第27話 「周りの思惑に踊らされるな──か」

「──僕はそんなこと望みませんっ!!」


 誓矢せいやのその叫びに、あたりはシンと静まりかえった。

 日本語を理解する兵士たちが、周りの他の兵士たちに誓矢の発言内容を翻訳していく。

 そして、誓矢を襲おうとした男性兵士にも、キャリー少佐が冷静な口調で伝えた。


『──と、彼は言っているが』


 地面に組み伏せられたままの男性兵士の身体がピクッと震える。

 そのことに気づいたキャリーだったが、あえて突き放すような口調で続けた。


『彼──異能者いのうしゃの英雄にとっては、ここで貴官きかん処刑しょけいしてしまったほうが楽になると思ったのだが、どうやらそうではないようだ』


 男性兵士へ英語で話した後、キャリーは誓矢へと視線を向けた。

 今度は日本語だ。


氷狩君ひかりくん──君はかつて人間だった存在を、その手にかけた」

「はい、その通りです」


 一瞬怯みかけた誓矢だったが、気持ちを奮い立たせてキャリーと向き合う。

 そんな誓矢の健気けなげさに、キャリーは好印象を抱いたようだった。


「そして、ここにいる彼は、その存在の親だった。彼にとって氷狩君は許すことのできないかたきとなったのだ」


 あたりは再び沈黙に支配された。

 キャリーの凜とした声だけが響く。


「そして、彼は仇である氷狩君を許さず、その命であがなおうとした。親の気持ちとしては理解できないこともない」


 誓矢は音を立てて唾を飲み込み、無意識のうちに握った右拳を胸に当てた。


「……はい」

「氷狩君は物わかりが良すぎるようだ」


 キャリーは苦笑いを浮かべた。


「しかし、我々にとって、氷狩君は極めて重要な存在になった。これまでも、そして、これからも──そのために、その氷狩君を狙うこの彼を我々は排除すべきと考える」


 このタイミングで、周囲の兵士たちもざわつきはじめた。誓矢を襲おうとした兵士に同情する声、逆にキャリーの発言を肯定する声。

 その雰囲気を感じ取りながらも、誓矢は冷静に振る舞えるよう全力で努めようとする。


「でも、僕は──僕は、そうは思いません!」

「ここで、この彼を許せば、再び氷狩君を復讐の対象として、つけ狙うかもしれない。それでも良いというの?」

「わかってます、いえ、わかっているつもりです──それでも僕は、僕のためにこれ以上命が失われるのを見るのはイヤなんです」


 「それは欺瞞だ──」と言いかけたキャリーだったが、ふと、何かに思い至ったかのように口を閉ざした。

 ここで、君が殺している怪物の命はもともと人の命、それから目をそらしているように見えるその主張は卑怯ではないかと指摘したところで、不毛な結果が待ち受けているだけだと思えたから。


『うう……くうっ……』


 一方で、誓矢を襲おうとした男性兵士は地面に頭を打ちつけ嗚咽を漏らしていた。

 他人を責めようとしない誓矢の態度に何かを感じたのか、それとも、誓矢が息子と同世代の少年であることに、今さらながら思うことがあったのか。

 キャリーは男性兵士の上から身体を離し、指揮官と短く会話してから、男性兵士を収監するように周りの兵士たちに指示を出す。


「ちょっと、余計なイベントも起きちゃったけど」


 そう言いつつ、誓矢と同じ車両の後部座席へと乗り込んできた。


「とりあえず、今日のところはありがとう。今の件も大事おおごとにしないで収められそうだし、これもあなたのおかげね」

「いえ、それは……」

「氷狩君、今日あなたがやったことは、もっと胸を張ってイイことなのよ」


 キャリーは誓矢の肩を軽く叩いた。


「氷狩君は私たち合衆国軍に対して、二つ貸しを作ったの」

「貸し二つ──ですか?」

「ええ」


 一つは、誓矢個人に対する借り、そして、もう一つの借りは、誓矢の派遣を要請してくれた日本政府に対するモノ。


「私たち合衆国軍から日本政府への借りだけど、それは間接的に氷狩君が日本政府に貸したものだしね」


 キャリーは真顔になって誓矢に真摯に語りかける。


「今、君──いえ、君たちは極めて不安定な立場に立たされているわ。特に重要なのは周りの思惑よ」


 その思惑に言いように踊らされるような事態は避けるべき──と、キャリーは語った。


「まあ、氷狩君の力を真っ先に利用した私が言うのもなんだけどね」


 ──と、最終的に肩をすくめて笑ってみせるのだった。


 ○


 数時間後──


 ヘリの準備が整い、誓矢はもといた避難所へと向かっていた。


「周りの思惑に踊らされるな──か」


 窓の外の光景──もう日が沈んでところどころにある避難所と街灯の明かりくらいしか見えないが、を眺めながら呟く誓矢。

 そして、ヘリは無事避難所脇の公園へと着陸し、誓矢は兵士の誘導に従って地面へ降りた。

 さて、どこへ戻ろうかと顔を上げた誓矢の視線の先に、ユーリと沙樹が駆け寄ってくる姿があった。


「おい、大変だ──」

光塚みつづか君が──皆が大変なことに!」


 誓矢の身体がこわばった。

 光塚は青楓学院に残っているクラスメイトの一人だ。

 その彼が大変──とは、なにが起きたのか。


「いったい何があったの? 詳しく教えて!」


 それは青楓学園への大規模怪物軍襲来を告げる報せだった。

 圧倒的多数の怪物による包囲網を突破した光塚によって、その報が最寄りのここの避難所へと届けられたのは、つい先ほどのことだった。

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