合図をした。


「貴官の出番だ」

「──はっ」


 基地指令の命令に応えて、士官たちの中から、ひときわ小柄な士官が進み出る。

 制帽せいぼう目深まぶかにかぶっているので顔は良く見えないが、体格は誓矢たち高校生と変わりないくらいだ。

 周囲が固唾かたずんで見守る中、近づいてくる士官に、少年は強がってみせる。


「なんだ、オマエ。やれるもんならやってみろや!」


 自分より背が低く見えたせいか、少年は強気に出てみせた。武器を振りかぶり大げさな動作で振り下ろす。


「きゃあっ──」


 女子たちの間から悲鳴が漏れる──が、少年の攻撃はあっさりと空を切った。


「えっ!?」


 戸惑いの声を上げる少年、いや、少年だけではない、この体育館に集まった全員が士官の動きを誰も捉えることができなかった。

 そして、次の瞬間、重い音があたりに響く。


 ──ボグウッ!


 武器を構えた少年の身体がくの字に折れ曲がった。


「うげぇっ……」


 いつの間にか懐に飛び込んだ士官の拳が、少年の腹を深々と突き上げていたのだ。

 さらに、目にとまらない速さの拳が少年の顔面に叩きつけられ、少年の身体が後方へと吹き飛び、そのまま背中から床へと倒れ込んでしまう。


「かはっ……やめて……」


 完全に戦意を失い、武器を収めて許しを乞う少年。

 だが、士官は倒れた少年の上にまたがると、容赦ない連打を顔面へと浴びせ続ける。

 その激しい動きの中、深くかぶっていた制帽が床へと落ちた。


「え……」


 誓矢の口から驚きの呟きが漏れる。

 制帽が脱げて露わになったのは、光を反射して輝く見事な金髪。


「ユーリ……?」

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