第37話 「いつまでこんなこと続けないといけないんだろうな」

「ユーリ……?」


 誓矢せいやは少年を殴り続ける士官しかんの姿に愕然としてしまった。

 いや、誓矢だけではない。青楓学院せいふうがくいんでユーリを知っている生徒たちは、ただただ呆然と見ていることしかできなかった。

 壇上でその様子を眺めていた司令官しれいかんは満足そうな表情でコホンと小さく咳払いをする。


「特別な力──異能いのうを持つ存在は自分たちだけだと思わないことだ。もし、命令に従うのが不服というのであれば、我々には君たちを危険分子きけんぶんしとして処分する権限が与えられている」


 そう言って、基地司令が顎で指示をすると、ユーリは腰のホルスターから拳銃を取り出し、銃口を少年の眉間へと押しつけた。

 恐怖に支配された少年が涙ぐんだ顔で命乞いをする。


「や、やめて……頼むから、もう逆らわないから……」


 その様子を確認した基地指令は、表情を消して演説を再開する。

 曰く、ここにいる異能者全員の家族や親類縁者は全て自衛隊の監視下に置かれていること。

 また、今後は密告制度と連帯責任制度を採用し、異能者の管理を行うこと──といった内容だった。

 特に後半は、放送を通じて式典の様子を観ている国民に向けたもので、異能者は政府の完全な管理下にあるということをアピールするものであった。

 だが、それらの内容や思惑は誓矢にとってはどうでもよかった。

 それよりもなによりも、今、眼前に立つ、金髪の幼馴染みの豹変ぶりに気を取られていたのだ。


「ユーリ!」


 思わず声を上げてしまう誓矢。

 体育館内がシンと静まりかえる。


「……」


 誓矢の言葉に振り返るユーリ。

 だが、その表情はかつての幼馴染みとはまったく違う氷のような冷たさに覆われていた。


「ユーリ……!?」


 戸惑う誓矢にツカツカと歩み寄るユーリ。

 そして、次の瞬間、ユーリが音高く誓矢の頬を叩いた。


「え……?」


 何が起こったのかわからないという表情で、叩かれた頬を抑える誓矢。

 ユーリはそんな誓矢の姿を一瞥すると、何も言わずに士官の列へと戻っていった。


 ○


 自衛隊管理下に置かれた誓矢たち──異能者たちは厳しい生活を強いられることとなった。

 青楓学院内に設置された簡易宿泊背施設での毎日の生活。

 教室に設置された簡易寝台での睡眠、その他食事、入浴など、睡眠前の僅かな休憩時間も含めて、すべて集団生活であり、個人のプライバシーは考慮されていなかった。

 そして、それ以外の時間の大半を占める基礎訓練。

 訓練は異能者たちの基礎能力の向上が主目的ではあるが、それとともに心身ともに疲労を与えることで、反抗の気概をなくさせるということと、この際徹底的に国や国民に対する奉仕の精神を叩き込むという目的もあった。


「これだったらガーディアンズの時の方が何倍もマシだったよな……」


 寝台の上でぼやく光塚みつづかに、隣の厳原いずはらが首を振ってみせる。


「まあ、逃げ出したくなる気持ちはわかる」


 実際に逃亡を図る異能者たちも出始めていた。

 しかし、それらの全てはユーリたち監視の自衛官に阻止されてしまっている。

 光塚がため息をついた。


「捕まったヤツらは監禁されるだけならいいけど、まさかこんな扱いを受けるなんてな」


 そう言って光塚が顔を上げた先には、ニュースが映し出されたテレビがあった。

 その中では、規則違反を犯したガーディアンと、その家族が顔写真とともに報道されている。


「……こんなの社会的なリンチじゃないか」


 光塚が拳を握って低く呻くと、厳原も似たような表情になる。


「テレビやネットを使った晒し上げだけでも容赦ないのに、告げ口や密告で互いを監視させてるあたり、完全に時代に逆行してるよな……」


 二人は深く息を吐き出した。


「それにしても、氷狩は今日も出動か。たしか、今週はほとんど休みなしだよな」


 光塚が視線を向けたのは誓矢の寝台で、寝具が整えられた状態のまま、使用した様子がなかった。

 異能者たちは訓練だけをしているわけではない。当然、怪物殲滅のための作戦に出動することもある。

 だが、こと誓矢に関しては、作戦出動の頻度が常軌を逸していた。


「あいつの力は飛び抜けているからな、使いやすいコマなんだろ」


 厳原は吐き捨てるように呟いた。

 その表情の中には誓矢の体調を心配する様子も見て取れる。

 異能者たちのなかでも、飛び抜けた能力を有する誓矢──その誓矢一人を送り込めば、一定のエリア内の怪物は悉く消滅させることができる。それを繰り返すことで、広範囲の脅威を取り除くことが可能になる。

 だが、そのことによって、誓矢の身体に対する負担は相当なものになっていた。


「俺たちにできることといっても、ほとんどなにもないよな……」


 悔しそうに歯を食いしばる光塚。

 光塚や厳原だけではない、女子組の絹柳きぬやな森宮もりみや風澄ふずみたちも、誓矢のことは常に気にかけている。

 だが、誓矢は基地に帰還してきたとしても、ほとんどを寝台の上で寝て過ごすだけで、目が覚めたと思ったら、次の作戦へと狩り出される始末だ。


「俺たち、いつまでこんなこと続けないといけないんだろうな」


 その光塚の問いに厳原は何も答えることができなかった。

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