第26話 「おまえが、私の息子を殺した……」

「おつかれさまね、予想以上によくやってくれたわ」


 キャリー少佐しょうさのねぎらいに、誓矢せいやは力の無い笑みで応える。

 前回、力を使ったときよりも消耗が激しく、今にも寝込んでしまいそうな疲労感に襲われていたのだ。


「もうすぐ基地に着陸するわ。ヘリの整備が終わり次第、避難所へ送り返すから、それまでの間は基地内の施設で休めるように手配するから安心して」

「はい、ありがとうございます……」


 お礼を言うのはこちらなんだけどね、と、キャリーが苦笑した。

 そして、無事、ヘリは基地へと着陸する。


「さあ、いきましょ」


 そう言うと、少佐は誓矢に肩を貸すように立ち上がり、ゆっくりと昇降口へと向かう。

 さらに二人の兵士の手を借りて、ゆっくりと地面へと降り立った。

 そんな誓矢に対し、ヘリの周囲に集まった兵士たちの一人が大きな声を張り上げる。


『我々の窮地を救ってくれた英雄殿に敬礼っ!!』


 英語の発言に続いて、側にいたもう一人の兵士が日本語で通訳する。

 そして、その場の兵士全員が、誓矢に向けて敬礼を施した。


「あ、え……ちょっと、ええ……」


 思いもよらない事態に戸惑い、助けを求めるようにキャリーを見上げる誓矢。

 そんな少年の様子に、笑いをこらえきれないといった様子で吹きだしてから、少佐は敬礼の音頭を取った兵士──指揮官クラスの士官にあまり大げさに振る舞わないよう指示を伝える。


『はぁ……』


 一瞬不審げな表情になる男性指揮官だったが、キャリーと完全に雰囲気にまれてしまっている誓矢の様子を見て、納得したように頷いてから笑ってみせた。


『すぐ側の建物に休憩場所をご用意してあります。そちらの車輌でお送りしましょう』

『ご配慮ありがとうございます』


 キャリーが短く礼を述べて、誓矢を車の中へと乗せようとした──その瞬間だった。


「うああああっ! よくも息子をっ!!」


 たどたどしい日本語の絶叫とともに一人の兵士が誓矢に向けて駆け寄ってくる。

 そして銃を取りだしたかと思うと、誓矢へと銃口を向けてきた。


「──え!?」


 咄嗟に状況を把握することができず、戸惑うことしかできない誓矢の身体を、キャリーは力任せに車の後部座席へと放り込む──そして、その反動を利用して身体を一回転させ、兵士が手にした銃を蹴り飛ばした。


『邪魔をするなっ!!』

『あなたこそ、自分がしている行為の意味を理解しているの!?』


 今度は英語で叫ぶ男性兵士に対し、同じく英語で怒鳴りつけるキャリー。

 蹴り飛ばされた銃には目もくれず、大振りのナイフを取り出して襲いかかってくる兵士に対して、素手で制圧を試みる。

 その様子を呆然と車中から見つめるだけの誓矢。

 そして、数瞬の間の攻防の末に決着はついた。


『くうっ……』


 キャリー少佐によって男性兵士は地面に組み伏せられ、続いて何人かの兵士が飛びつき、手足の動きも封じる。

 男性兵士が顔を上げ、誓矢を睨みつける──その薄い青色の瞳には憎悪の炎がチラついているように見えた。

 ふたたび、慣れない様子の日本語が兵士の口から押し出される。


「おまえが、私の息子を殺した……」


 その言葉で誓矢は事情を察した。

 キャリーが頭を振る。


「あなたの子供は異能者いのうしゃだったのね……」


 この軍の基地においても、異能者──兵士の家族である少年少女たちを戦力として運用していた。だが、そんな彼らも圧倒的な数の怪物たちを前に倒れ、さらには怪物化して人々へと襲いかかるようになってしまった。そして、そんな彼らを──


「──僕が消滅、いや、殺してしまった……」


 胸を締め付けられるような表情で、両手に視線を落とす誓矢。


「顔を上げなさい、氷狩ひかり 誓矢せいや!!」


 キャリーが上げた声に、誓矢はハッと我に返る。


「あなたは賞賛される行いをしたの。責められるようなことはなにもしていないわ!」


 誓矢はこの基地に所属している軍隊の代わりに、多数の兵士や職員に加え、その家族たちも救った。さらには、怪物の襲撃によって発生するさらなる怪物化も未然に防ぎ、将来の大被害も防いだ。この事実は打ち消すことはできないと。

 そう声を上げるキャリーの下で、男性兵士が小さく呻く。


「……だが、そのために子供たちが犠牲になった」

「ええ、でも、それは彼の責任ではない」


 キッパリと、兵士の言葉を否定するキャリー。

 横に指揮官が歩み寄り、腰から引き抜いた銃を兵士のこめかみに押しつける。


『どういう事情があったとしても、今は戦時──我らを救援してくれた、かつ、今後においても重要な戦力となる異能者を殺害しようとしたことは重大な利敵行為りてきこういとみなされる。よって、軍法に基づき、小官しょうかんの権限を持って処刑する──』


 指揮官の脇に控えていた女性兵士が通訳する内容に、誓矢の顔が青ざめた。


「やめて! やめてくださいっ!!」


 誓矢が無我夢中で叫ぶ。

 その場の全員の視線が車の中から身を乗り出す誓矢の姿へと集中した。

 その圧に、一瞬怯みかける誓矢だったが、勇気を振り絞って声を張り上げた。


「僕はそんなこと望みませんっ!!」

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